表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/50

1-12 決別と不安

「っ、誰だ!?」

「乱暴をするな、みっともない」


 イデアスの剣を弾いたのは、銃を持つ赤い服の紳士だった。

 彼はどうやら、私を助けてくれるつもりらしい。


「あ、なたは」

「デフェンドだ、お嬢さん」


 急に空気が戻って来て、噎せながらも名を問うと、端的に答えてくれた。

 怯えた私を落ち着かせるためか、少し口角を上げて笑って見せている。


「何をしにきた?」


 対するイデアスは再び剣を構えている。

 けれどデフェンドさんは臨戦態勢にもならず、その場から動かない。

 代わりに私に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。


「彼女を迎えに」

「私を?」


 彼女と称されるのは、私しかいないから当たり前だ。

 けれど、心当たりがなさ過ぎて思わず聞き返してしまう。


(だって、彼はこの前の夜に見かけたばかりだ)


 そう、見ただけ。

 言葉を交わしたわけでもないし、見られている気はしたが確信は持てなかった。


(だから彼が、私に会いに来る理由が分からない)


 例え善意でここから助けようとしてくれているのだとしても、理由が分からないものは怖い。

 ここからは助けられたとしても、さらに地獄が待っているかもしれないから。


「騙されないで、君と彼は敵同士のはずだ」


 そう言うイデアスは、デフェンドさんから私を守るように剣を構えている。


 それはこの間まで、私が求めていた《騎士》の姿。

 けれどその行為に、もう少しも惹かれなかった。


「敵同士なのはお前と彼女だ。そうだろう、お嬢さん」

「……はい」


 デフェンドさんの言う通りだ。

 イデアスが私をどう思っているかは知らないけれど、少なくとも私にとって彼は敵になった。

 だから私には、イデアスに背を向けて歩き出す。


「行くのかい」

「私はあなたの《契約者》じゃない、だから構わないでしょ」


 私はただ喚んだだけの、《召喚者》だから。

 燻っていた気持ちが今になって燃え広がる。


「あなたの《契約者》は、おじいちゃんなんだから」

「そうか、裏切るのか」


 返事はしない、ただ背を向けて黙り、肯定する。

 そしてそれと同時に、私の魔力に変化が起きた。


「あっ!?」


 魔力に還元していた《台本》が、私の中から消える。

 代わりにそれは、イデアスの手の中に移動していた。


「僕の所有権をアドールに戻した」


 イデアスの行動は、完全な私からの離脱を意味していた。

 今更なようでいて、これは明確な敵意でもある。


(だって《騎士》には、どうやったって力で叶わない)


 《契約者》は《台本》を以て、《騎士》を制御する。

 だから《騎士》は忠誠の証として、契約時に《台本》を捧げるのが常だった。

 こういう事態を、防ぐために。


「戦おうよ、僕らの欲しいものの為に。君だって僕と戦いたいでしょ」


 逃げるなんてしないよね、と笑うイデアスの表情は冷ややかなものだった。

 口角は上がっているのに、友好感がまるでない。


「場所は好きに決めていいよ、でも時間は七日後。アドールの容態もできる限り、安定させたいし」


 すらすらと予定を決めていくイデアスは、誰の言葉も聞いていない。

 そして最後にこちらを一瞥した彼は、大きな窓枠に手をかける。


「じゃあ、次に会うときを楽しみにしてるよ」


 踊るように軽やかに、誰の言葉も聞かず彼は外に飛び出していく。

 今まであった枷が外れて、やっと自由になったとでも言うように。






 イデアスと対立した後、私は郊外にある小さな煉瓦仕立ての家に来ていた。


「お邪魔します」


 招かれて踏み入れたのは、小さいながらも整った玄関だった。

 ここはデフェンドさんの住居。

 男性一人で住んでいるのに、綺麗に片付けられている。


(汚れてないどころか、落ち着いていてお洒落な感じだ)


「年頃の娘は嫌かもしれないが、我慢してくれ」

「い、嫌じゃないです。それについてきたのは自分ですし」


 いつの間にか家の奥に入ってしまったデフェンドさんを追って、私も廊下から部屋の中へと移動する。

 暖かな陽射しが窓から零れるそこは、初めて入ったにも関わらず居心地の良さを感じさせた。


「どうなっても責任は自分で取るつもりです」

「そんなこと、簡単に言うもんじゃないぞ」


 あなたに責任は負わせるつもりじゃない、と私は強く主張しようとした。

 けれど、頭を撫でられて終わってしまう。


(子供扱いされてる)


 それが嫌なわけじゃない。

 けれど気の張り詰めが、緩くなってしまう気がした。


「適当に座っていろ、飲み物でも出してやる」

「あ、ありがとうございます」


 撫でられた頭をそのまま押されて、椅子に尻餅をつく。

 とん、と座らされた私は、柔らかい椅子に受け止められた。


(落ち着かなくて、視線が揺れる)


 デフェンドさんを待っている間、手持ち無沙汰感が私を襲う。

 手を組んだとはいえ、こんなに丁重に扱われるとは思ってなかった。


(他人の家なんて来たことないし)


 この世界で関わりを持つのは、ほとんど自分の《騎士》のみだ。

 だから私に限らず他者とは関わりを持たないし、家族であっても《騎士》のような濃い感情を抱かない。


(だからグリーフさんは、初めての友達だった)


 他者とほとんど触れ合わなかった私は、共に遊びに行くという選択肢も浮かばなかった。

 けれどグリーフさんは、そんな私に声をかけてくれた。


(初めて自分で手を取った、なのに)


 そのせいで彼は、殺されてしまった。

 直接的じゃないにしても、私が殺したも同然だ。


(私が巻き込まなければ、グリーフさんはまだ生きていた)


 その場合は私とは出会わない。

 けど選び直せるなら、そちらの方がいいに決まっている。


(もう、謝れないけれど)


 どんなに悔やんでも、グリーフさんはもう戻ってこない。

 私に会わなければ、魔力に還ることもなかったのに。


(それに、今後も気がかり)


 敵になった《騎士》に関しては、何も解決していない。

 対立したこと自体は後悔していなかった、けれど明確に勝てる手段があるわけじゃない。


(一人になると、暗い考えになっちゃうな)


 最近は特に、そうなることが多くなっている。

 けれどどう考えても、行動しても、全てが裏目に出ていた。


(どうしたら、いいんだろう)


 やっと友と呼べた人はもうおらず、おじいちゃんは病とイデアスのせいで頼れない。

 そんな薄暗い思考から私を引き戻したのは、窓際にある写真立てだった。


「……これって」


 窓際に近づくと、写真立てが日の光に照らされていた。

 そこには黒く長い髪の、美しい女性が写されている。

 露出の多い赤い衣装が、とてもよく似合う人だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