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9.模擬戦

 ーーそれは、本当に見事だった。


 ジェラール殿下とオードリックの打ち合いは、スピードもさる事ながら、実践でも全く問題ない程の真剣な剣(さば)き。無駄の無い動きで、重い音を響かせていた。

 そして、オードリックの一瞬の隙を見逃さなかったジェラール殿下は、スッと踏み込んだかと思うとオードリックの剣を弾き飛ばした。

 それも予定通りに、エロワ・ヴァレンティン侯爵令息に向かって。


 ビュッ!と、風を切る音と共に令息の頬を掠った剣は、そのまま背後の塀に突き刺さった。弾く瞬間に殿下は魔力を込めたのだろう。でなければ石で出来ている塀に刺さる筈がない。


 ……演出ね。

 

 擦り傷程度のものだったが、侯爵令息は自分の頬を触った手に血がついているのに気付くと、見る見るうちに血の気が引いて真っ青になった。

 従者を怒鳴りつけ、解毒薬を持ってこいと喚き散らした。それはまるで、発狂したかのような有り様で。


 はい、この場に居た全員が証人になりました。


「ヴァレンティン殿、それは一体どういう事でしょうか? オードリック殿下の剣に毒でも塗られていたかの様な言い方ですね。」


 ガルシアが、威圧しながら近付いていく。令息は、その息苦しさを毒のせいだと勘違いをすると、縋るようにガルシアに言った。


「そ、そうだ! 毒だ、毒が塗られているのだっ。は、早く解毒してくれっ!」


「ですが、本当に毒が塗られていたとは……。種類が分からないと解毒薬も選べません。それとも、()()()ご存知なのですか?」


 冷ややかな眼でガルシアはエロワを見下ろして言う。

 その表情を見た誰もが、ゾクリと悪寒をおぼえた。


 ガルシアが更に威圧を強めると、苦しさからあっさりと自白した。毒の種類も言ったので、もう逃れる事は不可能だ。オードリックの指示で、その場に居た騎士達によって侯爵令息は捕らえられた。


「エロワ・ヴァレンティン、その剣に毒は無い。僕とジェラール殿下で毒は消しておいた。其方の企み、全て然る可き場所で聞かせてもらう。」

 オードリックが堂々とした態度で言った。


 ――え? 


 何故、オードリックが知っているのか……。その上、剣の毒をジェラール殿下と共に消したと? 

 いやいや、あの剣は確かにお兄様が持って行ってしまった。()()()絶対に気に入った玩具を離さない。

 チラッとジェラール殿下に視線を向けると、勝ち誇った様にキラキラ笑顔でこちらを見ていた。

 そうか、オードリックと手を組んで口裏を合わせたのね。多分、それを成したのは昨日。……だから一日早く、殿下はやって来た。きっと、ガルシアも一枚噛んでいる。


 中々やるわねジェラール殿下。



 後から聞いた話では、私とのお茶会の前に、オードリックとジェラール殿下は先に一度手合わせし、意気投合したのだそうだ。お茶会後にも密談して口裏を合わせた。


 どうやら、模擬戦は本気で戦ったらしい。

 完全に楽しんでやってるわね……。

 

 まあ、皇太子のオードリックと、友好国になった国の王子との関係が良好なのは喜ばしい事だけどね。

 


 ◇◇◇◇◇


 

 ――あの模擬戦から、数日経ったある日。また、ジェラール殿下がやって来た。


 婚約が成立して、ドレファンス国で行われる婚約披露の日まで、月に一度お茶会をする約束が交わされている。ただ、そのお茶会の日はまだ先の筈。しかも、城のサロンではなく、また庭のガゼボで話したいと言われた。


 聞かれては困る話でもあるのだろうか……。


 直ぐに侍女頭のソレンヌが支度に動いた。

 その間、当たり障りのない会話をしておく。心なしか、ジェラール殿下の雰囲気がおかしい。平静を装ってはいるが、やはり何か良くない問題が起こっているのかもしれない。


 準備が整い、殿下にエスコートされ庭へと向かう。

 侍女達を下がらせ、2人きりになったところで殿下は口を開いた。


「セレスティア、君に謝らなけばならない。」

 珍しく神妙な面持ちで、ジェラール殿下はそう言った。


「……もしかして、婚約を破棄されたいとか? ご心配には及びませんわ。私は全く問題ありません! ええ、ええ、どうぞ遠慮なく言って下さいませ。」


 うっかり声が弾んでしまう。婚約破棄、大いに結構! 友好国として良好な関係は築けているし、ある程度の膿出しもした。ジェラール殿下は私と結婚などしなくとも、平和に向かって頑張るだろう。

 うん、全く問題なし。思わず笑みがこぼれてしまう。


 そんな私の心の内を察したのか、ジェラール殿下は物凄く嫌そうな顔をした。


「婚約破棄ではない。」


 ……くっ、残念だわ。


「では、謝らなけばならない事とは何です?」

 不貞腐れた訳ではないが、声のトーンが自然と下がってしまう。


「兄が廃嫡され、私が王太子となった。だから、セレスティアには次期王妃になってもらわなければならない。」と、申し訳なさそうに言った。


 ――はあぁぁぁぁ!?

 

「ご、ご冗談……ですよ、ね?」

 嘘ではないと分かっているが、聞かずにいられなかった。


「すまない、セレスティア。けれど……婚約破棄は()()()出来ないのだ。」


 ある程度の自由が約束されていた契約結婚が、王妃ともなれば全く自由の無い結婚となる。王妃……つまり、民の為に生きる国王を支える、国母になるとはそう言うことだ。

 

「……そんなに私が嫌か?」

 ジェラール殿下は言った。


 ほんの少しだけ悲しげに見えたのは、気のせいかしら?


「別に殿下が……嫌いなのではありませんが。」


 好きでもないので言葉に詰まる。殿下だって私と同じでしょう? と、言ってしまいそうになるのを呑み込む。

 殿下の思い人は、辺境伯令嬢。

 でも、それを知った上で契約を交わしたのは私自身だ。第二王子の嫁が、王太子の嫁になっただけの話。あの暗闇の日々よりずっとまし。


「いいえ、何でもありません。契約は続行しましょう。」


 恋愛というものは、とうに諦めた。自由も無くなるだろう。では、せめて暗闇に引き戻されないように、足掻き続けてやろうじゃないの。

 もう、ヨル兄様にも再会してしまったし……。

 王妃になれば、辺境の令嬢ともいつかは会わなければならなくなくなる。


 そっちも時間の問題かしらね。

 



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