闇夜の来訪者
——太陽が消える3日間。
そんな不思議なことがオレの生きるこの世界には存在する。
その3日間は『影の襲来』と呼ばれている。
『影の襲来』には、オレたちの知らない闇があると、オレは踏んでいる。
根拠は——15年に一度やってくる世界が闇に堕ちる3日間にだけ集中して人が不自然なほどに死ぬことだ。
その3日間だけ、大量の人間が死んでいる。
これは15年前の星暦2005年の『影の襲来』の時の情報からわかる。
それ以前の『影の襲来』は何故かなかなか情報がない。
一週間後、また始まる。『影の襲来』が。
15年ぶりの襲来が、星暦2020年10月10日から。
影の襲来では、国が外出禁止令を出す。
そのため、オレの周りは一週間後の実質三連休に早くから浮き足立っているが、オレは違——
「——ちょっと!何ボーっとしてんの?」
でた、この女ははオレの思考を邪魔してくる厄介な敵。
まったく、なんて小娘だ——
「——無視すんなし!」
「いってぇ!!」
オレの頭にチョップをしてきやがった。
なんて奴だ。
このオレの脳細胞がいくつか死んだぞ、バカになったらどうしてくれるんだ!
「やっと反応したわね、ふん」
「なんだよ、片奇」
こいつの名は片奇恵見ての通り暴力女。気が強くてオレを扱き使う。
オレと同じ施設で過ごしている怖ーい奴だ。
何かとオレに話しかけてくる。
「なんだよじゃないわよ!あなたねぇ!」
あぁ、また始まる、お叱りが。
特に理由もなく。いつもの叱りだ。そろそろ反撃くらいしてもいいんじゃないか?……なんて、思ってたりもする。
「……まぁまぁ、恵ちゃん。落ち着いて」
「そうだぞ恵、饗庭も饗庭だぞ、あまりそっけない態度をするなよな」
は?オレの何が悪いんだよ。ちっ、これだから、バカどもは。
こいつらはいつも、片奇の味方をしやがる。片奇と同じ部活の親友どもだ。
女の方は、崇峰軒子。眼鏡をかけた、美女だ。
男の方は、須見憂流。ういるって言う。イケメンだ。崇峰を狙ってる目をしている。まいいんじゃねーの?クソ同士で付き合えば。
ホント、クソどもめ。
「ふん。まあ、いいわ。ところで、饗庭」
「どうした?」
オレは下を向いていた顔を上に上げ、見下ろしてくる片奇と目があった。
見下ろすなや。
「最近行方不明者が多く出ているから、気をつけてね」
「へ?」
この野蛮人がオレの心配?いったいどう言う風の吹き回しだ?
少し顔を赤くした片奇は、
「だから、気を付けてって言っているの!」
だから、へ?
顔を真っ赤にした片奇は崇峰と須見の方を向くと、
「それじゃあ。部活、行こ」
「……あ、うん。それじゃあね、饗庭くん」
「じゃあな、饗庭」
「…………」
オレが呆けている間に、行ってしまった。
まったくなんなんだ。
あいつらは確か弓道部でって、あんな奴らのことなんてどうでもいいか。
さっさと帰らねーと。
オレは勢いよく立ち上がり、教室の外へ向けて走り出す。
教室を出て、右を向くと、3人で歩いている片奇がいて、その影が——
「——動いた」
おっと、思わず口に出てしまった。
ただ間違いなく見た。今、奴の——片奇の影が動いたのを。
「なに?今の」「ほらほら、あの厨二病の饗庭よ」
コソコソ話すな、全部聞こえてんだよ。
オレは決して厨二病じゃない。
世界の真理を読み解こうとしている理知的でイケメンな完璧ボーイさ。
……と、そんなことは置いておいてだな。
先程のはなんだ?影が動く?ありえないだろう。
いや、確実に見た。疲れているからかもしれないが——って、最近は食っちゃ寝の生活だったし、そんな心配はないか。
マジで、どう言うことだ?
