2-02 魔力薬と硝子の瞳の少年
「できたよ」
「ありがとう」
考え事をしているうちにできた薬を、イデアスに手渡す。
けれど彼は、すぐに飲もうとはしなかった。
淡く輝く飲み薬は、まだ彼にとって怪しくも見えるだろうから気持ちは分かる。
(いまだに恨みを忘れていない私が、毒を混ぜているとかね)
もちろん異物混入などしていないけれど、そんなの彼には判断できない。
やっぱり抵抗あるかな、と思ったその時、彼は覚悟を決めたのか一気に薬を飲み干した。
「……どう?」
空になる瓶を眺めながら、一応聞いてみる。
拒絶反応とかは見られないから、問題はないと思ってるけれど。
「本当に、魔力が充填されている」
そう返すイデアスは、そっと自分の胸に手を置いている。
きっと、その場所から魔力が全身に行き渡るのだろう。
(やっぱり大丈夫そうだ、良かった)
彼の様子を見た私も、そっと息を吐く。
当たり前の結果だけれど、きちんと飲んだのを確認するまでは安心し切れなかった。
おじいちゃん以外に魔力薬を与えることは、私にとってもそれなりに珍しかったから。
「……あ」
そしてそんなことを考えているうちに、ぼろりとイデアスの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
それはいくらイデアスが拭っても止まらず、終いには声まで震えさせる。
「っ、ごめん」
「いいよ、大丈夫」
私は立ちあがって、あわてて涙を隠そうとするイデアスの背中を撫でる。
やっぱり、彼は強がっていただけだった。
「彼なしで生きていけるんだ、と思ったら」
「そうだよね、割り切れないよね」
制限なしで生きていけるようになって、便利にはなった。
けれど制限があったって、彼はおじいちゃんと生きたかったはずだ。
(ずっと一緒にいたんだから)
《騎士》であることも一因だとは思うけれど、多分それ以外にも彼が泣いている理由はある。
涙は流れないけれど、《騎士》でない私もずっと悲しいはずだから。
ただ、その感情をうまくすくえないだけで。
そして私たちの目の前を、古い花びらが舞う。
潤いのないそれを見て、私はずいぶんこの場所を放置してしまったことに気づいた。
(そうだ、花も摘まないと)
しばらく世話をしていなかったから、花が萎れてしまっている。
薬を作る必要はなくなってしまったからそれなりの期間、この部屋には入っていなかった。
(花骸を摘めば大丈夫そうだけど)
本当はもう、やらなくてもいい。
病気のおじいちゃんはいなくなってしまったのだから。
(潰しちゃおうかな、ここ)
持っていたところで、必要のない世話をするだけだ。
イデアスの魔力を補うだけならば、こんな大きな庭はいらない。
(少し大きめの植木鉢があれば、それで充分)
魔力を補わせる花自体は一種類で済む。
今まではおじいちゃんの病気がどう転んでもいいように、色々な効能を持つ花を育てていたけど。
(もう、必要にはならないはず)
それに潰してしまえば、時間の有効活用ができるようになる。
できた時間をどうすればいいかは、まだ分からないけど。
「……花を戻すなら、これはどうだい?」
「イデアス」
ぼんやりしていた私に、いつの間にか魔力を練り上げながらイデアスは聞いてきた。
彼が作った魔法陣は、前にも見た時計を模した魔法のものだった。
(時戻しの魔法ね)
イデアスが魔法を使うと、目の前で時間が急速に巻き戻っていく。
気がつくと枯れ果てた庭園は、花盛りに姿を変貌させていた。
「すごい」
「役に立てたなら、良かった」
褒めるつもりで、彼の顔を覗き込んだ。
するとイデアスは嬉しそうじゃなくて、安堵したという顔をしていた。
そして、私は気づく。
(これも、自分のせいだと思っているんだ)
そんなことないのに、これは私が世話を怠っただけなのに。
けれどどうにもうまく言葉にできない私は、イデアスの問いかけにただ頷くしかない。
「これから僕も、花の世話を手伝ってもいいかい」
「もちろん」
この庭園は、もう私には必要ない。
けれど彼が少しでも楽になるのなら、残しておくのがいいだろう。
(会話のきっかけになるかもしれないし)
私達の会話は、あれからずっと途切れ途切れだ。
それは今までの関係から気を使ったりしているのもあるけれど、そもそも共通の話題が少な過ぎたから。
(彼と、仲良くしたいとは思っているんだけど)
手を取ると、決めたから。
