表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/50

1-17 昏い路地裏と獣






 戦いには勝った、けれど結果は前より酷くなった。


 戦いを終えた植物園の外は、雨が降っていた。

 雷こそ鳴っていないが、暗い色の雲が立ち込めている。

 光は地上に届かず、それどころか雲の色を反映したような薄暗さが蔓延していた。


(街には誰もいない)


 みんな誰かと、雨の降らない場所にいるのだろう。

 そうでないなら、傘を持って迎えに行っているのかもしれない。


(結局、私が悪かったんだ)


 宛てもなく、ふらふらと雨の街を歩く。

 けれど他の人の姿は見たくなくて、見られたくなくて、裏路地ばかりを選んでいた。


(高望みをし過ぎたんだ、私の《騎士》なんか最初からいなかったのに)


 傘を持っていない私はびっしょりと濡れながら、ふらふらと歩き回る。

 誰にも傘を差されないまま、雨宿りする場所も見つけられないまま。


(いや、違う。私が欲しかったのは、求めていたのは)


 雨に打たれて、頭と心が冷えてくる。

 そして浮かび上がる答えは。


「都合のいい人だったんだ」


 散々暴れて、一人になってようやく気づく。

 結局はずっと拗ねていたのだ、誰も私を見てくれないと。


(私は、きちんと向き合うべきだった)


 今になって、じわじわと胸に込み上げてくる。

 直視しなくてはならなくなった、過去の行動。


(イデアスがこっちを向いていなくても、寄り添うべきだった)


 私には求める《騎士》がいて、同じように彼だって求めている《契約者》がいた。

 それを私は、分かっていなかった。


(今でも自分の《騎士》が欲しいと思ったのは、間違いじゃないと思ってる。けど)


 それはイデアスを抑圧する理由に、なりはしなかった。

 私が前の《契約者》を理由に、抑圧されるのを許せなかったように。


(何にせよ、もう遅い)


 紛れもなく、私自身が彼を殺したのだから。

 肉体だけでなく、恐らく心も。


「にあ」

「っ」


 不意に足元から聞こえた声に、思わず飛び上がる。

 けれど向けた視線の先にいたのは、見慣れた獣の姿だった。


(エンヴィだ)


 見間違えるはずもない、雨に濡れたエンヴィが私の足元にいつの間にか座っていた。

 こんな天気なのに、家から抜け出してきたらしい。


(もしかして、迎えにきてくれたのかな)


 何度目か分からない、虚しい期待が生まれてくる。

 けれど、それでも生まれてしまった願望を抱いてしまう。

 胸に空いた穴を、どうにかして埋め合わせたいから。


「こっちにおいで」


 しゃがみ込んで、エンヴィに向かって手を伸ばす。

 今の私でも、この子の傘ぐらいにはなれると思ったから。


(なんでもいい、何かの役に立てたらこの心はきっと満たされる)


 それが彼の役に立たなくても関係ない。

 だってこの行動は、私のためなんだから。


「あっ!?」


 けれどエンヴィが、姿を変えた。

 今まで見慣れていた小さな姿から、膨らむようにして私よりも大きな獣へと変貌する。

 そして逃げる間も与えず、私に襲いかかった。


(この子も、私の敵だったんだ)


 油断した。

 さっきまで戦っていたイデアスよりは、はるかに弱い。

 少なくとも、不意打ちを受けてなお抵抗する私が張り合えるぐらいには。


(けれど、私よりは少し強い)


 今は拮抗しているが、このまま時間が経てば私が負ける。

 でも、それがいいのかもしれない。


(今思うと、本当に全てから逃げて生きてきたんだ)


 因果応報、という言葉が正しいのだろう。


(こんな時、誰かがいてくれたらと思うのは都合が良すぎる)


 一緒にいてくれた人は、みんな消えてしまった。

 私の我儘に付き合わせて、犠牲にしてしまった。


(だから私は、ここまでだ)


 そう思うと、体から力が抜けていく。

 私は、最後まで臆病者だった。




「……あれ」


 痛くないといい、という願い通りに痛みは私を襲わなかった。

 代わりに、倒れた私の上を強い風圧が通り抜ける。

 夜空を流れる星のように、一瞬で敵を薙いでいく。


 そしてその風の主は、先程私が殺したはずの《騎士》だった。


「大丈夫かい」

「どうして」


 目の前には、イデアスが背を向けて立っていた。

 私を襲ったあの獣は死んでしまったのか、逃げたのか。

 いずれにせよ、もうどこにもいない。


(それに、雨も上がっている)


 もしかしたらあの風圧が、暗雲を取り払ってしまったのかもしれない。

 本当にそうかは分からないけれど、少なくともそう思えるくらいには強い剣撃だった。


 けれどそれ程の衝撃を起こしたイデアスは、自身なさげに視線を彷徨わせている。

 そしてそんな彼に、私はすぐにお礼の言葉を言うことができなかった。


「どうして生きてるの」


 ありがとう、という感謝の言葉よりも先に疑問が口をつく。

 イデアスには、確かに私が死に至る一撃を喰らわせたはずだ。

 けれど事実を裏切って、彼は私の前に立っている。


「君の一撃程度じゃ死なないよ」

(そっか、一時的に魔力に還ってただけだ)


 未熟な自分じゃ、完全に止めを刺しきれなかったらしい。

 戦い慣れていない私にとっては大きな一撃だった、けれどイデアスにはそうじゃなかったのだろう。


(ただ、形を保てなくなっただけなんだ)


 《騎士》の死は完全に魔力に還り、もう二度と戻ってこられなくなること。

 強い未練とかがあれば、それを依り代にして再びこの世界に現れることもあるけれど。


(なら、復讐しに来たのかな)


 そう思って、立ち上がりながら刃をもう一度強く握る。

 デフェンドさんのいない今、もう一人で勝てるとは思わない。


(けれどただ殺されてしまうのは、我儘に付き合ってくれた彼に申しわけが立たない)


 獣に殺されるのでもイデアスに殺されるのでも結果は同じだけれど、そこは譲れない。

 しかし身構えた私に向かい合うも、イデアスは剣を向けずに手から離した。


「君に言えなかったことがある」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