まあ、それは後で家で考えるとしてだな。
こうしてオレは、学校を後にした。
道端のおばあちゃんとか助けていたら、すっかり夜になっていた。
時刻は8時過ぎ。
部活にも入っていないのになんで、こんなに遅くなるんだよ。
いや、部活にも入っててもこんな遅くならねぇよ!
このままだと、施設の人が心配する。
まずいまずい。
帰り道を歩いていると、ゴソゴソと路地裏の方から音が聞こえた。
「なんだ?」
オレは音の鳴る方へ向かっていく。
まるで誘われているかのように。
そして、路地裏にいたのは——黒い人影だった。
暗闇のせいか、風貌はよくわからない。
服を着ているのかさえ怪しいと思うほどに、その人影からは何もわからなかった。
……よくいる変なおじさんか?それともおばさん?
黒い人影が何かを漁っている。
怖いが、こういうのはノリと勢いだ。行ってみるか。
俺は、好奇心のあまり話しかけることにした。
「あのう、何してるんですか?」
「…………」
人影は喋らない。動きを止めゆっくりと、人影が、後ろを向く。
オレはそれでもよく見えなかったため、スマートフォンのライトで、人影を照らす。
「なっ!!」
その人影は照らしても——黒い影だった。おまけに、顔はない。
そして、あたりは——
——クチャ
——赤一色だった。
「まさか…………!」
オレが今、踏んだのって……。
オレは足元を見るため、下を向くと——
「うわぁ————ッ!!」
気づけば走り出していた。
これは本気でやばい。
そう直感した。無理矢理そう感じさせられた。
オレは路地裏から出ると、人の目も気にせず無我夢中で走った。
会社帰りのサラリーマンたちが、泣きながら走る俺を奇異な目で見てきても走る。
オレはそれほど恐怖した。……怖かった。
気がつくと、施設から5分ほどのコンビニの前に来ていた。
「……はぁはぁ」
少し冷静になった。
さっきのはなんだ?
のっぺらぼう?それにしては、黒すぎじゃないか?
「…………あのう……何、してるんですか?」
不意に後ろから話しかけられた。
オレは、店員さんが話しかけてくれたと思い、安心して後ろを向く——と、そこには黒い人影が立っていた。
当然目や耳、鼻と口は存在しない。いや、うっすらと口のようなものは見られた。
「うわぁああああああ!!」
オレは咄嗟に拳を前に出していた。
人影にあたったが、その拳は影に——飲み込まれていく。
オレは勢いよく手を引き抜き、走り出した。しかし、先ほどのダッシュで体力は削れている。
そうだ、こんな時は!
オレは急いでスマートフォンを取り出して、警察に連絡する。
警察に連絡するとすぐに駆けつけるのとのことだったが、もう遅いのかもしれない。
オレは、追い込まれていた。
行き止まりにぶつかり、影はゆっくりと近づいてくる。
「あのう……何してるんですか?」
「何、言ってんだよ……こいつ」
考えろ考えろ!ここから抜け出せる打開策を!
ダッシュで行く?いや、無理だな。なんか触手みたいなの出てきているし。
「もう……無理かもな……こいつから逃げるのは」
施設に逃げれば他の子供達や、施設関係者に迷惑がかかるかもしれない。
だから逃げることはできない。まあ、もう遅いが。
なら——
「——最後まで、踊らせてもらうぜ!!」
オレは、影に肉薄する。
影は少し驚いたかのように、体を後ろへ反らすと、すぐに攻撃を仕掛けてきた。
触手のようなものが、オレに近づく。
「まだだ、まだ!」
俺は見ていた。人影を見つけた時、光を当てた時、奴は動くことをしなかった。
だから——
「——いけ!」
その掛け声と共に、オレはスマートフォンのライト機能を使い、影に光を当てた。
案の定、光で奴は少し怯み、触手が動きを止めた。
「おらぁ!死にやがれ!!」
オレは影に、渾身の一撃を決める——はずだった。
……が、やはり、オレの拳は影に当たった瞬間に、影に飲み込まれた。
「なんだよ!これは!」
そのまま影は、オレの体を蝕んでいく。
左腕から、胴へ、心臓へ、脳へと、進んでいく。
オレ、死ぬのかな?
