2-03 本物の騎士の登場
二人で魔力が蠢く部屋に飛び込む。
真っ先に目に入ったのは、放置されて久しい《召喚門》が暴走しているところだった。
「どうして、《召喚門》が動いてるの」
この家にはもう、契約する人が誰もいないのに。
「これって、たまにあることなの?」
隣で門に釘づけになっているイデアスに問う。
けれど彼も、首を横に振って否定した。
「僕が知る限りはない。けど、もし僕みたいなのが他にいるとしたら」
確かにイデアスという前例がいる以上、有り得ないとは言えない。
けれど今回の場合、何が召喚されるのか想像もつかなかった。
「止めるべき、かな」
「そう、だね」
二人して正確な判断ができないので、とりあえず対峙する方向で動く。
しかし強く光を発する門の前にイデアスが立った瞬間、何かに突き飛ばされた。
「うわっ」
「イデアス!?」
イデアスが、壁際まで一気に跳ね飛ばされる。
けれど私には門の中を見た瞬間、後ずさりしたようにも見えた。
でも召喚されて出てきたものを見て、納得してしまう。
「はじめまして、インフェリカ」
突然のできごとに驚いて動けない私の前に、彼は跪く。
そして逃げる間もなく手を取られて、口づけられた。
「名はハーネスト。あなたの為の、あなただけの《騎士》。あなたのためだけに、戦いましょう」
昼下がりの陽のような淡い金の短髪と、空の青さを映した眼。
重鎧で、長いマントを纏っている。
穏やかな午後を思わせる、大柄な青年。
それは、私が遠い昔に想像していた《騎士》の姿そのものだった。
「君が召喚したのかい?」
「してない!」
困惑しながら私に問うイデアスに、全力で首を振る。
そしてそれを、正体不明の《騎士》も肯定した。
「ええ、彼女は私を召喚してません。それにまだ私の《契約者》じゃない」
「じゃあどうして」
朗らかに笑いかけてくる姿は好青年そのものといったはずなのに。
端的に正しく回答されているはずなのに。
何も、理解できない。
「他の者が代理の《契約者》となって、私を仮召喚してくれたんです」
「誰がそんなことをしたの?」
疑問ばかりになってしまうけれど、どうしようもない。
(だって他人の《騎士》を意図的に召喚するなんて、考えたこともなかった)
私みたいな場合はともかく、普通の《契約者》にとっては意味のない行為だ。
けれど彼は、《契約者》が誰であるという部分を説明してくれる気はないらしい。
「過程はどうでもいいじゃないですか、大事なのはあなたの元に私が召喚されたこと」
穏やかに笑って、大雑把に話をはぐらかす。
イデアスはさらに警戒心を強めたけど、それを間近で浴びている彼は気にも止めない。
「ずっと会いたかったんです、そして辛い思いをさせてしまい申しわけありません」
「い、え」
跪かれたまま、真摯な顔でそう言われてしまうと調子が狂う。
グリーフの時も思ったけれど、私は友好的なものに対して心底弱い。
「ずっとあなたを思っていました、……これからは、辛い思いなどさせませんからね!」
「う、わっ!」
ハーネストは言葉を切ると立ち上がり、急にイデアスに向かって攻撃し始めた。
恵まれた体躯を活かして、片手で巨大な剣を振り回しまくる。
「イデアス!」
「近づかないで! 危ないから!」
不意打ちを喰らったイデアスは反応こそできたものの、無傷じゃ済まなかった。
頬に一筋の傷を作られ、顔の一部を赤く染めている。
「や、やめて! えっと、ハーネスト!」
室内だと言うのに容赦なく振るわれる凶刃に、私ができることはたかが知れている。
けれど私の声が響いた瞬間、それはぴたりと動きを止めた。
「インフェリカ、あなたが望むならそうしましょう」
「う、うん。そうして」
ダメもとで言ってみたが、ハーネストはおとなしく剣を降ろしてくれた。
けれど今度は、言うことを聞いてくれた事実に恐怖を覚えてしまう。
「でもあなた、どうして私の言うことを聞くの」
「おや、さっき言ったつもりだったんですけどね」
正体不明の忠誠心は、明確な猜疑心より恐ろしい。
これならどういう理由で従わなかったか分かっていた分、おかしかったイデアスの方がまだマシだ。
しかし彼はその理由について、隠すつもりは一切ないらしい。
「私はあなたのための《騎士》、最初に召喚されるべきだった者です。そこの男に邪魔されましたけどね」
(まさか本当に、私の《騎士》なの?)
永遠に失われたと思っていた、私の《騎士》なのか。
けれど完全にまだ信じるべきじゃないと、頭の片隅で疑心が叫んでいる。
(本物だって証拠がまだない、けど)
証明する手立てはある、簡単ですぐにでもできることだ。
でも、それには行うには抵抗があった。
(もし彼が正しい《騎士》だと証明されたら、イデアスは)
今更、イデアスを手放す気はない。
彼には散々傷つけられたが、それとは完全に別問題だ。
けれどハーネストはそんな私なんかお構いなしに、両頬に手を当ててまっすぐ目を合わせてきた。
「あの《騎士》はあなたの《騎士》じゃありません、今この瞬間からそれを証明してみせましょう」
「、やめっ」
反射的に抵抗しようと彼を押し退けたけれど、私の腕なんか簡単に退けられる。
そして空色の視線がぶつかった瞬間、彼の思考が押しつけられた。
「い、や」
「怖くはありませんよ、私が敵ではないという証明です」
瞳から送られてくるものは強制的で、彼の考えていることが頭に直接流し込まれてくる。
その思念は一つじゃなくて、私への思慕やイデアスへの憎悪などさまざまな形を取っている。
けれど共通しているのは。
(彼は嘘をついていない)
感情が何の隔たりもなく、全てが私のために降り注がれているのを理解してしまった。
それは間違いなく、正しく私の《騎士》だという証拠。
「ですから、これからよろしくお願いしますね」
濃厚すぎる情報量に倒れかけた私を支えながら、証明された《騎士》は再度挨拶をする。
それから、また少し違う日常が訪れ始めた。




