第一章 龍人種の国 -デュトブロス- Ⅲ
八ヶ月の歳月が過ぎ去ろうとしていた頃、私は遂に龍脈山への道を走破した。
道中何度も死にかけたけど、なんとか大峡谷の終着点を見ることが出来た。
龍脈山から流れ落ちる水が大峡谷の闇の中へと落ちていく。地下に流れ込む一本の滝。それがこの大峡谷の終着点の姿だった。
大峡谷の外からここへ下りようとしても、周りの壁が大きく反り返りそれを拒む。つまり、外からはこの景色を見ることが出来なくなっている。
「どぉだ?なかなか絶景だろ。」
「うん。」
一層太く広い木の根の上に座っていた私の隣に、ヌロトが着地する。
昔の様に驚いたりはしない。一ヶ月程前に気が付いた。
私が大峡谷へと足を踏み入れる度に離れて私のことを見ているヌロトの気配に気が付いたのだ。
放任している様に見えたのに、本当は私の事をずっと見守っていた。
気が付いた事を伝えてはいなかったけれど、ヌロトの事だから私が気が付いた事を直ぐに察知しただろうと思う。
滝が流れ落ちる音と冷たい水飛沫が火照った体を心地よく冷やしていく。
「ここまで来られたなんて本当に凄い奴だな。プリネラは。」
「私には強くならなきゃいけない理由があるから。」
「……そぉだったな。」
「……」
「よし。それじゃあ今日からは俺の持つ技術を教えてやる。と言ってもそんな大したもんでも無いがな。
毎日あの家からここまで来た後、そいつを教えてやる。」
「……分かった。」
「慣れても気を抜くなよ。ここの奴らはそんなに甘くはねぇぞ。」
「うん。」
それから私は荒屋から再奥の一層太い木の根まで毎日通った。ヌロトの言うようにこの場所は甘くは無い。一度到達出来たからと言って気を抜けば、私を食すために虎視眈々《こしたんたん》と狙う捕食者達が即座に襲いかかってくる。
そんなスレスレの通い道を抜けるとヌロトとの鍛錬が始まる。
ヌロトは本当に強かった。どれだけ私が試行錯誤しても触れる事すら出来ない。一瞬でも目を離すとその隙に気配もなく消え、気付くと後ろを取られていたりする。
そんな生活を続けていく中で、酒に酔ったヌロトがポロリと零した話を聞く機会があった。
悪鬼ヌロト。彼がいつも身に付けている仮面の元となった鬼。その鬼は幾人もの人を喰らい、同族であるはずの鬼をも喰らい続け、全てに恐れられた存在として、人種の中ではかなり有名な話だった。
彼が何故そんな悪鬼の仮面を被っているのか。
彼には昔とても仲の良い友がいたらしい。小さな時からずっと一緒に互いに高め合うライバルであったその友の話から始まった。
ヌロトもその友もジゼトルスの片田舎の村に生まれた。その村では、いつも森の中で糧を得る生活をしていたらしい。
当然ヌロトとその友も小動物を狩ったり山菜や木の実を集めたりと森に毎日入っていた。
二人は小さな時から村でも有名な仲良し二人組であり、狩りの腕も頭一つ抜けてとても良かった。
そんな彼らが成人になり、冒険者となるのはある意味当然の流れだった。
腕が立つのであれば冒険者か兵士になれば稼ぐ事ができる。二人の戦闘スタイルは共にアサシンであり、その腕は冒険者ギルド内でも重宝され色々なパーティに引っ張り凧となっていた。
しかし、アサシンというのは特殊な立場であり、パーティを組んでも単独で動く事も多い。その為パーティ内には一人だけ、というのが普通だった。
つまりヌロトと友はあまり同じパーティ内で顔を合わせる事は無かった。
別に男同士だし気にもしていなかったが、ある日その友がヌロトを呼んで話があると言ってきた。
当然ヌロトはその友の話を聞きに友を訪れ、酒を酌み交わした。
その時友が話した事は、よくある話だった。
手伝いを頼まれて一度協力したパーティの中にいたある女性に恋をした。という事だった。
冒険者という稼業では普通にある事だったし、それで結婚した人達も大勢いる。
友の話ではその女性とも上手く行きかけているとの話だったしヌロトは両手を広げて喜んだらしい。
親友が結婚するとなれば誰でも喜ぶものだし友も恥ずかしそうにしてはいたがきっと嬉しかっただろうと思う。
そして友はそのパーティに本格的に在籍する事をわざわざ報告する為にヌロトを呼んだ。という事だった。
そのパーティの事は知っていたし、特に暗い噂も無く健全なパーティだったからヌロトは当然後押しした。
少しだけ不安だったのは、そのパーティのリーダーが少しだけ自信過剰な性格であった事だった。
冒険者をやっていれば皆自信やプライドを持っているし、冒険者として成り上がる為には必要な感情でもあった為、そこまで気にする事も無いかと注意しなかった。
そぉして友を見送ったヌロトの元に、一ヶ月後、友の悲報が伝わった。
ある任務にパーティで出た友はその任務の最中に死んだ。
報告では予想もしない強敵のモンスターに友が立ち向かい、死んだとの事だった。
当然ヌロトは悲しく辛い時間を過ごす事になったが、友は優しい男だったし、好きな人を守る為ならばと身を擲つくらいの事はするかと納得もした。
パーティのメンバー達もヌロトの元に来て事情を説明してくれた。
友が愛した女性は軽い怪我で済んだらしく、ヌロトもその事を知って友を誇りに思った。
しかし事実は違った。
ある日ヌロトが一人で簡単な依頼をこなす為に近くの森へと入っていた時の事。例のパーティが何かの依頼なのか、同じ場所に入ってきた。
当然ヌロトは声を掛けようとしたが、彼らの雰囲気に違和感を覚えたヌロトは身を潜めて様子を伺った。
友が死んだすぐ後だと言うのに楽しそうに談笑している女性の姿があまりにも不思議だった。
ヌロトに気が付かずしていた話の内容はヌロトにはとても許せるものでは無かった。
その内容とは、そのパーティにいる四人全員が漏れなく吸血鬼であり、友を騙し、嘲笑い、最後までその女性を信じていた友をその女性本人が殺した。というものだった。
楽しそうに友を笑う姿を見て、ヌロトは全身が打ち震える程の怒りを覚えた。
本当ならその瞬間に飛び掛ってめちゃくちゃにしてやりたかったけど、それを我慢した。
全員を殺す為には、それぞれが単独でいる時に、確実に。
ヌロトは友とお揃いの真っ赤なナイフを強く握りしめることで自我を保った。
そしてヌロトは復讐に走る事になった。『人を喰らう鬼』を喰らう悪鬼となって。