目の前には白目を剥いた男性が立っていて、ふらりと、倒れてしまった。
オレもこんなふうになるのかなぁ。
「まだだ!!」
オレは意識を強く保ち、飲み込まれないよう、歯を食いしばる。
だが、抵抗虚しく。
意識が飛びそうになった瞬間。
「よう、なかなか根性あるじゃねえか!がっはっはっ。面白い!」
そんな声が聞こえたが、オレは首へ衝撃を感じたのと同時に、完全に意識を失った。
***
「こいつはかなりいいな」
「ええ、利用価値は高いです」
「これなら廻の一族にも廻廻にも勝てるだろう」
男と女が会話している。
廻廻?誰だそれ……ってかここどこ?
背中は硬いものが当たっているし、寝心地は悪い。
おまけに体は動かない。
「…………あぁ」
声は出せるようになった。
「ん?」
男の声が反応する。
男の声は、力強さや安心感を感じさせる、いい男感のある声だ。
「起きたみたいですね」
今度は女の声だ。
女の声は幼さの中に少しの色香が混じっている声——そして、男に恋している声だ。
……って、オレは何を分析してんだよ。
「おい坊主、起きろ」
「……あぅ」
まだ声が出ない、体も動かせない。
いったいどうしろってんだ。
「起きられない……ようですね」
「ああ、これも影の力なのか……」
「無理矢理起こしましょう」
ああやってくれ、と男が言うと、ウィーンと音を立てて、オレは浮遊感と共に体が起き上がった。
そして、カツン、カツン、カツン、と足音が3回なると——
「——うわぁあ!」
オレの目が強制的に開かれた。
目に映るのは、巌のような肉体の髭を生やしたおじさん。
奥には背の小さな女の子……いや、女の人。
「今こいつ、失礼なことを考えましたよ」
「ん?そうなのか?」
いやなんでわかるんだよ。
「ゆっくりでいい、体を動かしてみろ」
「……は……い……」
オレは言われた通りに、ゆっくり体を動かしていると——
「——ぐわあああああああ!」
突如左腕から、激痛が迸った。
オレはガタガタと体を揺らすと、男が顎を触りながら、
「ふむ、やっぱりそうなったか。左腕が痛いんだろ?」
オレは痛みのせいで声が出せない代わりに、こくんと頷いた。
——痛い、痛すぎる。左腕が弾けそうな気がする。
なんでオレがこんな目に……!
「起き上がってみろ」
おっさんがそう言う。
……こいつ、無理も承知で、言ってきやがる。
「いざとなったら切り落としてやっから」
んだと……こら!
オレは歯を食いしばり、勢いで、
「うおぉおおおおおおお!」
——立ち上がる。
「ほらな?行った通り、いい根性してるだろ?」
「これは、認めざるをおえないですね」
目もカッと見開くと、先にはわからなかった、部屋の景色が見える。
白く殺風景で、ガラス張りになっている。まるで、実験室のような。
「おい坊主」
「な……んだ!」
オレは痛みで飛びそうな意識を保ち、生意気にもそう答える。
痛みで、敬語なんて忘れてしまった。
「威勢がいいな坊主。その様子じゃ、もう大丈夫だな」
オレは痛みの元凶である左腕を見る。
……なんだよこれ。
——オレの左腕は、影のように、黒一色だった。
「あぁ、それのことなんだが、後で話す」
左腕の痛みはすでに大方良くなっていて、充分我慢できるほどだった。
オレは、左腕を触ってみる。
先程のように飲み込まれることはないものの、気味が悪い。
これはもしかしたら、強大な力かもしれない!
そんな風にポジティブに考えても意味がない。
結局不安感を拭うことは出来なかった。
「あ、それと」
女が声を上げる。
言いづらそうに顔を赤くし、俯けると、
「あなた、全裸ですよ」
「え?」
オレは、目線を下に向けると——
——よお、息子。
今日も元気そうで何よりだよ。
「ぷぷっ、なんて言うか、お前の…………アレだな」
男がオレの……オレのを見て笑いやがった。
……笑うんじゃねぇ————ッ!
