表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/50

1-11 人を喰らう執着と、赤い服の紳士






 授業が終わってから、また図書館に向かう。

 けれど今度は手ぶらじゃなくて、いつものお礼も携えていた。


(喜んでくれるといいな)


 グリーフさんが何に喜んでくれるか、想像もつかないくらい付き合いは浅い。

 けれどいつか分かるといいなんて思うくらい、彼と仲良くなりたいと思っていた。


(ジェラには見慣れない人と関わるなって言われたけど、彼はもう知っている人だから大丈夫)


 またどこからか情報を仕入れたジェラが私に注意してきたけど、既に彼とは何度も関わっている。

 私だって最初は友達になる気はなかったけれど、あんな直球に誘われたら断れない。


(けど、どうしてジェラはグリーフさんを知っていたんだろう)


 隠してるわけじゃないけれど、ジェラには夜遊びについて話していない。

 でも彼はまた急に私の前に現れて、グリーフさんに会うのをやめろと言ってきた。


 その言葉を聞きたくなかった私は、また走り去ってしまったけど。


(彼は心配で忠告してくれたんだろうから、悪いことをしたとは思っている)


 けれど私が好きになっている人の悪口を、耳に入れたくなかった。

 でもジェラとの関係を、このままにしておくつもりもない。


(私から会いに行って、謝ろう。それで彼に、今度は私から話しかけてみよう)


 最初に他者と交流する体験を与えてくれたのは、グリーフさんじゃなくてジェラだ。

 私が拒絶していただけで、彼はずっと私に関わってくれていた。


(でも今は、グリーフさんと会うのを優先したい。約束もしてるし)


 そう思うのを最後に、私は気持ちを切り替える。

 沈んだ顔のまま、グリーフさんの前に出たくなかったから。


「迎えに来ました!」


 前髪を少し整えて、待ち合わせ場所にした図書館の扉を勢い良く開ける。

 不慣れだけど少しだけした化粧に気づいてくれるかな、なんて浮かれながら。



 けれど私が目にしたのは、グリーフさんが剣に串刺しにされる瞬間だった。



「ダメだよ、他の人といちゃ」


 悲鳴は出なかった、代わりに何も言えなかった。

 頭の中では何が起きているのか分かっている、けれど心がそれを咀嚼できない。


(だってイデアスが、グリーフさんを殺しているなんて)


 何かの勘違いだと思えるように、この状況に至るさまざまな理由が頭を駆け巡る。

 そんな場合じゃないのは、分かっているのに。

 そして状況の否定ができないと思考が降参した瞬間、言葉が泡のように溢れた。


「グリーフさんを離して!」


 剣を持っている男に立ち向かうなんて、無謀だって分かってる。

 けれどどうしても、黙って見ているなんてできなかった。


「言われなくても。僕は彼に用なんてないし」


 けれどグリーフさんは不用品のように、イデアスに振り捨てられた。

 魔力を辺りに撒き散らしながら、その中心に体は落とされる。

 抵抗はしたのか、魔力溜まりには淡く輝く短剣が落ちていた。


「グリーフさん!」

「近づかないで、危ないから」


 何とかして魔力まみれのグリーフさんに駆け寄ろうとするが、イデアスに立ち塞がられる。

 そしてグリーフさんは私の目の前で、完全に魔力となって消えてしまった。


「あ……」

「やっぱり彼も《騎士》だったんだね。もしかしたらと思ってたけど、やっぱり危ないところだった」

(助けてくれた、の?)


 今の私には、何が起きているのか分からない。

 きっと私には、知らない情報がたくさんある。

 昨日も、そうだったから。


 けれどそこまで思い至っても、イデアスに感謝なんてできなかった。


「なんで私に関わるの、おじいちゃんと一緒にいればいいのに!」

「君が召喚してくれたからだよ」


 私の吼えるような問いかけに、イデアスは当たり前のように返す。

 その様子に、人を殺した罪悪感は見られない。

 やはり彼は、何かがおかしい。


「これでも気をかけているつもりなんだけどな」

「そんなのいらない」


 私の純粋な拒絶に、伸ばされていた手が止まる。

 さすがにイデアスも驚いたらしい、ここまで強く彼を否定したことはなかったから。

 けれど驚いたのも一瞬で、すぐに薄く笑みを浮かべて再び私の手を取ろうとした。


「とにかく帰ろう、外は危険だ。今みたいに君を狙う人がいるかもしれない」


 イデアスが言っていることは、おそらく正論だ。

 少なくとも《騎士》として彼は、私を本当に心配している。


「そうだね、確かに外は危険かもしれない」


 だからそれについては頷く。

 私の認知できていない危険があるのは、きっと本当だ。



「でもあなたとは絶対に帰らない」



 イデアスに従うことが正しくしても、彼には守られたくなかった。

 だから今度は明確に、その手を大きく振り払う。


「君、自分が馬鹿なことしてるって分からないの?」

「そうだとしても、友達を殺した人と一緒になんていけない!」


 私の、初めての人としての友達。

 今までどうしようもなく一人だった私の、暖かな光。


「ねえ、本当に彼は危ない人だったの?」

「あぁ、そうだよ。だって彼は君に近づいた」


 私の問いに、イデアスは淀みなく答える。

 でも私は、イデアスの言葉に息を飲んだ。


「それだけ?」

「《騎士》にとっては大問題だよ、《騎士》は《契約者》の周りに他人がいるのが不快なんだ」


 それ自体は授業でも散々聞かされていた。

 《騎士》と《契約者》は一対で、不純物を許さない。


(授業じゃ、ただ感慨もなく聞いていた)


 それが当たり前だと思っていて、実際にそうだったから。

 でも言葉を実感する立場になると、どうしようもなく重いものだったのだと思い知らされる。


(あぁ、こんなことなら)


 《騎士》の話を聞いてから、おじいちゃんが昏睡状態になってから。

 ずっとずっと憧れていたけれど。


「《騎士》なんて、召喚しなきゃ良かった」


 イデアスを召喚してから、良いことなんて一つもない。

 他者を傷つけたり、より一人だという事実を思い知らされただけだった。


(これなら、一人の方がずっとマシだ)


 グリーフさんと出会えなくても、彼を失わなかった。

 ぽつりと、ほとんど独り言のつもりで呟いたつもりだった。


 けれどイデアスには、今の言葉がよほど堪えたらしい。


「っ、取り消せ!」

「きゃあ!」


 今の言葉が許せなかったのか、表面的には保っていた穏やかさもイデアスはかなぐり捨てる。

 そして彼の手は私に逃げる間も与えず、首を掴んで拘束した。


「今すぐその言葉を取り消すんだ、そうしたら許してあげるから」


 ぎりぎりと、殺さない程度に私の首は締め上げられる。

 このままだと、私はなす術もなく魔力に還るだろう。

 でも、


「絶対、嫌」


 このまま死んだって、取り消す気はなかった。

 それだけは殺されてしまったグリーフさんに対して、顔向けできないから。

 けれど彼も、もう我慢の限界らしい。


「この、分からず屋!」

(殺される!)


 荒げられる声と共に、首にかけられた力が増す。

 そしてイデアスはさらに剣を取り出し、


「……え?」


 一発の弾丸によって弾かれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