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1-13 私が成るべき人

(かっこいい)


 化粧もばっちり決めた、見るからに強い女性の姿だ。

 私とは、正反対の。


「前の《契約者》だ」

「ひゃ!」


 ぼんやり考えている間に、後ろから声をかけられて飛び上がる。

 振り向くとデフェンドさんが、飲み物とお茶菓子を用意してくれていた。


「か、勝手に見てすみま」

「踵の高い靴で良く戦ったものだ」


 うっかり秘密に触れてしまったかと思ったが、そうじゃないらしい。

 特に気を悪くした様子もなく、デフェンドさんは一緒に写真立てを覗き込んでいた。


「格好にも散々口を出されてな、以来ずっと似たような服装だ」

(確かにこの女の人も、同じような服を着ている)


 どうやら小洒落た部屋も格好も、彼の好みじゃないらしい。

 けれど前の《契約者》が好む姿をしているなら、未だに彼女が好きなんだろう。


「あの、あなたの《契約者》さんって」


 思わず聞いてしまったが、とたんに後悔する。

 まともな《騎士》が《契約者》と別れる理由なんて、片手で足りてしまうのだから。


「死んだ、ずいぶん前にな」

(やっぱり)


 聞くんじゃなかった、と聞いた瞬間に思う。

 けれど言葉はもう戻らない。

 幸いなのは、目の前の彼が気を害した様子がないことだった。


「外見通り、気の強い女だった。俺より先に立ち、片手で銃を撃ち放つ。散々振り回されたが、良い女でもあった」

(もしかして、私をこの女性の代わりにしようとしてるのかな)


 ありえない話じゃない。

 むしろそれなら、納得がいく。


(デフェンドさんが私を連れだした理由は、それくらいしかない)


 黒い髪の、女。

 彼女の中身を知らないから、どこまで似ているかは分からない。

 けれど、デフェンドさんがそれでも良しとするくらいには似ているのだろう。


(けど、それでもいい)


 イデアスを殺す力を貸してくれるなら。

 魔法で顔を変えろというのならそれにだって従う、けれど問題は。


「私にはなれそうもない人です」


 口に出してから、また後悔する。

 けれど写真の中の女の人は、気が強いという。


(だからイデアスにいいようにされている私じゃ、きっと役不足だ)


 自分のことすらままならないのに、他人の真似ができるとは思えない。


(でも共に戦う者として、これはない)


 彼がイデアスを倒すのに代償を求めるのなら、私はそれを支払わなければならない。

 完全でなくても、今すぐでなくても。


(であれば、せめて前払いは必要だ)


 今払える分、それが私から渡せる信頼になる。

 だから少しは、言いわけしようともがいてみる。


「近づくようには、努力しますけど」


 すぐにはなれないけど、いつかはきっと。

 ほとんど確証のない、逃げているような台詞。

 けれどやる気はあるんだ、という意思表示。


(少しは信用してくれるかな)


 近づいてきたデフェンドさんに、期待する。

 けれど実際は、額を中指で打ちつけられただけだった。


「うっ」

「誰がこれになれといった」

「言ってはいない、ですけど」


 そういう話の流れではなかったのか。

 少なくとも私には、そうとしか捉えられなかった。


「よもや俺に全てを捧げてなどと思ってないか」

「思っては、」


 じろりと目を向けてくるデフェンドさんに対して、最後まで言うことはできなかった。

 確かに、私は捧げられるものであれば全て捧げようとした。


(見透かされている)


 お互いが分かるくらい時間は経過していないから、単純に経験の差が出てしまったのだろう。

 どれくらい生きているかは知らないけれど、少なくともデフェンドさんは私より長く生きている。

 だからその分、さまざまな経験をしているはずだ。


「底が浅すぎるぞ」


 そう言われて、開きかけた口を閉ざす。

 彼に対する反論が、思い浮かばなかったから。


「お前は顔色を伺い過ぎる。処世術だろうが、それで意思疎通できなければ世話ない」


 そういいながらデフェンドさんは、グラスに赤い液体が注いで私の前に出す。

 促されるままに受け取った美しいそれは飲んだことこそないけれど、正体はなんとなく分かった。


(葡萄酒、かな)


