推しとの出会い
中学3年生の冬――
その年の冬は記録的な大雪だった。その年一番の積雪量の日に優斗は高校受験本番を迎えていた。世間はバレンタインデーで浮かれている中、重い足取りと緊張した表情で行った試験が終わってもまだ緊張感が抜けないまま帰宅をした。やっと体を暖められると安堵をし扉を開こうとした矢先、ボスっと音とともに首の後ろにひんやりとした痛みがきた。
「おぉ、ジャストミート!」
振り向くと雪玉を持っためいがいた。いつもなら怒るか仕返しをするとこだが緊張と寒さでその元気もなかった優斗は雪をはらい落とし、家の中に入る。その様子を見てめいは啞然としながら続いて家の中に入ると、ケーキとホットココアが用意される。
「お母さんケーキとか気が早くない?これで落ちたら胸が痛いんだけど。」
「なに言ってるの?これは試験頑張ったでしょうケーキ。合格したら高校合格祝いケーキをまた用意するに決まってるじゃない。」
「そうそう、私だって去年、大学受験お疲れさまケーキと合格祝いケーキと大学入学祝いのケーキとコウ君の誕生日ケーキと私のお誕生日ケーキ買ってもらったしね。」
それを聞くと優斗は「どんだけケーキ食うんだよ」と出かかったが飲み込み照れ臭そうに「ありがとう…」と呟き、ケーキを食べ始める。めいが「あのさ」言うので顔をあげた。
「こないだライクエのファンクラブ先行の名義かしてくれたじゃん。あれチケットご用意されたから今日、発券してきたんだ!」
ライクエとは「Life of Qest」という人生を追及するRPGシリーズの略だ。
「あの舞台のやつ?てか、なんで2枚あるの?」
優斗は首をかしげながら言う。
「違うよ。優斗の分、受験お疲れ様とありがとうの気持ちで2枚応募したの。」
「おぉ、ありがとう」と優斗はつぶやいた。
それから1ヶ月、無事に高校も合格をして晴れやかな気持ちで観劇の日を迎えた。
滅多にいかない劇場の人の多さと広さに圧倒しながらめいの後ろをついて、チケット記載された席に座る。座りながら映画館とは違う劇場の香り、雰囲気でこれから観劇、いや、冒険の旅に出るのだと心をドキドキさせる。それは隣に座るめいもだ。
客席が暗転し、音楽が徐々に大きくなり音が止まると同時に舞台にスポットライトが当たる。その瞬間少しだけ呼吸が止まる。
「俺は何のために生きているんだ。」
このセリフから物語が始まり、田舎の村で生まれ育った物語の主人公リックは幼馴染の
オスカーと生きる目的を探す旅にでることになる。そして、物語が進む度に役者の馴染みのあるセリフ。馴染みのある音楽。馴染みのある効果音。色鮮やかな光でどんどんゲームの中に入り込んでいく。
「村の外はこんなに広くて、俺が知っている何倍も辛くて、しんどいけれども暖かくて、ワクワクする場所なんだな!」
リックのはつらつとしているのにどこか寂し気な表情がとても目を引きそして、物語への没入感を強くした。
外で見るものが珍しくそれを受け入れどんどん成長していくリック。そして、そのリックの傍ら石油王の子として生まれなに不自由なく暮らしてきた自分がリックの足を引っ張っているのではないかと感じているオスカーとリックは喧嘩する。
「俺がスライムも倒せないからお前の足手まといになるんだよな……。」
「そう言うことを言ってるんじゃないっ!!」
声を荒げてリックは言う。
「しばらく1人にしてくれ。」
悲しげにオスカーは返す。リックと離れて行動をするオスカーはモンスターを倒し、レベルを上げて少しでもリックの足を引っ張らないようにと修行をすることとなる。
初めてオスカーがスライムを倒すシーンでは「ここ原作だとオスカーのレベルあげをひたするのしんどかったな」や「ここでやっとオスカーパーティーに入るんだよな」など心の中で呟いて優斗は微笑んだ。
そろそろリックのところに戻ろうと思っていたオスカー、その矢先に強力な魔物の襲撃にあう。リックに会うまで死ねないと必死に奮闘する中、リックが助けに来る。そして、2人のコンビネーションで無事に魔物を倒す。
「リックすまなかった。それと、ありがとう。俺は少しは強くなれた気がしたのだがまだまだ弱いままだな。」
オスカーはうなだれた様子で言う。
「違う!お前は弱くないし、オスカーは俺と違って冷静でいつも先走る俺のことを止めてくれる。オスカーには俺にないオスカーだけの強さがある。」
「ありがとう。でも、俺はお前がそこまで言ってくれても今まで努力をしてこないでリックの後ろで守られてるだけの自分が嫌で変わりたい、変わらないとって思った……。」
決意を込めた目でオスカーは言う。
「俺もお前と別々で行動して思うことあったよ。生きる意味なんて大層なこと考えて、人生なんてその時々で問題が変わってくるし、生きる目的もその時々で変わる。臨機応変に行動しろなんて俺にはできない。」
少し戸惑うオスカーにオスカーの手を握りながらリックは言う。
「でも、人間って案外気楽にもの考えていいんだぜ。だって、人間は息を吸って吐くだけで偉いんだだからな!」
リックが太陽のような笑顔で幼馴染のオスカーに伝えるシーンをみて、なんと伝えればいいか分からない気持ちになる。俺は数週間後この気持ちが「尊い」という気持ちだと知ることになる。
そして、2人はダンジョンの中で勇者の剣を引き抜き、勇者となった。その後、その剣を売りに出し、2人でギルドを設立し、今日も冒険に出かけるのであった。
終幕したあと俺は無心で拍手をした。うまく言葉は出ないがとても心が震えた。
「少しツッコミどころあるけどとりあえずコウ君のオスカー本当に尊い……。」
涙ぐみながらめいは呟いていた。
そこで俺の意識は遠のく――