第37話 一人前への道
「そっち」
「ちょっ!待…ギャーっす!!」
新人の悲鳴が響き渡る。ここは花巻市湯本、バラ園といえば地元の人はわかるだろう。名前の通り温泉が湧き、老舗旅館がある場所だ。飛ぶだけならそんなに疲れないとリンちゃんが言うものだから先輩二人と別行動で出撃してきた。今回はポイントで交換した自衛隊御用達の背嚢を背負ってきた。前の轍は踏まない! 俺は学習する男だ。いや、今は女だが。とにかく、ここで俺は吾味にやられたように新人教育の真っ最中だ。もちろん危ないことが無いように細心の注意を払いながら見守っている。リンちゃんが自分で転んだ以外は無傷だ。
「りんちゃん、うしろ」
「待っちょっだから!」
鉄球コロリンも飛びながらやるとすぐにばててしまうが、着地した状態で行えば10分くらいは余裕で動かせている。これがわかっただけでも収穫だ。あと、年齢が上でも見た目があれだからつい子供扱いしてしまいそうになる。たつなの気持ちが少しわかった。
「っと、この!だから!!シャー!!!」
リンちゃんはゴブリン相手に威嚇している。猫か? 構わず突っ込んで行くゴブリンを少し間引く。彼女の制圧力ならば五匹程度が丁度よさそうだ。あとはいかにその得意を押し付けて戦えるようにするかを考えなければならない。最長で7~80mくらいの距離までは鉄球コロリンできるようだから俺よりも…俺よりも戦いやすいだろう。はぁ、なんでだ…
「はー、はー、はー」
「おつかれさま」
「こ、この極悪ロリータ!!怖いっす!この人怖いっす!!」
後輩め、先輩の愛が伝わらなかったようだ。イーってやってる顔が可愛らしい。
「ごみさんに、やられた あのときは、おうるべあも、いた」
リンがしゅんとして同情の眼差しを向けてくる。君だけが辛いんじゃない、みんな辛い。全部幽鬼がわるいんだ。
「お弁当食べるっす もう食べなきゃやってらんないっす!!」
時刻は昼過ぎ、腹が高らかに歌う。うん、めし大事。しかし、流石に冬の空の下でピクニックはやりたくない。何とか場所を借りたい。青いロリータ風フリフリとサイズの合わない赤いスカジャンという謎の二人組でホテルへ乗り込む。
従業員にすごく心配されたが、持たされたNBKの機関員証明を見せると仮眠室を貸してくれた。通された仮眠室は4畳くらいで、ちゃぶ台と魔法瓶が置いてあった。狭いが子供サイズ二人なら十分だ。残念だがヒーターは稼働しておらず寒い。
とりあえずお土産コーナーで手に入れたバラ茶を淹れる。部屋に優しい香りが漂う。幽鬼出現で来場者が減ったバラ園の運転資金捻出の策らしい。結果的には大当たりしてバラ園の方が副業になってしまったそうだ。
「いいすっねこれ」
たつなの作ってくれた弁当を咀嚼しながらりんがバラ茶の説明書をしげしげと眺める。入れ物を持参、もしくはその場で買ってからバラ茶を買うという仕組みだ。プラスチックも無駄遣いできないため野菜なんかはむき身で販売されている。小分けになっているのは肉くらいだ。
「いいにおい」
幽鬼に攻撃を受けてから貿易なんて言葉は意味をなさなくなった。沖に出ると超大型の幽鬼、シーサーペントタイプが船を襲う。襲われた船は巻きつき、締め上げられて沈没する。奴らは54ノットで泳ぎ、200mを越える体で船を襲う水中の化け物だ。接続水域を越えようとすると現れて船を水底へと誘う。そのせいで海路は経たれてしまった。こうして日本は窮地に陥る。
空路は健在だが、帰るための燃料を補給できない日本に危険を冒してまで飛んでこない。日本の燃料は備蓄を切り崩し、藻類を使って細々とまかなわれている。
「たくさん、かってかえる」
普段と違う香りは気持ちの切り替えに最適だ。香水なんかもあるかと思ったが、想像を絶する量のバラが必要らしく作っていないらしい。たつなにあげれば喜ぶと思ったのだが残念。
「でも、その前にお腹も膨れたからちょっとお昼寝っすね!ね!」
押し入れから布団を引きずり出してリンが寝始めた。確かに眠いし、リンが眠ってしまっては走って帰るしかない。それは癪だ。俺も真似しようと押し入れを見るが布団が無い。間違いは起きないから大丈夫と自分に言い聞かせて大の字でねるリンを少し端に寄せて布団に潜り込む。
こ、こいつはあったけぇ…
ゆたん…ぽ
この世界では香りや味のある飲み物は嗜好品。コーヒーなぞ一杯数万円設定です。実は国産コーヒーはあるんです。カカオもね。でも、限られた場所で限られた品質の物しかできないため流通に乗るのは高額。今のご時世なら輸入した方が品質が高く安いというジレンマ。泣ける。