ヌロトは友と共に身に付けた技術全てを利用してその四人を一人ずつ襲った。
吸血鬼は再生力が人より高いし身体能力も高いが、ヌロトにはそんな物は関係が無かった。
闇に紛れ、音もなく忍び寄り、一撃で行動不能にする。
一人、また一人と殺し、最後に残ったのは例の女性だった。
その時には自分が何者かに襲われている事に気が付いていたその女性は街から離れる為、夜中に宿を飛び出した。
街を出て新月の夜に森の中へと入る女性。
荒くなった息遣い。上下する肩。怯えるような目。その全てが憎くてたまらなかった。
逃げ込む場所を間違えた女性の背中から忍び寄り、ヌロトは女性の首元にナイフを当てる。
「ひっ?!」
女性の短く息を吸い込む声が聞こえる。
「だ、誰なのよ?!なんでこんな事をするの?!私達が何をしたって言うのよ?!」
その言葉を聞いてヌロトは生まれて初めて限度を超えた怒りを感じた。
本来ヌロトは友が愛したその女性と言葉を交わそうと思っていた。だからこそ彼女を殺さずナイフを押し当てているのだから。
だけどヌロトは悟った。彼女、いや、これは自分達とは全く異なる生き物であることを。
なんの抵抗も無く喉元を滑ったナイフの刃。暗闇の中に勢いよく血が舞う。
「ヌ゛……ロ゛ト゛……」
喉を切られ絞り出された声と、ヌロトの仮面を見る目を見ても既に何も感じなかった。
それからヌロトは冒険者を辞め、素顔と名前を隠し傭兵として仕事をこなす様になった。
誰にも靡かず、媚びず、属さない彼は人との関わりを断ち切るかのように流れ流れて、遂には龍脈山を超えた先にあるこの大峡谷の底へと辿り着いたらしい。
ヌロトが何故私にだけ素顔を見せてくれたのは、経緯は違えど、私もヌロトも最愛の友を失った悲しさや怒りを知っていたからかもしれない。
机に突っ伏してむにゃむにゃと口を動かすヌロトを見てそんな事を考えていた。
そんなヌロトとの鍛錬は毎日続き、計一年の時が流れた。
その頃には私の能力も昔とは比べ物にならないくらい上がっていた。最初はあんなにも苦戦していた大峡谷行進も、今ではシャドウランナーの真後ろを通っても気付かれない程になっていた。
「これで教えられる事は全て教えた。」
「ほんと?!」
「あぁ。」
「やったーー!!」
喜ぶ私を見てヌロトは木の根の上に座り込む。
地下へと流れ込む滝を眺めながらいつも持っている酒をグイッと飲み込む。
そしていつもの少しおちゃらけた声とは違い、真剣な声で私に言った。
「俺が教えたこの殺鬼流暗殺術は、前に一度だけ酔った勢いで話した友と共に考えたものだ。」
「え?!そぉだったの?!」
「いつか鬼をも殺せる技として有名になると鼻息を荒くしていたっけな…
鬼を殺せても、自分が死んでちゃ有名になんざならねぇってのによ。」
そぉ言ってヌロトはまた酒を飲む。
「じゃあ私が必ず引き継いで行くよ。」
「………それはあいつも喜ぶかもなぁ…」
そぉ言って少し笑いまた酒を飲むヌロトが寂しそうに見えた。
「プリネラ。そぉ言ってくれるお前にこいつを渡す。」
「これは…?」
ヌロトが渡してくれたのは、真っ赤なナイフ。
いつもヌロトが持ち歩いているナイフと同じ物。
「俺の友が持っていたナイフだ。」
「そんな大事なもの貰えないよ?!」
「いや。貰ってやってくれないか?きっとあいつもその方が喜ぶと思うんだ………まぁこんなオッサンよりも美少女に持ってもらった方がそいつも喜ぶだろうしな。」
「ヌロト…」
「丈夫さは保証するぜ。なにせ今まで使ってきた俺のナイフが刃こぼれ一つしてないんだからな。」
「……分かった。必ず受け継いでいくよ。」
「あぁ…」
ナイフに刻まれた名は鬼血。私は鬼血を受け取り、無言でヌロトの酒を貰い、心にその事を強く誓った。
「行くのか?」
滝を眺めながらヌロトは聞いてきた。
「うん。マコト様が待ってるからね。」
「そぉか。」
「ありがとね。ヌロト。」
「それはこっちのセリフかもしれねぇなぁ……………死ぬなよ。」
「……うん。」
私の中で死ねない理由が一つ増えた瞬間だった。
こぉして歳の離れた友との別れを済ませ私はそのまま龍脈山の麓へと向かった。
広大な森の中では活動を開始した動物や、モンスターがチラホラと見える。
今までずっと足場の悪い場所にいたからか、木の枝を飛び移る動作が凄く楽に感じてしまう。
私が通り過ぎたことに小動物やモンスターは全く気がついていない様子で、ヌロトとの鍛錬が無駄では無かったと改めて実感する。
森の中を進んでいると、一つの大きな気配を感じる。
シャドウランナーの亜種だ。
大峡谷にもいた奴で、かなり危険なランクAのモンスター。そもそもシャドウランナーは不可視化という強い武器を持っている。
攻撃時には不可視化が解けてしまう。という弱点にならない弱点はあるものの、探知系魔法の使えない人にとっては相当恐ろしいモンスターである。
そしてその亜種は手の鎌が短くなり、より静かにより速く動ける様に進化したモンスター。つまりもし見つかったとしてもそのスピードだけで相手を狩り殺す事が出来る。
その圧倒的な隠密性の代わりに防御力はそれ程高くはないが、それを補って余りある能力に何人もの人達が犠牲になってきた。
大峡谷でも最後まで気を抜けなかったモンスターのうちの一つだ。恐らく大峡谷にいた個体の一つが外に出てきたのだ。
とは言え、あの大峡谷を毎日往復していた私にとってはある意味知った顔。討伐はしていないがシャドウランナー亜種に気付かれず近づくのは容易な事となっていた。
不可視化を使っていても確かに感じられるシャドウランナーの気配を辿りその背後へと回り込んでいく。
腰の後ろにクロスする様に携えた黒椿と鬼血。
逆手に 柄を持ち引き抜く。右手には黒い刃。左手には赤い刃。
そして背後へと回り込んだ私は足に力を込める。
殺鬼流暗殺術、鬼殺し。
この暗殺術の基本の技。音もなく数メートルを跳躍し、急所を貫く技。
急所を貫くのはそれ程難しい事では無いけれど、音を出さずに跳躍するというのは恐ろしく難しい。私も会得するまでかなりの時間を要した。
ズブリと首元に刺さる二本の刃。横に左右から突き刺さった刃に気付いたシャドウランナーが不可視化を解きブンブンと腕を振る。
当然その時には既に私は離れて身を隠している。