それからと言うもの、オレは、二人に連れられるがまま、別の部屋に案内された。
廊下も真っ白で、なんらかの実験施設だと、考えている。
移動中の会話の中で、二人の名前もわかった。
男は——岩雄郷村。名前のゴツさが肉体にも表れている。なんていうか、威圧感がすごい人だ。しかし、実は結構優しい。
女は——月見山紫吹。なんか色々と紫色だ。岩雄のことを相当慕っているようだ。美人で小柄。
「それで、なんだが」
岩雄が神妙な面持ちで、オレに話しかけてくる。
オレは、応接室のような部屋な案内された。
ちなみに、コーヒーか紅茶のどちらがいいか聞かれたので、コーヒーを選んだ。
少し舐めてみる。苦っ。
「————」
沈黙の空気が流れている。
どうしたんだ?いったい。
「お前の左腕についてだ」
あぁ、そのことか。さっきまでは痛みがひどかったが、今はもう体に馴染んでいて慣れた。
ただ左腕が視界に入るたびに不快感を覚えるし、あの人影を思い出す。
月見山が何か目配せをすると、岩雄が思い出したかのように、話し始める。
「あぁ、そうだ、まず影についてから話そう」
「あの人影についてですか?」
こくりと、岩雄は頷く。
「あれは——『影の襲来』いや、太陽が消える3日間の付属品とでも言おうか」
「か、影の襲来?」
「ああ、俺たちの間では、一週間後の3日間はそう呼ばれている」
影の襲来。なんだそれ、初めて聞いたぞ。
オレの調べていたことの話だろ?なのに何故その名前が出てこない。
「まあ、それは置いておくとして、あの影はな3日間のうちに出てきて、人を襲う化け物だ」
「なるほど……」
点と点が線になった気がした。
なるほど、まだ完全に鵜呑みにしたわけじゃないが、あの化け物が現れるのなら、行方不明者や大量の死者が世界中でも出るのが不思議ではない。
でも——
「じゃあ、なんで今出てきたんですか?話を聞く限り一週間後では?」
「それは——」
「——ここからは私が説明します」
月見山が話を遮った。
何故か岩雄の額には少し汗が浮かんでいる。
「影達が何故今出てきたのかは不明ですが、それによって、人々に被害が出たのは影を抹殺する組織である我々の不徳。申し訳ございません」
「……大丈夫ですが……組織?」
「ええ、我々は国の影専用に作られた特殊部隊DOG、ドッグと呼ばれています」
政府の犬。という意味だろうか。そんなことはないだろうが。
初めて聞く単語や情報に汗が止まらない。
水分補給になるのかわからないが一度コーヒーを啜る。苦っ。
「それはそれとして、あなたの左腕です」
「…………はい」
「あなたは、体を侵食されていました。ですが、とある技術を使って、その影を全て左腕に送ったんです。ですから疑似的ではありますが、あなたは左腕だけ影並の力があるのです。それは他の部位にも可能です。実際にいます。他にも影が宿っている人が」
「なるほど……」
なるほど、分からん。
オレの左腕が影の力を持っている?どういうことだ?
「わからない様子ですね。身体能力が上がっているはずなのでそれではその左手でこれを本気で殴ってください」
月見山がサンドバッグを用意した。
オレが殴る?多分だけどビクともしないぞ、オレは戦闘能力皆無だからな。
「わかりました。やってみます」
オレは言われた通りにサンドバッグの前に立ち、深呼吸をする。
よし、やるか。
オレは本気の力で拳を振るう————ぶつかる直前、痛みが迸る。手から腕へ、腕から肩へ。
「がっ!!」
——なんだ!この痛み。
頭が真っ白になっていた。
視界に何も映らない。ゆっくりと視界がいつものものに戻ると、そこには——驚いた顔でピクリともしない岩雄と月見山。
そして——壁にぶつかり中身のものが弾け散っている無惨な姿の、サンドバッグがそこにあった。
「まじかよ、おいおい、すげぇなこれ」
クックックと、笑う岩雄に、
「ええ、凄まじいですね」
冷静な表情を保ちつつも目は驚きを隠せていない月見山。
「適合はしてねぇが、力はある。これなら…………廻にも勝てる」
「…………いったい……なんなんですか?これ」
意味がわからない。利き腕でない左腕がこんな力を出すなんて。
ただ、まだ肩が痛む。
「おっと、すまねぇ、今のが影の力だ。面白いだろ?」
面白い?少し混乱しているのか、落ち着いて考えられない。
落ち着け……落ち着け!
