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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

制服が脱げないままで

作者: 縹色 蕣

 集合住宅の小さなベランダ、円形のテーブルと一席のイス。

 私だけの特等席。物思いにふける癖があって雰囲気に酔うタイプの私がそういう場所があれば良いと、遊び半分で作った狭いスペースは度々活用する機会が訪れる。今夜もそういう日だった。

 持ち込んだのは夜風ですぐに冷めない様な舌焼けするコーヒーと箱の中身がスカスカなタバコ。

 最上階だから視界を遮る物はなく月が綺麗に見えた。

 タバコの臭いに口煩い近隣住民も寝静まる快適な夜だ。


 私には時々、感傷に浸っていないとダメになる時がある。

 今日がそうだった。だって昨日はバレンタインデー。

 世は明るく華やかで、男も女も浮かれている。別に、私にそういう人がいないことを悔やんでいる訳ではないし、そういう相手がをいること僻んでいるわけでもない。

 ただ思い出してしまうのだ、あの子のことを。

 もう名前も覚えていない学生の頃のキミを。


 汚れて灰色になった上履き、膝だけが露出した白いハイソックスと紺色のスカート、白いリボンタイと少し丈の長い制服。

 ボブカットで直毛、優等生を絵に描いたような彼女。

 でも顔を覚えていない。よく笑っていた気はするけれどその顔が思い出せない、頭の中で再現できるのは笑った時の雰囲気だけだ。


 キミの名前も顔も覚えていないけれど今でもキミを好きだと言える。決してあの時に抱いていた想いは友愛じゃなかった、一人の女性として好きだった。

 だからと言って想いを伝える必要も無かった、だって、キミの作る友チョコも美味しかったから。それで私は充分に満足していた。

 一緒に作ったあの一際気合いの入ったチョコが誰に渡ったかなんて気にならない。その後のことも。


「どうなったんだっけ」


 あぁ本当にキミのことをまるっきり覚えていない。

 あの後からキミは変わってしまったからね。

 私が好きだったのはキミだから。


 ひとつコーヒーをすする、この濃い苦味が感傷にノイズを走らせる。その後にひと口だけチョコをかじる。甘い。

 職場で配った義理チョコだ。

 寸分違わずあの日と同じレシピ、調理法。


 なのに味の感じ方が違うのは大人になってしまったからか。

 ひと口で満足してしまう様な甘ったるい味わい。

 あぁもう、こんな義理チョコなんてコーヒーの中に落として溶かしてしまえ。どぼん、と沈んでいく。マグカップを揺すりコーヒーに混ぜ合わせる。すると今の私に一番似合う味がした。


 余った義理チョコは…………捨ててしまえばいい。

 私にはもう食べる気も起きなかった。

 この思い出の全てを感傷にするにはまだ早い。

 何度も、何年もそうやって繰り返しているのに。

 毎年そう思う。あぁ、でも仕方ない。

 甘い思い出を苦い現実に溶かしてしまいたくないのだから。


 私は未だにあの子から卒業できていない。

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