私の存在に斬られた後も、尚気が付かないシャドウランナーは腕を振りながらヨロヨロと足を踏み出してそのまま倒れる。
少し離れた所でその様子を観察し、息が無くなった事を確認したあと鬼血に目をやる。
黒椿よりも一回り小さな鬼血だが、その切れ味と丈夫さはかなりの物。多分だけどこのナイフは国宝級の物だ。
刃こぼれ一つ無い二本の頼もしい、そして私がこの世界に生きる理由となった武器を腰に戻す。
ヌロトはマコト様とは違うタイプだけれど、マコト様と同じ目をする。優しくて暖かい目。世の中あんな目をする人ばかりで溢れればもっと良くなるのに。なんて無駄な事を考えたりすることもある。
私の掃き溜めの様な人生の中で、二人に出会えた事は誰よりも幸せで誇れる私の唯一の宝物。
それを守る為なら私は何にだってなってやる。それが例えヌロトと同じ悪鬼であれろうと、それ以上の存在であろうと私は絶対に臆する事は無い。
恐らくだけどヌロトは私への技術伝承を終えた今、傭兵稼業から足を洗うつもりだと思う。
きっとあの場所から出て、仮面を脱ぎ、全く別の人間となって暮らしていくのだろう。だからきっと私は、今生では二度とヌロトに会う事は無い。
最後に飲んだ酒の味が口の中にまだ残っている。
その味を忘れない様に何度も繰り返し記憶する。
ヌロトと友が最後に酌み交わした酒であり、私がヌロトと最後に酌み交わした酒でもある。
きっと彼はこの先もずっと飲んだくれジジイとして一生を終えるだろう。私も少しだけお酒が好きになった。あんなお酒を飲める事はもぉ無いだろうけど…
「ほぉ…なかなかに珍しい客が来たな…」
男とも女とも取れない中性的な声が静かな空間に響き渡る。
ここは龍脈山から西へと伸びる大森林チュコロ。デュトブロスの国土の西に位置する大森林で、ここに現れるモンスターも龍脈山程では無いにしても強敵揃いという事は龍人種の中では有名な話。
しかしこの大森林の奥深くに、ある生き物が住み着いている事は誰も知らない。
大森林チュコロの奥深くには木々が避ける様に、ポッカリと空いた区画が存在し、その中央には大岩がポツンと居座っている。その大岩の上にいつから動いていないのか、一匹の聖獣…になりかけの獣がいつも寝ている。
白く美しい体毛に鬣。青い瞳に一本の白い角が生えた馬。
雷を使う獣、麒麟。
麒麟は最終的に聖獣となる生き物で、私の知る限り生き物の中で最も美しく強い雷魔法を使う。
数百年前、デュトブロスを訪れた際にこの麒麟と相対する事があった。
下級吸血鬼が暴れ回っているという情報を聞きつけこのデュトブロスへと来た事がきっかけだった。
その頃から私は悪さをする下級吸血鬼を処分していた。
そのうちの一人がこの大森林チュコロへと逃げてきたのだ。龍人種の吸血鬼というのは他の種族の吸血鬼よりも力が強く、暴れ出すと普通の龍人種には手がつけられなくなる。
当然星龍達が動き出してはいたし、逃げ場は無かっのだけれど、これは私の役目。
最後の一人を追い詰めたのは大岩の側だった。
「くそっ!なんで始祖がこんな所にいやがるんだよ!勝てるわけ無いだろうあんな化け物!」
「追いかけっこは終わり?」
「ひっ!?」
私を見る目は恐怖に怯え、キョロキョロと逃げ場を探している。
「逃げられると思ってるの?」
「くそ…くそぉぉぉー!!!」
バチンッ!!
まるで空から落雷があったかのように一筋の雷撃が私とそいつの間に落ち、一瞬視界が真っ白になる。
雷撃が当たった地面はチラチラと小さな火が燃えて黒く焦げている。
「騒がしい…」
声の主は大岩の上に悠々と立っていた。
私が初めて麒麟を見たのはこの時だった。
バチバチと体を這うような電気が走り、青い瞳が私達の事を見ている。
存在は知っていたけど、まさかこんな所にいるとは思っていなかった。
災難だったのは下級吸血鬼。そいつが言っていた化け物級の存在が同じ場所に集まってしまったのだから、気の毒に思える程。
「麒麟。邪魔するつもりは無かった。そいつを殺せば直ぐに出ていく。」
「……吸血鬼か。」
「うあぁぁぁ!!!」
何を思ったのか下級吸血鬼は大岩の上にいる麒麟に向かって攻撃を仕掛けた。
私よりも麒麟の方が弱いと思ったのか、私より楽に殺してもらえると思ったのか…どちらにしてもそれは大きな間違い。
恐らく単純な魔力や攻撃力であれば私よりずっと上の存在。聖獣化していないとは言え、それに近い程の力を感じる。つまり、下級吸血鬼には微塵も傷付ける事は出来ない存在。
バチバチッという激しい雷光が下級吸血鬼を襲うと体を痙攣させ聞き取れない言葉を口から漏らす。
数秒間に渡り地獄の痛みを経験した下級吸血鬼は白目を剥いてその場に倒れ、灰となって消えていく。
「……」
「それで。お前はここを無傷で出られると本当に思っているのか?」
「争う必要は無い。」
「悪いが私の事を知ったお前を帰すわけにはいかない。」
「別に誰にも言うつもりは無い。」
「それを信じる程私は愚かでは無いのだよ。」
雷光が私の元に走り全身に痛みが走る。でも既に私はこの時には痛みに鈍感になっていた。
「………ほぉ。死なぬか。」
「……そぉだね。やっぱり死ねない。貴方じゃ私は殺せない。」
「ならば試してみるとしよう。」
そぉ口にした麒麟はそれから数時間に渡り私に対してあらゆる魔法を行使した。
体中を駆け巡る電撃は痛みを与えるが、ただそれだけの事だった。
私の使う魔法や物理攻撃では麒麟の毛先も切る事は出来ない。
大人しくその全てを受け続け、それでも全く死ぬ気配が無い私を見て麒麟は遂に攻撃を止めた。
「……さぞ生きにくいだろうな。」
攻撃を止めた麒麟が私に対して放った言葉はそれだった。
死ねない体。麒麟はきっとその事に気が付いたのだろう。
大岩から下りて私の目の前に来た麒麟。
青い瞳で私を見つめると、もう一度言葉を発した。
「何故先の吸血鬼を追っていた?」
「人を殺したから。」
「吸血鬼とはそぉいう生き物であろう?」
「…違う。少なくとも私はそんな事は望んでない。」
「お前が望もうと望むまいとあまり意味は無かろう。」
「私から始まったから。」
「………まさかお前が?」
「既に1000年以上生きてる。私が吸血鬼の始祖。」
「なんと……それは面白い奴に出会ったものだな!