普段のオレならば謎の力を持つことで喜んだかもしれない。だが、実際に手にしてみると、恐怖しか感じられない。
嫌な予感がする。何か厄介なことに巻き込まれるような気が。
「おもしろい……?なんなんですか!今の力は、もしかしてオレ、もう戻れないんですか?普通の体に、いつもの日常に」
「ああ」
小さく重い声で言った岩雄の顔は俯いていて、よく見えない。
——全てが決壊していく気がする。
もう怒鳴る気力もなくなった。
オレはへたりと地面に座り込む。
「オレは死ぬんですか?」
「死なせない。俺が絶対に」
岩雄はそう断言した。
なんでそう言えるんだ。
オレは直感している。いつかこの影の影響で死ぬことを。
「この影の力で、死ぬかもしれないんでしょう?オレ」
「なぜ……いや、ああそうだ。だから極力使うな」
「でもあんた……さっき、オレの力で廻に勝ってるって言ってましたよね」
オレは聞き逃してはいなかった。
この男が、オレを利用しようとしていることを。
「それは冗談だ」
「ははっ冗談ですか?それは面白い、良いジョークですね——って、そんなわけねぇだろ!!」
バン!と床を叩く。
血が出た。そしてオレは2人を睨む。
岩雄は無表情のまま、月見山は睨み返してきている。
「少し、落ち着いてください」
「落ち着くのはあんただぞ、さっきから動揺が隠せていない。そのおっさんと違ってな」
「……なっ。言わせておけば……!」
オレはそんな月見山を無視し、立ち上がって岩雄を見下ろす。
「おっさん、オレはもう行かせてもらうぞ」
まあ、待てよ。と、岩雄はオレを引き止める。
なんだよ——と、言おうとすると、
アタッシュケースを投げつけられた。
「岩雄さん!それは!」
月見山が必死の形相だ。まったく良い気味だな。
ところで、なんだ?これ。
「それは、光剣と光線銃だ」
「どうしてこれを?」
これから縁を切ろうとする相手に、手厚いな。
どういった武器かは知らないが。
「言ったろ、お前を死なせないって」
「最後まで冗談がうまいみたいだ」
「はっ、ありがとよ」
それじゃあ、行くか。
オレは施設へと帰った。
***
「これは……報告しなくては」
極秘の実験施設の屋根の上に立つ1人の男——奇峰冴斗がそう口にした。
冴斗の耳は何故か黒に染まっている。
彼には耳に影が宿っており、聴力が上がることで諜報任務などに長けている適合者だ。
戦闘能力は、素の肉体での実力になるため、饗庭よりは弱い。
「——廻様」
冴斗は廻廻と呼ばれる男と通話を始めた。
『…………なんだ』
「9人目が現れました」
『やっとか。まあ、だからといって、だがな』
その声はどこか嬉しそうで、主の喜びに冴斗も嬉しくなった。
『冴斗。また駄犬が何かしでかしたのだろう?』
「ええ、駄犬が影の宿主を外へ出し、適合者を探していたようです」
『それで、見つかったと』
いえ、と否定する。
冴斗は一旦頭の中を整理し、落ち着いて説明する。決して、兄のような失敗はしまいと。
「正確には適合はしていませんでした。しかしながら力は一級品。あの岩雄——とやらが言うには廻様にも匹敵するとのこと」
『しかし、いつかは蝕まれて死ぬ。だろう?』
流石は廻様ですね、と冴斗は廻のその言葉を肯定する。
『まあ、どれだけ強かろうと俺には勝てないさ。誰1人として、ね?』
「当然です」
——廻廻は、最強である。
故に、敗北はない。敗北など、世界が許さない。
「……あなたは最強ですから」
『当たり前だろ?』
ふふっ、と2人で笑い合う。
5歳ほど歳が離れているが、冴斗の幼い頃から一緒にいるため仲はいい。
『じゃあ、そろそろ切るぞ?』