 透き通った赤紫色の液体が、細長い杯に並々と注がれる。

 おじいちゃんはそういうものは嗜まなかったし、身近に他の大人がいなかったから本で得た知識しかない。


(私、未成年なんだけど)


 今まで目にすらしなかった、飲むと酩酊する大人の飲み物。

 意識を失う場合もあるから、気をつけなくてはいけないもの。


(でも、これが契約の証だったら)


 契約には、行動を伴う場合があると聞いている。

 もしこれがそうなのであれば、避けられない。


(やるしか、ない)


 一瞬躊躇してしまったけど、その後一気に煽る。

 おかげで喉の変なところに液体が入ってしまい噎せかけたが、何とか耐えた。


(思ったより、おかしくはならないかな)


 意識が朦朧としてしまうんじゃないか、という心配とは裏腹に特に身体的な変化はない。

 けれどデフェンドさんは結果に満足しなかったのか、深い溜息を吐いた。


「顔色を伺うなというのに」


 ゆらゆらと赤紫の液体が入った瓶を揺らしながら、彼はこちらに語りかけてくる。

 けれど私には、その意味が分からない。


(私は、デフェンドさんの望むとおりにしたはずなのに)


 何か、やらかしてしまったのか。

 けれどやらかした理由が分からない。


(こういう時、どうすればいいんだろう)


 何かしてしまったなら欠損を取り戻したいけれど、何も思いつかない。

 人間関係なんてほとんど持ったことがないから、普通はどうすべきなのかも分からない。


(協力、してもらわなきゃいけないのに)


 解決方法がなさすぎて、泣きたくなる。

 犠牲を伴うのは仕方ないと思っていたけれど、何を犠牲にすればいいのかすら分からない。


 そして何も言えなくなった私にしびれを切らしたのか、今度は彼の方から口を開いた。


「中身は果実水だ、ちなみに俺の方もな」

「え」


 今まで揺らしていた、瓶のラベルをこちらに向けられる。

 促されて見てみると、確かに可愛らしい絵と共に葡萄の果実水と明記されていた。


「好きな物を飲めばいいし、酒がダメならダメと言えば良かったんだ」


 そういうとデフェンドさん自身ももう一つの杯に液体を注いで、ごくごくと飲み干している。


「それで、お前はこれからどうしたい?」


 杯を空けたデフェンドさんに、再び問われる。

 言いたいことを言えと言われた、けれどやっぱり躊躇する。


(だってこれは、共に戦うには都合の悪いから)


 言いたいことがないわけじゃない。

 けれど気がかりなのはおじいちゃんのこと。


(おじいちゃんに手を出すななんて、立場を考えたら言えない)


 デフェンドさんから見たら、敵の《契約者》なんて真っ先に潰すべき相手だ。

 なのに頼んでいるこちらが倒さないでくれだなんて、虫が良すぎる。


(けれど、言うだけ言ってみよう)


 言えと言ったのは、あっちだし。

 それで断られたら、その時は「おじいちゃんの相手は私がする」と交渉すればいい。


「祖父は殺したくないです」


 おじいちゃんがどれくらい、イデアスとの戦いに絡んでくるかは分からない。

 けれど《騎士》が戦うには、絶対に魔力が必要だ。

 ならばどこかしらで、関わってくる可能性が高い。


(けれど、できれば巻き込みたくはない)


 恨みがあるのはあの《騎士》だけで、おじいちゃんにそんなもの有りはしないのだから。

 そして私の言葉を聞いた紳士は、ふと表情を緩めた。


「良く言えた」


 ぽん、と頭に軽く触れられる。

 気づいた時にはもう手は離れていて、少ししてようやく私は何をされたか理解した。


(褒められたんだ)


 そして少し遅れて、気がついた。

 私が自分の意思を示したことを、彼は評価してくれたのだと。

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