しかし、始祖ともなると死なぬのか。上級吸血鬼と会ったこともあるが、あやつらでも私の電撃には耐えられなんだぞ。」
「私は頭を潰されたとしても死なない。それに血も必要ない。」
「確かに牙は他の吸血鬼より短いようだな……
だが、吸血鬼である以上嫌な思いもしてきたろうに。何故人を殺す事を悪とする?」
「……殺戮は嫌いだから。」
「…理由もなく人を殺す事、それ自体を嫌っておるという事か。変わった奴だ。
まぁお前の言った、人には言わないという言葉は信用出来そうだな。」
「そもそも私は他人との接触を避けてるから。」
「……少し付き合え。」
「??」
「抵抗もしないお前に魔法を使った詫びとでも思ってくれ。」
私は首を縦に振る。麒麟はその場に足を折って座り込み、その隣に私は腰を下ろす。
「私の名はギーギー。この森に住んでいる。ここは居心地も良いし邪魔者もおらんから居場所を奪われたくなくてな。すまないことをした。」
「別に良い。気持ちは分かるから。」
「お前の名を教えてくれぬか?」
「私の名前はシャーロット。ヴィンス-シャーロット-ディストリッヒ。」
「……なるほどな。ディストリッヒか。」
「知ってるの?」
「詳しくは知らぬ。私もまだ生まれていない時の話だからな。
ただ、その家名には聞き覚えがある。大昔に栄えた国の王族が冠する家名。」
「……」
「やはりか。」
「私が生まれて直ぐに国が滅びて家族も死んだから何も覚えてない。だから私は王族とは言えない。」
「まさかあの災厄の国の生き残りがいたとはな。」
「災厄の国?」
「昔ディストリッヒ王が頂点にある王国リリルトという国があったらしい。
その国はとてもよく栄えたが、ある日突然城下の街ごと全て消えたらしい。」
「全て消えた…?」
「詳しくは知らぬと言ったろう。噂程度の話しか私も知らぬ。
ただ、一日にして国が、そこに住む者達を含めて消え去ったのだ。その経緯からその国を災厄の国と呼ぶようになったらしい。」
「……」
「大昔の話だ。今はもうその事を知る者もほとんどおらぬだろうな。」
「そっか…」
「だが、そこの王女、つまりお前の母親はとても美しいと評判だったらしいぞ。お前と同じ、とても美しい黒髪の美女だったとな。」
「そぉ言われても私は全く覚えてない。」
「…そぉか。」
「話してくれてありがと。」
「いや。本題は別にある。」
「??」
「もしお前が望むのであれば、私の角をやろう。」
「角?」
「麒麟の角は一年に一度生え変わる。その抜け落ちた角はいつも私が食べてしまうのだが、欲しければやってもいい。」
そぉ言うと麒麟の角がボトリと落ちる。
「丁度今日がその生え変わる日でな。」
抜け落ちた所からまた角が生えてくる。
そんな生態なんて知らなかったしそもそも角をどぉすれば…?お金なんて要らないし…
「その角を食す事が出来れば、私の体内にある雷魔法の素質をその体に宿す事が出来る。
但し、普通の者が食せばあまりに強い効果故に即死する。だが、シャーロットは死ねぬ体だ。」
「つまり私は食べても死なないから雷魔法が使える様になるって事?」
「死ぬかもしれんがな。」
「……」
私は脆くなった角の先端を折って口に入れる。
味はしない。ガリガリと噛み砕くと口の中に電気が走るが、無理矢理飲み込む。
体の中から痺れる様な痛みが走る。
「うっ……」
バチバチと体が帯電し全身が酷く痛む。目の前がチカチカと明滅し、口の中に血の味が滲む。
それが数分間に渡り続いたが、私はやはり死ぬ事は出来なかった。
黒かった私の髪は明るい紫色になり、その時から私は雷魔法を使う事が出来るようになった。
「すまないことをした。あれ程美しかった黒髪が…」
「良い。髪の色なんて気にしてない。」
「そぉか…」
「うん。」
「シャーロットはこれからもこんな事を続けるのか?」
「そのつもり。私を殺す事が出来る人が現れるまでは。」
「そぉか………
もしもシャーロットの気持ちに何か変化があって助けが必要であればここに来るといい。私もまだまだ聖獣になるつもりは無いからな。」
「……分かった。」
多分ギーギーは髪の色を変えてしまった詫びとでも思っているのだろう。
気にしていなかったけど、現在その言葉が救いになっていた。
久しぶりに会ったギーギーは初めて見た時と変わらない姿で、やはり美しい姿をしていた。
「ギーギー。久しぶり。」
「シャーロットか。久しいな。
………気持ちに変化があった様だな。」
「うん。守りたい人達が出来た。」
「そぉか。死にたがりは止めたか。」
「うん。」
「それで?」
「龍脈山で白い女のモンスターと出会った。その時助けたかった人達を守りきれなくて危うく死なせてしまう所だった。
私は死なないけど、護る力が無いと私は絶対に後悔する。ううん。後悔したからここに来た。」
「恐ろしい程の変わりようだな。」
「変えてくれた人がいるから。」
「あのシャーロットをな…さぞや変わった奴なのだろうな。」
「ドライアドやウンディーネを使役する人。」
「なんと…上級精霊を……恐ろしい奴だ。」
「そんな事ない。凄く優しい。」
「そぉか。シャーロットの顔を見ればそれが本当だと分かるな。」
「顔?」
「気付いておらんのか。お前笑っておるぞ。」
笑い方なんて忘れてしまって久しいというのに、麒麟に言われて口角が上がっていることに気がつく。
まだ私は笑えるらしい。
「そぉ言うことならば付き合ってやろう。」
「良いの?」
「私もそろそろ体を動かさないとな。」
「そっか。ありがと。」
「礼を言うのはまだ早かろう。」
私は死ねない体を持ち、体が歳を取ることを止めてからかなりの時間が経つ。
人は種族に関わらず体の成長と共にある程度魔力も成長していく。魔力が少ないと言われているリンでさえほんの僅かではあるが成長している。