「それと一つ」
『ふぁ、なんだ?』
大きくあくびをしてから廻は答える。
「お気をつけて」
少し笑った声が電話越しに、冴斗の耳に入る。
『影の襲来が始まれば、すぐにこっちの影を処理して、そっち行くから……よろしくな』
「ええ、それでは」
ぷつりと音を立てて、電話は切れた。
廻の方から電話を切ったようだ。
「私は私の使命を、主人である廻様のために」
冴斗は再度覚悟を決め、夜の街へと溶けていった。
***
「はぁ……はぁ」
オレは、夜の街を駆けていた。
なぜなら、後ろからは影が3体追ってきているからだ。
「どうする……!」
路地裏を右、左と、曲がって逃げる。
オレは立ち止まり後ろを向くと、岩雄からもらった光線銃を構えた。
3体のうち1体が、先行して近づいてくる。
先行する影は地上から、残り2体は建物の上から追ってきている。
オレは、先行する影に狙いを定め——
「落ち着け……落ち着け!」
深呼吸をしてから——引き金を引いた。
銃口から一筋の閃光が射出され、その光は影を消しとばした。
「よっしゃ!」
——だいぶエネルギーを使っちまったが、最大出力で撃って良かった。
オレは過去の自分を称賛しながら、再度逃げる。
1体倒せたのはよかった。だが、まだいる。
今度は光線銃から光剣に切り替えた。
「よし……行くか……!」
オレは建物の窓を突き破ると、その中に入り、階段を登る。
先の光線銃の光で少し怯んだのか、影との距離は大分大きくなっていた。
屋上にくると、すでに影たちは目の前にいる。
「来い!バカども!」
肉薄してくる影の1体に、オレは光剣を向けると、影は少し走ることをやめ——首と思われる部位を切り裂いた。
だが、そう何度もうまく行くはずがなく、オレはもう1体の影に横腹を蹴り飛ばされる——
「——がはッ!!」
なんとか受け身を取ろうとするが、減速しきったところに——足場はなかった。
オレは自分の体を左手を使って、地面の向きに変えながら落下していく。
「まだだ、まだ!」
そして、地面に自分の左手を叩きつけて、衝撃を殺す。
……痛い……!
地面には大きな穴が開き、道路だったが車のクラクションが鳴り響くことはない。
ここまでは作戦通り、とはいかないが作戦の範疇の中だ……!
幸い『影の襲来』の期間だから一般人からは見えていないだろうが、こんな騒ぎを起こせば窓から見る人もいるだろう。
オレはまた、路地裏へと逃げる。
……ここでやりきる——
「——え?」
だが、そこは行き止まりだった。
……まさか……誘われた!?
となると、相手は先の2体とは比べ物にならない程の頭脳を持っているな……!
「どうする……どうする」
オレはニタニタと笑い——顔はないがそう錯覚している——近づいてくる影に向かい光線銃を向ける。
だが、遅かった、オレが狙いを定め、引き金を引く前に影はオレの前にきて——
「…………あぁ……」
これは、死んだ。オレは目を閉じる。
走馬灯が駆け回り——
「助けて…………上げる」
その言葉が耳に入り、目を開けると——
「見ないで…………恥ずか……しい」
むしゃむしゃとなにかを咀嚼する、少女が立っていた。
何者だ?何食べてんだ?
っていうか、かわいい!
じゃ、じゃなくて——
「えっと、助けて?……くれてありがとう。ところで、君は?」
「私……は……」
もう何も食べてはいないようだ。
「…………口口ろろ」
「オレは饗庭紫苑。そういえば、さっきの影は?」
「……食べ……た」
食べた!?いったいどういうことだ?
「食べたって?」
「あなたと……同じ……で、影の……宿主……だから」
そういうことか。でもどこに?口か?
