3.ジェラール視点①
賑やかな商店が立ち並ぶ雑踏を抜け、裏路地に入って行く。徐々に寂れて行く街並み。目つきの悪い輩が、外套を羽織った見慣れない男女に鋭い視線を送る。
女は、ボロを着ているがまだ若そうだ。連れの男は、外套でよく見えないが均整のとれた体つきをしている。見るものが見たら、かなりの手練れだと直ぐに分かっただろう。
身の程を知らない男が、2人に絡んだ。
ああ、あいつ馬鹿だな……。
「なあ、にいちゃんよ。その女と金を置いて行けよ。」
ニヤニヤと下品な笑みを髭面に浮かべると、自分よりも少しだけ体の小さい男の方にそうに声をかける。厳つい髭面の男は腕力に自信でもあるのか、体格のよい身体を揺すりながら寄って行くと、女の腕に手を伸ばした。が、隣の男にその腕は掴まれアッサリ捻り上げられたかと思うと、そのまま投げ飛ばされ……しこたま身体を壁に打ち付けられた。
ズルズルと座り込んだ男に向かって、女は軽い足取りで近づくと、その髭面の男の正面にしゃがんで声をかけた。
「ねえ、この辺りで奴隷の密売に関わっている者を知らないかしら?」
女は髭面を覗き込んだ。
奴隷密売だと? この2人……この国の諜報員と護衛か?
「……ぅぐ、しらねぇよ。」と、痛みで歪んだ顔で答えた。
「そう、知っているのね。」
「なっ!?……し、知らねえって!」
「ふーん。……ガルム。」
女は、髭面の言葉を無視して連れの男を呼んだ。
男は……ガルムと言うのか。
ガルムと呼ばれた男は、髭面の首を掴むと軽々と持ち上げ何かを言った。残念ながら、こちらからはガルムの顔は見えなかったが、一瞬で真っ青になり、恐怖した髭面の男の表情は分かった。
……何を言ったのだろうか?
ドサッと落とされた男は、その男女に諂うと身振り手振りで説明しながら、ある方向を指差した。男女は満足そうに頷くと、髭面の男に何か言ってから指差された方向に向かって歩いて行った。
2人が見えなくなったのを確認すると、横で息を殺して待機していた護衛を連れて髭面の男に近付いた。
「おいっ!」
「……ヒィぃぃい!!」
声をかけると、男は情けない声を出して怯えた。
「さっきの男女は、お前に何と言った?」
「お、お二人は、あなた方に……自分達が去った後、声をかけてくる男達に邪魔をするなと伝えるように……とおっしゃいましたぁ!」
何……? 気配を消していた、我々に気付いていただと?
剣を抜いて、髭面の男の首にピタッと付けるともう一度問う。
「あの2人が聞いた事、そしてお前が答えた事を全て吐け。」
剣の冷たさで増す緊張感に、生きた心地がしない男は、ゴクリと唾を呑んで洗いざらい話した。
やはり、そうか。
全てを聞き終えると剣を鞘に収めて2人を追った。
「……二度も死ぬかと思った。今日は厄日だ……もう帰ろう」
髭面男は小さく呟くと、のっそりと立ち上がり指差した方向とは反対に歩き出した。
◇◇◇◇◇
「……なっ!? これは!」
広い敷地には、没落したのであろう……貴族の空き家と思しき大きな屋敷が建っていた。それは別にどうでもよく、驚くべきはその敷地に倒れていた相当数の賊だった。
あの直後に2人を追って来たのだから、そこまでの時間差は無かった筈だ。
この人数を、たった2人でだと? しかも、こんな短時間で……あり得ない。何者だ?
すると、屋敷の方から悲鳴が聞こえたかと思うと、女や子供が裸足のままフラフラ走って逃げてくる。奴隷にされる予定で捕まっていた者達だろう。
逃げてくる人々にぶつからない様に、屋敷に向かって走りだした。
階段の上から強い気配を感じ、そちらに向かって駆け上がろうとしたが……ピタッと足を止めた。
いや……このままでは、ダメだ。
気配を消すだけでは、また気付かれてしまう。向こうの正体が分からない状況で、自分達の身分がばれるのは不味い。護衛の影と共に隠蔽の魔法を発動させ、そっと向かった。
「さあ、ご説明願いますわ。」
あの女が、震えながら後退るいかにも成金ぽい太った男に迫って行く。
「私は何も知らないっ! 騙されただけだ。」
「そう、あなたは全てを知って加担したのね。それで、それを指示した者は誰かしら? この国の貴族? それとも、他国の者かしら?」
「だ、だから知らないと……」
「ええ、知っているのは分かったわ。で? もう面倒だから聞いちゃうわね。それは、ヌヴェール伯爵とドレファンス国の枢機卿辺りかしら?」
「ち、違う……」
「当たりね。私に嘘は通じなくてよ。」と、女は言った。
――今のやり取りはいったい。
何かの魔術を使ったのだろうか?
固唾を呑み動向をさぐる。
ガルムが男を捕らえると、女はフードを後ろに落とした。美しい銀髪がサラッと背中で揺れる。あの髪に見覚えがあった。
……まさか!?
女はこちらを振り向きながら言った。
「ドレファンスの諜報員さん、ジェラール殿下にご報告下さいま……せ? えっ、で……殿下?」
その女は、私が求婚中の――この国の皇女セレスティアだった。
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