マコトに至っては持ち合わせている魔力が日に日に増している。
残念ながらケンは全くのゼロだけど。
そして私は体が成長を止めた時から魔力量が一切変わっていない。
そもそもの魔力量が多いけど、ここから先彼らを護る為には今のままでは難しい。
魔力量を上げる何かを探すか、それに変わる何かを探すか…どぉすればいいかは全く検討もつかないけど…
ギーギーの角を食べると言うのは意味が無い。あれは素質を植え付けるだけであって魔力量には影響しないから。
ギーギーの元に来たのは角を貰う為ではなく、力の使い方や何かヒントを貰えないかと思っての事。
ギーギーも力を貸してくれるというので何か思う所があるのだろうけど…
「まず、シャーロットにはまだ眠っている魔力がある事には気付いているか?」
「え??」
「やはり気付いていなかったか。」
「私にそんな力が?」
「ある。それは間違いない。間違いないのだが…」
「??」
「どぉ取り出せば良いのかは分からぬ。」
「……」
「恐らくシャーロットの体質によって取り出したくても取り出せない状況にあるのだろうが…」
「不老不死?」
「恐らく不老という体質が影響しているだろう。」
「やっぱり…」
「とは言え、あるのだから取り出せるはず。その方法を共に探してみるしかないな。」
「一体どぉしたら…」
「恐らくは体が成長していない状態で止まっておる為その魔力を引き出すと体が魔力に耐えきれ無いから蓋をしておる状況だろう。」
「無理矢理蓋を外したら?」
「それは無理だろうな。本能の部分だろうからな。
もし出来たとしても体が抑えきれず魔力が爆散して終わりだろう。」
「爆散…私も爆散…?」
「それくらいで死なぬのは分かっておるが、気持ちの良いものでは無いからな。無謀な事はやめておけ。」
「でもそぉなると糸口が無くなる。」
「そんな簡単に見つかる糸口があれば私の元に来る事も無かったろう?
時間が掛かるだろうが色々と試して糸口を見つけるしか無かろう。」
「……そぉだね。分かった。」
「ではまず…」
そぉ言ってギーギーと私はあらゆる事を試していった。
魔力が尽きるまで魔法を使い続けてみたり、魔力をひたすら体内で循環させてみたり。考えつく事であればそれがどぉ考えても馬鹿な事だったとしても全てを試した。
この実験は毎日続けた。だが、その成果は半年間の間全く無かった。
副産物として、ギーギーに教わる魔力操作によってリン程では無いにしても、幾分かの繊細な魔力操作を身につけていた。正直悲しい成長の仕方だったが。
そして半年が過ぎた頃、遂に私達は手掛かりを掴む事に成功した。その方法とは私としてはかなり突拍子もない方法だった。
「んー………ん!!!」
「今のは少しよかったな。」
「少しは出来てるの?」
「の様だな。一瞬だけ魔力量が増加した。」
「まさかこんな方法だったなんて…」
「精霊にとっては割と普通の事なんだが、まさかシャーロットにこの方法が通用するとは思わなかったな。」
「擬似的に体を成長させるなんて、普通出来ないからね。」
魔力を使って体を大人へと変化させるという方法だった。精霊と呼ばれる存在は本当の姿形という物が存在しない。
ドライアドやウンディーネはその姿が好きだからそぉしているだけであって、その姿が本当の姿という訳では無い。魔力を使って姿形を1つの物に固定しているだけ。
その方法を応用し、体のサイボウとかいう物を活性化して一時的に大人の体へと成長させるという物だった。サイボウの話はマコトがしてくれた話で、言っていることはよく分からなかったけど体を構成する物とか言っていた。
私の体が不老不死である事の理由についての予想を話してくれた時の話。その時は何を言っているのかさっぱりだったけど、今は何となく分かる。
小さな粒が集まって一つの私という存在を構成している。精霊が姿形を構成する時の魔力の様なもの。
それを無理矢理活性化させて体を成長させる…でも、供給される魔力が無くなれば不老不死である私の体は元の姿へと戻る。
魔力を得る為に魔力を使うというのはあまりにも非効率に思えるかもしれないけど、十を得る為に一を使うと言えば分かりやすい。
ただ、この使い方はとてつもなく難しい。体全体に魔力を薄く出来る限り均等に伸ばし、作用させる必要がある。
しかもそれを常に行っていないと直ぐに元の姿へと戻ってしまう。と言っても私が今出来ているのはほんの僅かな変化で、しかも一瞬。まだまだ先は長い。
「しかし、このままでは埒が明かないのも事実だな。」
「うん。」
「まずは魔力を薄く均等に伸ばす練習からするべきだろう。」
「どぉすれば良いの?」
「そぉだな……この様にすれば良い。」
そぉ言うと、ギーギーの体が僅かに光り始め、体の表面を薄い皮膜の様な魔力が覆っている。
「これくらい出来ねば体内で薄く伸ばすのは難しかろう。」
「む…頑張る。」
私も同じ様にやってみせるが、魔力の膜が破れてバラバラと砕けてしまう。
もう一度とやってみるが、今度は膜が厚すぎてとても薄いとは言えない。
「む、難しい…」
「多少は魔力の使い方がマシになったらしいが、それではとても体内で伸ばす事は出来んだろう。」
「もう一度。」
私はそれからギーギーの指導の元毎日毎日魔力を薄く伸ばす練習を行った。
この方法は魔法防御として作る膜とは大きく違う。あれは物理的、もしくは魔法的攻撃を弾き返すイメージを与えた魔法であり、魔力の膜では無い。
今回の場合は魔力そのものを操作して膜を作る。普通はこんな使い方はしないし、した事も無かった私にはかなり難しい作業。
何度も失敗する私に対してギーギーはバカにする様な事を言ってくるけど凝りずにずっと付き合ってくれている。
感謝しつつもバカにされるのは嫌なので魔力が尽きるまでひたすら練習を繰り返した。