真に私の《騎士》にならなくても、それでもいいと思ったから。
「じゃあさっそく、水を持ってくるよ」
「うん、お願い」
そんな私の気持ちを知らないイデアスは、水差しを持って部屋から出て行く。
少しだけ、イデアスの足取りが軽く見えた気がした。
そう思いたい私の、気のせいかもしれないけれど。
「少しでも気が上を向いたようで良かった、か?」
「……えっ?」
不意に気持ちを代弁されて、飛び上がる。
最初に驚いたのは、自分の気持ちが他者に代弁されたこと。
けれどそれより、私には驚くべき現象があった。
(今この部屋には、私しかいないはずなのに)
声は、私よりも低い場所からした。
だから元を辿って視線を下げると、見知らぬ少年と目があう。
私より少し年下の、澄んだ瞳の男の子。癖のある髪の、見覚えがある少年。
でも彼は、ここにいるべきじゃない存在の姿をしていた。
「誰?」
「お前の祖父を模したものだ」
問いかけると簡潔に答えられるが、残念ながら何も分からない。
けれど若干ながらも警戒している私に対して、彼は落ち着き払っていた。
「僕は偽者だ。だがもうすぐ、この《舞台》に本物が来る」
少しも逸らされない目が、私を射抜く。
感情の見当たらない硝子玉のようだった。
なのに、不思議とどこかで見たような気もする。
「お前の、本当の《騎士》が《登場》する」
「おじいちゃんを名乗る不審者に会ったんだけど」
まっさらな《台本》に魔力を注ぎながら、私はイデアスに相談する。
私は正式な《契約者》じゃないから、もう《台本》がなくてもいいと思っていた。
けれど彼が「持っていてほしい」と言っているので、新たに作成中だ。
(おじいちゃんを名乗る不審者って、自分でも何言ってるのか良く分からないな)
たぶん伝わらない、と思いつつもイデアスに今日のことをそのまま報告する。
案の定イデアスは目を丸くした後、何も情報を飲み込めないと困惑していた。
「何もされなかったかい?」
「うん、何も」
とりあえずと言ったように、安否を確認される。
けれどあの少年は本当に突然出てきて、消えてしまった。
私としては不審者が出たという他ない。
「そもそもおじいちゃんに全然似てなかったんだけどね、今のっていう意味だけど」
あの少年はおじいちゃんの偽者を名乗っておきながら、何一つ似てはいなかった。
正確には《記録館劇場》で見た、若い頃の姿には似ていたけれど。
(私の前に姿を現したことを考えると、年齢が若すぎる)
あの時は驚いて何も言えなかったが、せめて老人の姿で出直せと言いたい。
そしてイデアスも、先程から首をずっとひねっている。
「何だったんだろうね、それは」
「私も全然分からない」
二人で頭をつき合わせても、何も解決はしない。
私の伝達能力にも問題があるのだろう。
けれどそれ以前に、事態の意味が分からなすぎてまともな説明ができない。
「ああ、それと本物の《騎士》が来るって言ってた」
話を出したついでに、不審者に言われた言葉も伝えておく。
これも何のことか分からなかったから、特に回答を期待したものじゃなかった。
けれど予想に反して、イデアスの手が止まる。
「どうしたの」
「なんでもないよ」
明らかに動揺したイデアスを、私はじっと見つめる。
すると彼はしばらくの沈黙の後、耐えきれずに質問を返してきた。
「ねえ、君の《騎士》は僕で合ってるよね?」
「他に誰がいるの」
ついこの間した契約を忘れたわけじゃないだろうに。
それとも私はついに現実と妄想の区別がつかなくなったのか。
けれどそういうことじゃないらしく、彼は煮え切らない様子ながらも引き下がった。
「そう、だよね」
「私が会ったのは男の子だよ、おじいちゃんはずいぶんな歳だったでしょ」
おじいちゃんの年齢に関しては私より、昔から一緒にいるイデアスの方が分かっている。
それとも彼の中じゃ、いつまでもおじいちゃんは少年のままなのか。
そうだったとしても外見年齢は別問題だと思うけれど。
けれど議題が解決する前に、私達は異変を察知した。
「っ!?」
「え、なに、魔力!?」
不意に、魔力が空間に満ちる感覚が伝わる。
目には見えないけれど、感覚で分かる。
「何、これ」
「《召喚門》がある部屋の方からだ」
《契約者》よりも魔力に聡い《騎士》であるイデアスが、魔力源を即座に察知する。
そして戦闘の可能性があると考えたのだろう、瞬時に鎧と剣を魔力で生成して纏った。
「行こう!」




