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1-18 願いを呼び起こす再会と妖精の独り言

 そういうと、イデアスが私に跪いた。

 地面から立ち上がった私とは反対に、視線の高さが低くなる。


「君には本当にひどいことをした、すまない」


 膝を曲げたまま、イデアスは私に謝罪する。

 地についた脚は水たまりに濡れ、けれどそれを気にする様子もなかった。


「あれからずっと言うべきだとは思ってたんだ。けど、君の前に姿を現すのが怖かった。だからこんな恩を売る形で出てきたんだ」


 ぽつりぽつり、と言葉を零すように伝えてくるイデアス。

 けれど話しづらいのは、私にも理解できた。


(嫌われていると分かっている人の前に現れるのは、彼の言う通り怖い)


 それでも、イデアスは姿を現した。

 だから私も、話を聞こうと思う。

 頭ごなしの拒絶じゃなくて、拙くとも彼の話を聞いてみようと思う。


「僕はもう、君と関わらない。ただ、影で守るのは許して欲しいんだ」

「さっきみたいに襲われるから?」


 今はもういなくなってしまった、小さな獣を思い出す。

 結局何の生き物かすら分からなかった愛玩獣。

 手元に置いて可愛がってはいたけれど、最終的には牙を剥いた生き物。


「そう、君に魔力が満ちてしまったからね」

「誰とも契約してないのに?」


 現在私は誰の主人でもなく、仮の契約すら結んでいない。

 けれど彼は申しわけなさそうに、首を縦に振った。


「《契約者》の身に魔力が満ちるのは《騎士》の主人になったからじゃない。他者との関係によって感情が揺れて、それが魔力の増幅に繋がるんだ」

「ならなんで、今まで襲われなかったの?」


 エンヴィとはずっと一緒にいたけれど、攻撃されたことなんてなかった。

 イデアスが召喚されてからしばらく経つけれど、私を襲ったのはあの一回だけだ。

 けれど今とは状況が違った、と彼に否定される。


「今までは僕やデフェンドが目を光らせていたから、そういうことが起きなかっただけだ」

(そういうことだったのね)


 そう考えれば、《騎士》のいない《契約者》なんて格好の獲物だ。

 今まで襲われなかったのが奇跡とすら言える。

 どれくらい、そんな存在がいるかも分からないけど。


「君は嫌だろうけど、さ。ごめんね」


 その声に考え事から意識を戻すと、イデアスが頭を下げていた。

 だから表情は見えないけれど、声色から謝意は伝わる。


(今までのこと、本当に後悔してるんだ)


 そしてそこまで思って、気づく。

 イデアスの感情が、少しだけ分かったのかもしれないことを。


(心が分からなくても、分かるなんて不思議)


 他人なんて、どうやっても分からないと思っていた。

 少なくとも自分が召喚した《騎士》以外の存在に対しては。


(けれど、全部じゃないのかもしれない)


 そう思えるくらいには、私は色々な経験をした。

 彼と対話する、という選択を浮かべられるくらいには。


「嫌じゃないよ、それに私もどれだけ自分が弱いか分かったから」


 イデアスの正面に、私も膝をつく。

 未だに地面は濡れているけど、今は気にしなくていい。

 すると不思議そうに顔を上げた彼と、ちょうど目が合った。


「弱いのはあなただけじゃないの」


 渦巻く感情が、なくなったわけじゃない。

 グリーフを殺したことを、許したわけでもない。

 許せるわけがない。


(けれど、デフェンドさんが教えてくれた)


 彼が掠れた声で、最後に伝えてくれた言葉。

 あの時は喪失感で受け入れられなかった、けれど雨の中でさまよってからは受け入れられた。


『許せるなら、許してやれ。それがお前のためになる』


 許せ、と頭ごなしには言われなかった。

 最終的にはお前の判断に任せると言って、彼は消えた。

 それが、最期の言葉だった。


(ねえ、私は何に怒っていた?)


 理由は明確、イデアスが私を見てくれなかったから。

 けれどそれは、今思い返すとひどい話だ。


(《騎士》だって、意思があるのに)


 私を見てくれないと、ずっとイデアスに対して怒っていた。

 私だって、彼に同じことをしていたのに。


(私は、イデアスを人だと思っていなかった)


 《騎士》という、《契約者》から作られる存在。

 だからその心すら、作り物として扱ってしまった。


(もう、私が正しかっただなんて言えない)


 イデアスが全て正しかったなんて言うつもりは、もちろんない。

 彼が自分の願いを叶えるために、私を虐げたのは事実だ。


(けれどそこで止まり続けたら、ずっと同じだ)


 イデアスは私を見て、守ると言ってくれた。

 だから今度は、私から言わなくちゃいけない。


「私、あなたにいてほしいんだ。あなたが私の《騎士》じゃなくても。だからあなたがいいなら、私ともう一度契約して欲しい」


 最初の召喚は、イデアスから始まったものだった。

 だから、今度は私から始めようと思う。


「いいのかい」

「うん」


 あなたが許してくれるのなら、と彼の小指に、私の小指を絡める。

 すると細そうに見えて意外と大きな指が、おずおずと私の指を絡め返してきた。


(きっとこれは、約束ね)