そんなオレの疑問を感じ取ったかのように、口口は喋り出す。
「口……に……いる」
「そうか……」
やべえ、話すことがねえ。
そうだ……これは、賭けに近いが、
「オレと協力しないか?」
「……いいよ」
ええ!あっさり!
でも、どうして?口口は何を目的にしているんだ?
「私も……あなたと……同じ……で、犬は……嫌い」
「口口……」
「あと……ろろで……良いよ」
「……そっか、ならオレも紫苑で」
犬が嫌いなのは、DOGが嫌いということだろう。
でも、なんで?……と、思ったが、きっとオレと同じような理由なのだろう。
「それにしても口ってのは、珍しい」
「……そう……?中……には、耳……も……いる」
「じゃあ、鼻も?目も?」
「……うん」
これは良いことを聞けた。
オレはとりあえずDOG——駄犬を倒しに行こう。
「オレは、駄犬を潰しに行く。お前も行くか?」
「……駄犬……ふふっ……うん」
こいつが笑うところは初めてだな……。
「そんじゃあ、行くか」
「まって……もう、始まって……から……1日位……経った。……てことは……奴が」
奴って?と、訊こうとするが——
「————御明察」
上から、爽やかで透き通った綺麗な男の声が聞こえた。
まずい——と、ろろが呟いた声が聞こえた。
「よっと……!」
その声と共に衝撃波がオレを吹き飛ばした。
「逃げて……!」
ろろがオレを男の攻撃から守ったことがわかった。
まさか、男も影の宿主だとは!
しかし、逃げてとはどういうこと——
——気づいた。
ろろは口で相手の攻撃を受けている。それは、当然大きな黒い影が口から出ている。
しかし、男は——全身が黒い影で覆われている。
それは、すなわち、全身に影が宿っているということだ。
「……廻廻……!」
「おっ、知っているの?お嬢さん」
「……当然」
攻防が終わった。まさか、こいつが廻!
オレを利用した駄犬が倒そうとしている相手?
「あんたが廻か!あんたも駄犬が嫌いなんだろ!なら協力してくれ!」
「おお、駄犬は嫌いだが、お前に協力することはできない」
「なんで!」
「オレに勝てるかもしれない芽は摘むべきだからな」
そんな……理由で!
ならもう。もう——
「戦うしか、ないのか!」
オレの言葉を聞いた廻は、不敵な笑みを浮かべ、
「ああ、そうだよ」
「うおおおおおおおお!」
オレは左腕に力を込める。
そして——
——打ち込む。
「なーんか、つまんね」
刹那、廻が少し腕を振るっただけで、その一振りで——
——オレの左腕は消し飛んだ。
「なんで、適合してない奴が、完全適合者のオレに勝てると思うんだよ」
「がはッ!!」
「適合していないのに、その力も謎だよな」
「紫苑……!」
ボタボタボタと、血が大量に地面に落ちる。
痛みで、何も考えられない。どうすれば——
オレは無我夢中で、光線銃を構え、引き金を引く。
「うわぁ————ッ!」
「はっ!」
笑うんじゃねぇよ!
オレは、光線銃のエネルギーが切れるまで打ち続けた。
しかしその光線は、廻にあたることはない。
あろう事か、光を影で弾いているように見える。
「どう……して……」
……効かないのか?
黒が侵食し、朦朧とする意識の中、オレは——
「そりゃあ、その程度の光でオレを殺せるかよ」
「——まだだ!」
——残っている右腕で、光剣を持ち、無理やり立ち上がって斬り込む。
「なんか、オレに似てんなぁ」
しかし、今度はその右腕を消し飛ばされた。
オレは、両腕がないため、支えられることもできず、倒れる。
空中に浮いた光剣が光り輝いたまま、廻に近づく——
「……なんだよ、一応効くのかよ」
——その光剣の光が当たった瞬間、廻の影が揺れた。それは、まるで光を避けるかのように。
「……ろろ」
オレは消えゆく意識の中、ろろを見る。
ろろは泣きそうに何か叫んで——
——負けんなよ——ろろ…………