11.変化
月に一度のお茶会にも、だいぶ慣れた頃。
「父上が、セレスティアに会いたいと言っているのだが……。」と、ジェラール殿下が言った。
「そうですか。そろそろだと思っていました。」
正式に婚約者になったのだから、挨拶は必要だ。
ただし、相手は国王陛下。陛下からの呼び出しがあって初めて謁見が可能になるのだ。
帝国の使者を送り、ジェラール殿下によって報告はもう済んでいる。国民にも、王太子の婚約情報を流している筈だ。それも、かなり大きく噂を広めている事だろう。
この婚約は、ジェラール殿下の計画の一つなのだから。
だから、後は私がドレファンス国へ向かえば良い。遠いから、チャチャッと転移してしまいたいけれど、正式な訪問には馬車が必須。面倒くさい。
おや?
「ジェラール殿下、だいぶお疲れのようですね?」
常日頃から、ジェラール殿下はキラキラした偽の笑顔を貼り付けている。珍しく、今日はそれに綻びが見えた。
いつか見た表情……そう、大人びた感じがする。
「本日は此方のサロンですから、ゆっくりされて大丈夫ですよ。」
ここは私専用のサロン。人々を呼んで社交場にする大きく華やかなサロンではなく、私個人への来客の為にある。
まあ、滅多に客人は来ないけどね。座り心地のよいソファー、派手すぎない内装、私好みに改造済み。中に入れる侍女も限られている。
ソレンヌを下がらせ、ガルシアを呼んだ。
「……ありがとう、セレスティア。」
疲れた顔にフッと笑みを浮かべると、ソファーに腰を下ろして目を閉じた。
王太子になってから殆ど眠っていないのだろう。ジェラール殿下からは、回復薬の香りがした。きっと回復薬を常用して、無理をしているに違いない。
全く、仕方ないわね。これでは、病に蝕まれるのも時間の問題だわ。
殿下に近付くと、手を翳して病の元となる物を取り去る。これは、ヘルの力。人間……よく聖女とかよばれている者達が使う、光の魔法を用いた癒しとは別物だ。
これで、目が覚めれば、疲労も消えているだろう。寄っていた眉根から力が抜けたのが分かる。
本当、綺麗な顔をしているわね。何気なく寝顔を見てしまった。……んん?
「これは、どういう事かしら?」
思わず顔を近付ける。
「何かございましたか?」
ガルシアが怪訝そうに、ジェラール殿下を見た。
「殿下の中に、もう一つの魂が見えるの。」
「……魂ですか?」
「そう。ほんの僅かなものよ。まだ、目醒めていないわ。」
一人の人間の中に魂が二つあるのは……普通なら有り得ない。私の管轄は死者だった。つまり、肉体ではなく対象となる魂をずっと管理していたのだ。一つの魂が、別の身体に生まれ変わっていくなら理解できる。ガルシアはそれだ。
私とセレスティアの場合は、本来の彼女の魂が無くなったから私が覚醒した。ジェラール殿下も同じだろうか?
それとも、この魂……何か特殊な魔法を過去に使っていたのか?
「以前から、ジェラール殿下の中に二つあったのでしょうか?」
ガルシアの質問に、首を横に振った。
「分からないわ。何度か、恋人の様に見詰める演技はしたけれど、その時には見えなかった。今……殿下が眠っているから、分かっただけかもしれないし。」
もしかしたら、この魂が覚醒しようとしているのだろうか?
そうなると、本来のジェラール殿下が消えてしまう可能性がある。この魂が、平和を求める者とも分からないわ。
……それに、今のジェラール殿下は嫌いじゃない。
「ガルシア、暫くの間……暇を与えます。ジェラール殿下を見守りなさい。」
「……しかし。」
ガルシアは唇を噛みしめた。ガルムにとって、私の命令は絶対だ。
「私はこの城から出ないから大丈夫よ。オードリックも居るし、いざとなれば魔力を解放するから。その時は、直ぐに戻って来なさい。ま、私を倒せる人間なんていないでしょうけどね。」
ニコッと微笑むと、ガルシアは頷いた。
「承知致しました。」と、言った。
そして、直ぐに別の護衛の手配をする為、部屋を出て行った。
ソファーで、スヤスヤと眠るジェラール殿下を見詰めた。
……ジェラール殿下。貴方は、セレスティアのように消えてしまってはダメよ。
そっと、美しい寝顔に触れた。
◇◇◇◇◇
「セレスティア、本当にすまなかった!」
漸く目が覚めたジェラール殿下は、うっかり眠り込んでしまった事を詫びた。
「相当無理なさっていたのでしょう? お気になさらず。少しは楽になりまして?」
私が病の元を取ったのだから、深い眠りに入って当たり前。必死で謝る姿が面白かった。
「あ、ああ! 驚く程に身体が軽い。セレスティア……もしかして癒しが使えるのか?」
やはり、ジェラール殿下は勘がいいわ。
でもね、事実は言えない。
「私に、光属性の魔力はありませんよ。きっと、寝不足が解消されたのですわ。これからは、ちゃんと睡眠は取って下さいね。」
そう医者の様な事だけ言っておいた。
少し照れくさそうに笑った殿下は、自国へと帰っていった。馬車の屋根の上にガルシアを乗せて。
ーーガルシア、頼んだわよ。