 今まで一度もやったことはなかったけれど、これは誓いをする時に使われる仕草。

 お互いに握り込むと、少しだけ冷えていた指先が温かくなる。


「……ありがとう、今度は君だけを《契約者》とするよ」


 これは契約の真似事だ。

 どうやったって、私達は本物にはなれない。


(きっと現実は何も変わらない)


 イデアスが今どう思っているかだって、ちゃんとは分からない。

 それでも私達の間には、変化が起きたと思う。

 そう、信じたかった。


「これから、よろしくね」




 残された雨粒が、陽の光を受けて輝く。

 それは新たな光として、世界を淡く照らしていた。






【Side 妖精】


 還元された魔力の一つをすくい取って、身にまとう。

 それは先程形を失った《役者》を、《衣装》とする行為。


「ようやく姿が固定されたな」


 アドールの《退場》後、彼の魔力を使って姿を偽装した。

 最初は拒否反応があったが、今は落ち着いて抵抗をやめている。

 昔は自身の死を目前にしても、微塵も反抗しなかったのに。


(やはりインフェリカと関わったからか)


 その感情が、病に冒されきる前にあれば良かった。

 そうすれば今も彼は生きて、あの《騎士》と共に戦っていただろう。

 助かるための手段だって、用意していたのに。


(けれどもう、手遅れだ)


 時間切れで、アドールは《舞台》から降ろされた。

 だからもう、彼はこの世界を《破滅》から救う主人公にはなり得ない。

 どんなに願っても、彼女の代わりに僕を止められない。


(そろそろ、次の《破滅》も始まるな)


 再び《役者》が溢れ返り、爛熟した《舞台》はもうすぐ《破滅の獣》に食われて終わる。

 一つしか針のない塔が、あと僅かな時間でそれが行われると指し示している。


 (《破滅》は僕の作りだした筋書、《脚本》で何度も行われてきたことだ)


 僕たち妖精は《破滅》によって、《役者》から集めた魔力を喰らい、生き永らえる。

 そしてその魔力を回収するために、《破滅の獣》を世界に解き放つ。


(あれもまた近いうちに目覚める。いや、()()は違うか)


 普段ならこの《舞台》に魔力が満ちるまで、獣は休眠している。

 だが今回は《破滅》の時よりも早く、あれは目覚めさせられていた。

 今は人の《衣装》を着ている、意思を持ってしまった破壊機構。


(だからインフェリカが、アドールに代わって僕を止めるのかもしれない)


 最初はアドールの世話役として作られた、そのためだけの《役者》だった。

 けれど今は《騎士》との戦いを経て、誰よりも感情を持っている。

 そして《破滅の獣》に触れ、僕の片割れとも接触していた。


(本来《破滅》を止めるのは、僕の片割れの役割だ。しかしあれは役目を放棄してしまっている)


 昔、僕を殺す役目を持った《騎士》を作ったことがある。

 アドールですら、本当はそれの代替品だった。

 けれど時間が経ちすぎて、あれは精神が摩耗し過ぎた。


(あの男には、期待できないだろう)


 本能に従えない程に擦り切れた、亡霊に成り果てた片割れ。

 自身を癒そうと、偽物の《契約者》を探し始めた哀れな男。

 アドールにならって手段となる短剣も渡したのに、それすら使いこなせないでき損ない。


(だがもういい、代わりは見つかった)


 だからこそ、僕はこの世界に再び降りてきた。

 普段なら《劇場》で眺めているだけだが、今回特別だ。


「彼女に会うのであれば、僕も再び《登場》する必要があるな」


 昔のインフェリカは空っぽの存在だった。

 だからあくまで可能性を持つ、《役者》の一人という認識でしかなかった。


 しかし今はさまざまな出会いを経て、唯一の存在になろうとしている。


(であれば《騎士》をもう一人、《登場》させるべきか)


 本来の縁を結び直す、と言った方が正しいかもしれない。

 しかしあの《騎士》はその契約に頷くだろうし、断らないだろう。


(それに古い《台本》も、まだ動いている)


 インフェリカ達は既に消したと思っているようだが、アドールの《台本》はまだ残っている。

 強い未練を反映したそれは、『理想の世界』を再現しようと蠢いていた。


(これからインフェリカがどうなるか、僕にもまだ想像がつかない)


 悲劇に向かう《脚本》に耐えかねてしまうかもしれない。

 憎悪を持てあまし、全てを滅ぼすかもしれない。


(だがなんにせよ、きっと最後まで《舞台》には立っているだろう)


 久しく会っていない、夜の窓辺にいる一人ぼっちの少女。

 彼女は僕を覚えていないだろうが、この姿なら反応するはずだ。




 契約を捻じ曲げて他の《騎士》と結びつけた時と、同じように。

 僕そのものの姿では、なんとも思ってくれないだろうから。

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