そんな練習を二ヶ月も続けるとそれなりに出来るようになるもので、ある程度の基礎は出来上がっていた。
そして体内で薄く伸ばす練習へと移行したのは良いものの、今まで練習してきた事の十倍は難しい。
今までは膜を作るイメージで面を作り出していたのに対し、体内で薄く伸ばす時は全体に伸ばさなければならない。つまり面で包み込むのではなく立体的に伸ばす。
全く別のものに思える程の難しさに絶句したが、諦めるつもりは無かった。
何度も失敗を繰り返しながら、私は四ヶ月の間みっちりと練習を重ね続けた。
その甲斐あってか、私は自由自在に自分の姿を変えられる様になった。本来の姿よりも若くする事は出来ないが、成長する方向の変化であればどんなタイミングの姿にでもなれる。
しっかりと持続も出来る。大人の体の状態で、ギーギーの攻撃を食らっても解けない程に。
「これで皆を護る力が手に入った。」
「そぉだな。しかし、大人の体になるならその時の服も必要だろうな。」
私の体は大人になると胸も大きくなり、背も高くなる。今まで着ていた服ではサイズが合わず服が何枚あっても足らない。
今はみっともないが、大人の簡素な服を着ていてブカブカの状態。マコトに聞いたら何かいい案でも出してくれるかも。
「それは何とかする。ギーギー。ありがと。」
「私は口を出していただけで何もしておらん。」
「そんな事無い。感謝してる。」
「気にするな、頼れと言ったのは私だ。」
「…うん。」
「護りたい者達が待っておるのだろう?早く行け。」
「うん。じゃあまたね。」
眠そうに言ったギーギーと別れて龍脈山の方角へと向かう。
ずっと続いている森の中、久しぶりに会うマコト達の事を考えていた。
多分マコトは私の大人の姿を見たら驚くだろうな。とか、リンはどんな反応を見せてくれるのかな。とか。
ウキウキしながら森の中を進んでいると、黒く大きな影が目の前に現れる。
ブラックスネーク。Aランクのモンスター。
「丁度良かったよ。」
私は自分の体に魔力を巡らせる。
ブカブカだった服が丁度良いサイズへと変わり、私の魔力も大きく増加する。
シャーッ!と威嚇するブラックスネーク。大きな口で私を食べようとしているのだろうか。
ブラックスネークは私を捕まえようとシャドウバインドをいくつも発動する。
それが私の足や手に巻き付き逃しはしないとキツく締め上げる。
「この程度?」
私を飲み込まんと口を広げたブラックスネークに問いかける。
パリパリと私の体から電気が放出される。
ブラックスネークは危険を感じたのか即座に下がりそのまま逃げようとする。
「逃がさないよ。」
バリバリッ!
威力が増したサンダーボルトが逃げるブラックスネークに当たる。体をビクビクと痙攣させるブラックスネーク。残念ながら生きて私から逃げ切る事は出来なかった。
口から煙を吐きならが地面に倒れたブラックスネーク。服の素材になるかもとその皮を剥いでマコトへのお土産にする。
「折角ならこのままの姿で行って驚かせよ。」
ギーギーに言われた様に私は無意識に笑っていた事に気付く。でも、それがとても心地よく、そのままマコトの待つ場所へ向かった。
火照って仕方がない頬に龍脈山から吹き降ろす風が気持ち良い。
今考えてもなんとも恥ずかしい事をしてしまった…
「うぅーー……」
思い出してまた熱くなる頬を両手で挟み込んで落ち着ける。
「ソーリャさんがあんな事するから…」
別に誰も聞いてはいないのに言い訳にならない言い訳を呟いてしまう。
「ふぅ……」
なんとか感情を落ち着かせてまた森を歩き始める。
真琴様は皆に強くなる様に仰った。私のハスラーとしての魔力の少なさを知っていながらそぉ仰ったという事は、私にも必ず強くなれる道があるということ。
どれだけ魔力を使っても第四位程度の魔法しか使えない私にもそんな道があるのだろうか…
真琴様は私の魔力操作能力をよく評価してくださるけど、私自身はあまり凄いことだとは思っていない。
真琴様が本気で練習したならば、これくらいの事は簡単にやってのけるはず。
だとしたら私が強くなる方法とは一体…
悶々とそんなことを考えながら森の中を歩いていき、そろそろ森を抜けるという時だった。
バキバキっという乾いた音と大木が倒れる瞬間が目に映る。
考え事の最中でビクリと反応してしまう。
「なに…?」
目を凝らして見るけれどモンスターがいたり、戦闘があったようには見えない。
ただ大木が倒れただけの様に見える。
でも、青々とした大木がなんの理由も無く倒れるとは考えにくい。その時。
「誰か助けてぇ!!!」
女の子の悲痛な叫びが森の中に響く。気が付いたら私はその声の元へと走り出していた。
大木が倒れた所には一人の龍人種の女の子がいて、泣きながら叫び続けている。そしてその子が握っているのは人の手。
私は大木を迂回して女の子の傍に行く。すると、大木に挟まる様にして龍人種の男性が倒れている。見た限り父親と娘だろうか。
私に気がついた女の子は泣きながら叫ぶ。
「お願い!!お父さんを助けて!!」
挟まれた男性は息があるけど気を失っている様子。
大木に挟まってはいるけど完全に押し潰されてはいない。
でも、こんな大木をどぉにかして持ち上げるのは私には難しい。色々な魔法を練習してきたけど、単純に重いものを持ち上げたり、強い衝撃を与える様な魔法を使うには魔力が足らない。
どれだけ器用に魔法を使えても、それは小手先の技術…
真琴様を呼びに…ダメ。それじゃ間に合わない…
メキメキと折れた部分が音を立てている。今は辛うじて持ち堪えているけれど、あと数分で完全に折れ、大木はこの男性を潰してしまう。
男性の体は大木に挟まって動かす事は出来そうに無い…私はまた出来損ないと呼ばれるの…?
