推しの過去
俺は物心がついたときから戦隊ものが好きだった。よく小さな劇団で役者をしていたお父さんとヒーローごっこをしていた。小学生3年生のときにお父さんの舞台を観に行きたいとせがんで夏休みにお父さんの知り合いに初めて連れてってもらった。それが落合さんだった。
初めて入る劇場に映画館とは似て違うような空気感に大夢は心躍らせる。
「大夢、記念すべき初の観劇が俺ですまねぇな!」
茶化したように隣の客席に座る大夢に落合が言う。
「ううん、俺お父さんの劇が観れるの嬉しい!連れてきてくれてありがとう、落合のおっちゃん!」
大夢が輝いた笑顔で言う。
「どういたしまして!でも、おっちゃんはやめろ!まだ、俺も若いはず……。」
複雑そうな顔で落合が言う。
そして、開演のブザーが鳴る。
「始まるからしーだぞ。」
人差し指を立てながら落合が言う。大夢はそれに頷く。
客席が暗転し、舞台にスポットライトが当たる。その瞬間少しだけ呼吸が止まる。
物語が始まり、父親が登場するといつもヒーローごっこで悪ふざけしながら大夢に倒される父とは別人のような雰囲気をまとった父を見て大夢は舞台に釘付けになる。そして、夢中で見ているとあっという間に上映時間の90分が過ぎる。
客席で落合と待っていると父親が来る。
「おまたせ!待った?落合、大夢を連れて来てくれてありがとうな。」
父が言う。
「どういたしまして。隣にいる俺が惚れそうなくらい凛々しい眼差しで舞台を観てたぞ。」
茶化したように落合が言う。
「そりゃあ、俺の息子だからな。通りすがりの美女が振り向いちゃうくらいのイケてるメンズに将来なるぜ!」
父が言うと「親バカめ」と落合が言う。
「大夢やけに大人しいな客席寒いか?」
父が言う。
「いつもの父さんだなって思ってた。」
遠くを見るような顔で大夢が言うと父が微笑む。
「大夢楽しかったか?」
大夢を撫でながら父親が聞くと大夢が頷く。
「よかったな。落合のおっちゃんに連れて来てもらって!」
落合の方を見ながらニヤニヤして父が言う。
「その呼び方お前のせいか!」
落合が声を少し荒げて言う。
それから、俺はお母さんが仕事休みの日にお父さんが出演している舞台を観に行ったり、父と一緒に観劇をするようになり、それが楽しみとなり、将来は役者になりたいとも思うようになった。
中学生になると漫画の影響でテニス部に入部した。 中学生になってからも部活の休みの日とかにたまに舞台を観に行った。
そして、中学生2年生のある雪の降った冬の日――。
俺はお父さんに少し早い誕生日祝いと称して舞台に連れて行ってもらった。
信号待ちをしながらお父さんと舞台の感想を話しているとき――。
「大夢!!」
父が叫ぶ。大夢の視界に空が広がり、起き上がると足が痛む。
そして、少し離れたところで父が横たわる。痛みを一瞬忘れ、父親の元に大夢は駆け寄る。
「お父さん……?」
恐る恐る大夢が言う。
「大夢……?無事か?」
弱々しく父が聞くと大夢が頷く。
「大夢、14歳誕生日おめでとう。お父さん大夢がいつかヒーローになるの楽しみに待っているから……。」
父は言い終わると瞼をゆっくり閉じる。そして、大夢は目の前の状況に理解がおいつかなくなり、思い出したかのように足に激痛が走り、気を失う。
目を覚ますと知らない天井が見える。先程あったことが噓か本当か判断しようとするとお母さんがやってきて俺のこと泣きながら抱きしめる。
そこで信じたくはないがあの出来事が本当のなんだと思い知らされる。
葬式が淡々と終わり、俺の足は捻挫だったので1ヶ月程で治ったが今まで家の家事のほとんどがお父さんがやっていたのでお母さんの負担を減らしたくて部活をやめた。もちろんお母さんには止められたが押し通した。
それからほぼ1年後、落合さんが家にとあるチケットを持ってくる――。
「大夢よかったらこれ観に来てくれないか?」
1枚のチケットを大夢に渡しながら落合が言う。
「このチケットは?」
大夢が言う。
「これは俺が演出と脚本を手掛けた舞台でお父さんをキャスティングしようと思いながら去年書いていた。この作品はお父さんに出演してほしかったからお蔵入りにしようと思ってたんだがこのままじゃダメな気がして上演することにした。俺の自己満足だって分かっているし、もし気が向かなかったら来なくてもいい。だからこのチケット受け取ってくれないか?」
落合が頭を下げながら言う。
「落合さん頭上げて!チケット受け取るよ。」
大夢が受け取りながら言う。
「ありがとう。」
そう言って落合がさる。
そして、観劇の日を迎えた。終演後、大夢は落合をロビーで待つ。
「大夢今日は来てくれてありがとう。」
落合がいう。
「こちらこそありがとうございます。それにこのままじゃダメな気がしたしね……。」
落合から視線をずらして大夢が言う。落合が大夢の頭を撫でる。
「大夢、役者目指さないか?」
落合が言う。
「いや、唐突すぎません!それにまだそんなこと考えられる余裕はなくて……。」
大夢は申し訳なさそうに言う。
「いや、こっちこそ急にごめんね。でも、気になったらいつでもいいから連絡してくれ」
落合が言う。
それから、俺は高校生になって飲食のアルバイトを始めた。その間もたまに落合さんに誘われて観劇に行っていた。高校を卒業してからはお母さんを少しでも早く楽させてあげたくてアルバイト先にそのまま就職した。アルバイトでも働く大変さは感じていたが就職してからよりそのことを強く感じ挫折しかけていたある日曜日の朝何気なくテレビをつけると戦隊ものがやっていた。
「やべー、今のやつ全然わかんない。」
思わずテレビを見ながら呟いた。
その時、自分がなりたかったもの、お父さんとヒーローごっこをしたこと、落合さんに言われたことが走馬灯のように頭を駆け巡った。
そして、衝動的に落合さんに電話をした。
「大夢どうした?出勤前か?」
落合さんが電話越しに言う。
「急にごめんなさい。俺は、ヒーローになりたいです……!」
大夢が言うと落合が「そうか……!」と笑う。
それから数ヶ月がたち落合の伝手でプロダクションのオーディションを受け、見事に合格して、舞台への出演が決まる。初めて立った舞台、自分にスポットライトが当たる感覚とこの景色をお父さんも観ていたんだという気持ちは今でも忘れない……。