第30話 名前
「でね、偉い人たちから催促されちゃって」
場所を病院の倉庫から移したホテルの一室、スウェットに着替える俺にたつなが一つ切り出した。名前のことだ。たしか死んだことになっているから考えなければいけないと吾味が言っていた覚えがある。今更な気はするがポチとか言われても困るのでそれっぽい名前を考えなければいけない。
「…はなこ」
「見た目がちょっと似合わないかな もうちょっとカタカナ入れたほうが似合うかも」
たつなはベッドに腰掛ける俺の横に座り直した。温かい。
「ツエ」
「いや、いい名前だけど純日本人だなー もうちょっと見た目を意識した方が良いかな」
見た目?見た目。
「…ロリ?」
「見た目に寄りすぎたかな! ロリエッタちゃんとかならいいかもしれないけど」
ネーミング、難しい問題だ。ゲームの主人公に名付けるにも相当苦労する俺には自分の名前を考えるなど至難の業だ。なるべく鏡を見ないように生活しているため見た目に合わせた名前も考えにくい。なぜ鏡を見ないかってのは単にびっくりするからだ。うわ、美少女!って。決してナルシストとかではない。まだ数ヶ月、しかもその間寝ていることが大部分を占めている。見慣れないのだ。金に近い茶髪に青紫の瞳、珍しい色だが不思議と嫌ではない。
「たつなも、かんがえる」
「う、わたしもあんまり得意じゃなんだよねぇ…」
沈黙を破る様にドアが勢いよく開いた。最近こんなのばっかりだ。今度は誰だとそちらを見やると、見知った顔の女が躍る様に突撃してくる。
「あなたのーみちるがー今!颯爽とただいまー!」
「おぐっ!」
ダイナミックエントリー、キャラ変わっとる。わき腹が痛い。
「ちょっとみちるちゃん!」
たつなが引きはがしてくれたが脇が痛い。そういえばと服をめくってお腹を確認する。今回も傷はしっかり塞がり、痕すら残っていない。また去石とかいう奴に助けられたようだ。さすってみても違和感はない。
「マイハニーちょっと大胆じゃない?」
やっぱりキャラが違う。何と言っていいかわからないがそっとしておこう。お腹をしまってたつなに聞く。
「さるいし?」
みちるがニコニコしながらベッドに腰掛ける。両サイドが温かい。これは《《きく》》。
「そう、筑波研究学園都市が大規模攻勢にあってね 少し遅れたけど来てくれたの」
筑波研究学園都市は今の日本の最高頭脳だ。最新兵器もここで研究、開発されて各工廠で生産される。ここの人員を守ることが日本の未来を守るといっても過言ではない。たしか去石の研究所もここにあると言っていた。大規模攻勢に巻き込まれたとの話だが、こちらに来たという事は本人は無事だろう。しかし、研究所が破壊されればあの魔法薬は開発が止まってしまうという事だろうか?
開発終了=魔法少女増えない=自衛隊疲弊=日本終了?
「でね、関係あるかわかんないけど 研究都市が岩手にくるらしいの」
「なんで?」
「ILCって覚えてる?」
「でんしとようでんしのしょうとつじっけん?」
東日本大震災でもびくともしなかった北上山地に国際的な実験施設を造る計画があった。完成前に幽鬼が出現して計画自体が御破算となったわけだが、堀った穴はそのままになっていた。どうもそこを使うらしい。
「そう、えらいね!そこに施設を移す計画が持ち上がってたらしいの」
偉いと言われるとこそばゆいが、俺は20代。口には出さないが少しくらい覚えている。
「たつなも難しい事を覚えれるようになった 私も誇らしい!」
みちるが茶々を入れる。じっとりとしたたつなの視線にみちるがたまらず補足する。
「都市型拠点の防衛のもろさは北海道で身に染みているから、防衛に最適な場所を考えたってわけ 世界が分断される前にライズ博士の提唱した建造物内に直接幽鬼は発生できないってことを検証した結果みたいね」
侵入経路を絞って対策を強化するという魂胆らしい。しかし、一度侵入されれば逃げ道が無いという問題はどうするつもりだろうか? ま、俺が考えつくようなことは保身に必死な偉い連中であれば真っ先に思いつくだろう。心配損。
「それをみこして、ゆうきがでてきてる?」
「可能性があるって程度の話だけどね 」
め、迷惑。そう言ってはダメなのだが別に岩手じゃなくても良いじゃないかと考えてしまう。もっと戦力の高い地域はいくらでもあるだろうに酔狂なことだ。しかし
「な、まえ ま」
あったかい。
結局決まらない主人公の新しい名前…