それはまだ私も真琴様も小さく、あの悲劇があった村にいた時の話。
貴族の息子であった真琴様は、時折御両親とジゼトルスへと足を運ぶ事があった。貴族同士の付き合いというのだろうか…今思えばただ自分達の権力を主張するだけの場だった様にも思えるけれど、街の貴族に呼ばれて赴く必要があったりした。
私はその時、正式には真琴様の従者では無かったけれど、母が真琴様のお父上ガーラン様に仕えていたので一緒に連れて行かれていた。
後々私は真琴様の従者として正式に任命される予定だったので予行練習も兼ねての事だったのだと思う。
いつもは着ない高価な服を着せられて真琴様に張り付く様に着いていく。
どぉしたら良いのか全く分からなかったし周りの人達の顔が酷く怖いと感じた。
真琴様は全く気にしていなかったし、他の人はそっちのけで私と一緒に遊ぼうとしていたけれど…
そんな会の中にいる貴族の子供達というのは、親の姿を見ているからか人を見下したり罵ったりする事が大好きな子達ばかりだった。
田舎貴族の従者ともなると、まるで汚物を見るような目で見てくる。
そしてどこから聞いたのか、私の魔力がハスラーとしては使い物にならない程低いと知った子供達がコソコソと私の事をこぉ呼ぶ様になった。
「出来損ない。」
この呼び方には魔力の少ない私を罵る言葉と共に別の意味も含まれていた。
それは、真琴様の父であるガーラン様と母であるヒリス様の子供。つまり真琴様は魔力が多く宿っている事。そのせいで私の魔力が少なくなった。という意味だった。
一見真琴様と私にはなんの関係も無い様に思えるが、人の噂とは尾びれ背びれが付いて全く別のものに変わってしまう。
私が父と母の子ではなく、私の母であるプーリーとガーラン様の間に生まれた子。という噂だった。
第二子である私は第一子である真琴様に魔力を奪われ、出来損ないの絞りカスが生まれてきたのだと。
もちろんそれは根も葉もない噂話だったけれど、魔力が少ない事によってこの噂話が生まれたという事に変わりは無かった。
冷静に考えれば別に魔力が少なかろうと多かろうと話をこじつける事はできると分かるけれど、小さな時に植え付けられたトラウマというのはそんなに簡単には消し去る事が出来ない。
その上、その話が広まった事によって、私は見も知らない人にさえ出来損ないと白い目を向けられる様になった。
私は次第に真琴様の後ろへと隠れる事が多くなり、それを感じ取った真琴様の魔法が暴走するのにそれ程時間は掛からなかった。
いつもの様に億劫な街へのお出かけ。
嫌だったけれど、それを言ってしまえば私は真琴様の傍には居られなくなる。そぉ思ってなるべく悟られない様に笑顔を見せるように心掛けた。
唯一私の笑顔が偽物だと気付いていた真琴様は何度も心配する言葉を掛けてくれた。それでも私の我儘で皆を困らせてしまう事は避けたかった。
そぉして何回目かのお出かけの時、貴族の子供達が真琴様と、その後ろに隠れている私の所へとやってきた。
「おい。」
「分かってるって。」
コソコソと私達の方を見ながら喋って笑う貴族の子供達。
会場の隅で大人しくしていても放っておいてはくれなかった。
「おい。田舎者。」
白髪の子供が先頭に立って数人で囲む様に私達に話し掛けてくる。
「放っておいてよ。」
「なに?!
俺達が話し掛けてやってるんだから礼くらい言えないのか?」
明らかな嫌がらせに真琴様が私を庇って前に出てくれる。
何を言われても真琴様は放っておいてとしか言わないし、取り合う気は無いと態度で示している。
その態度が気に食わないのか、子供達は徐々に苛立ち始め、遂には真琴様を軽く突き飛ばす。
「グラン様!」
思わず叫んでしまった事が事件の始まりだった。
大人達は自分達の話で手が離せないのか、本当に気が付いていないのか…ガーラン様が近くにいなかったのは不幸な事だった。
「なんだ?出来損ないが俺達に口出しする気か?!」
「やめて。」
私の方へと意識が向こうとした時、真琴様がまたしても庇うようにして前に立つ。
何を言っても怒らない真琴様の弱点を見つけたと思ったのだろうか…白髪の子供は真琴様を押しのけ、周りの者に押さえ付けさせ、そして私の元にツカツカと詰め寄った。
「いたっ!いたい!」
私の髪を鷲掴みにして、まるで勲章を見せびらかす様に持ち上げる。
「はっは!出来損ないが!」
「やめろって……」
「あ?なんだ?」
「やめろと言っただろぉぉ!!!」
生まれて初めて聞く真琴様の怒声。それまでザワついていた会場が一気に静まり返る。
大人達は全員がこちらを向いていた。
「グラン!」
その時初めて私達の状況に気が付いたガーラン様が駆け寄ろうとする。
それを白髪の男性が止める。
「子供の喧嘩だ。目くじらを立てることでもあるまい。」
恐らく私の髪を引っ張る男の子の父親。顔立ちがよく似ている。
その人がガーラン様を止めなければ、あるいはグラン様をギリギリで止められたかもしれない。
でも遅かった。
彼らは唯一触れてはならない真琴様の逆鱗に触れてしまったのだ。
真琴様を中心に溢れ出す炎。真琴様を押さえ付けていた子供達がその炎に包まれる。
「ぎゃぁぁ!!!」
悲痛の叫び声と我が子が炎に包まれて慌てふためく大人達。
「グラン!抑えるんだ!!!」
ガーラン様の声が遠くから聞こえてくる。
でも私の方を向いていた真琴様の顔を見てその声が届いていない事を私は直ぐに理解した。
毎日見慣れたあの優しい真琴様の顔が、この世で最も恐ろしい顔へと変わっていた。
私の髪を放し、尻餅をつく白髪の子供。ガクガクと膝が笑い、目から涙を流している。
何かを言いたいのか、口をアワアワと動かしてはいるものの言葉にはなっていない。
「ウォーターバインド!」
「ストーンショット!!」
大人達のうちの何人かが真琴様を止めようと魔法を放つ。
ゴウッ!
しかしそのどれもが真琴様の炎へと飲み込まれ跡形もなく消え去る。
呆気に取られる彼らは、きっとガーラン様や真琴様達の事を晒し者にして笑うつもりだったのだろう。
それが今や会場から逃げ出そうと必死になっている。
しかし、残念な事に出入口の近くに立っている真琴様によってどこにも行けない彼らは汚い言葉で私達やガーラン様を罵るだけ。
それ以上の事を出来ないでいる。当然ガーラン様は真琴様をなんとか止めようと声を掛け続けてはいるけれど、真琴様には届かない。
真琴様の周りを煌々と燃える炎が白髪の子へと向かい、その体を包み込む。
絶叫が響き床の上をのたうち回る。不思議と私はその炎に触れても全く熱くない。
「うぉおおおお!!!」
白髪の父親が涙を流しながら真琴様へ突っ込んでいく。
手に持った直剣を振り下ろし、自分の息子を殺した子をその手で屠らんとして。
ジュッという短い蒸発音が聞こえ、直剣が溶けて刃先が消えてなくなる。
「ば、バケモノめ…」
真琴様が害をなすと判断したのかその白髪の貴族へ顔を向け、手を上げる。
「グラン!!」
ガーラン様が前に割って入り燃える真琴様を抱き締める。ガーラン様にもその炎は熱くないらしく、燃え移る事は無かった。多分…その事をガーラン様は知らなかっただろうけど…
「ぐおおぉぉぉ!!!」
真琴様が放った炎は、狙いがズレて白髪貴族の顔左半分を焼いた。
死にはしないだろうけど、中級回復薬は必要だと思う。
ガーラン様に抱き締められ、怒りに身を任せていた真琴様が正気を取り戻した様に見えた。しかし直ぐにガクリと膝を折ってガーラン様に寄り掛かるように意識を失ってしまう。
それと同時に炎は消え去る。残念ながら先に炎に包まれた三人の子供達は既に息を引き取った後だった…
「ガーラン!そいつを渡せ!!」
「すまないがそれは出来ない。」
「ならば二人まとめて殺してやる!!」
顔の半分が焼けただれてしまった白髪貴族は魔法を行使しようとするが、慌てて逃げ出す人達にぶつかり邪魔されてしまう。
「恨むならこの子でなく私を恨め。」
ガーラン様はそぉ言うと私達を連れて会場を出る。
馬車に乗せられて私達は村へと帰される。ガーラン様は一人その場に留まると馬車には乗らなかった。
貴族の屋敷を混乱へ導いた子の親。恐らく二度と村には帰されないだろうとヒリス様は静かに涙を流していたのを今でもはっきりと覚えている。
しかし、驚いた事にその件についてはガーラン様も真琴様も完全に罪を免れる事になった。
その時はガーラン様が帰ってきた事に皆喜んで、真琴様は罪に問われないという事に喜んでいた。
あの事件があるまでは罪に問われなかった理由を考えもしなかった。
国が認めた貴族。例えそれが田舎の貴族だとしても国が与えた地位を持つ者があの様な事件を起こしたとして捕らえたとしたら、国の信用は落ち、貴族に向けられる市民の目も厳しくなる事を恐れた事による処置だったのだ。
そしてここで初めて真琴様の魔力量が大人のそれをも凌ぐ程である事を知った国は、秘密裏に真琴様を捕え傀儡とする事を計画することになったのだと思う。
当然あの白髪貴族は最初反発した。しかし姿勢を崩さない国の対応に結局は何も言わなくなったと聞いた。
目を覚ました真琴様はその時の記憶を断片的に覚えていて、自分のした事に酷く落ち込み、そして自分の魔力を怖がるようになった。元々その大きすぎる魔力に振り回されていた真琴様は、より不安定となり魔法をほとんど使わなくなった。
私が無力だった故に招いた事であり、自身が本物の出来損ないだと認識した事件。
真琴様は自分が大変な時だと言うのに私の心配ばかりして、毎日の様に出来損ないでは無いよ、と言って聞かせてくれる。
私もそんな真琴様と常に一緒にいる様になり、少しずつではあるけれど気持ちの整理が互いに着くようになってきていた。
そんな時に訪れたのが、私と真琴様の人生を変えた、母達が殺されるあの事件だった。
それから多くの時間を真琴様と過ごして少しは使える人間になれたかと思っていたのに、私は出来損ないのまま。
大木に父を奪われそうになっている小さな龍人種の女の子の願いすら叶えてあげられない。
小さな女の子の止めどなく流れる涙を見られずに、成す術がないと告げようとした時、一陣の風が吹き、私の髪留めが落ちそうになり慌てて抑える。
そしてハッとした。真琴様が私にしっかりしろと仰った気がした。
蓮という花は、仏と密接な関係にあり、慈悲を表す花と言われている。
真琴様が私へ耐えず注いでくれた慈悲。そこに諦めがあったのだろうか。無理だと投げ捨てられた事が一度でも?
そんな事は絶対に無かった。一瞬でさえ。
そんな真琴様に付き従う私に、諦めるなんて贅沢が許されるはずもない。
考えて!私は真琴様の従者!私の失敗は真琴様を貶める物にしかならない!
メキメキとしなっていく大木。父親の苦しそうな声が聞こえてくる。
私の少ない魔力でこの大木を持ち上げる方法は?いや、違う。私にはこの大木を持ち上げることは出来ない。
ならもっと違う発想が必要…持ち上げるのでは無く、燃やしてしまえば…ダメ。そんな事をしたら父親は焼け死んでしまう。
じゃあ地面は?ダメ。タダでさえ不安定なのに今地面をどぉにかしたら大木は一瞬で折れてしまう。
もっと他に何か……大木……木………そぉか!
私は女の子の前に顔を持っていき、目を見る。
「お父さんを助けてみる。だから私を信じて?」
「……分かった…」
泣きながら頭を縦に振る女の子。この子に今からやる事を説明している時間は無い。
私の魔力量では多分ギリギリ成功するかどぉか。
でもやるしかない。
杖を取り出して私の中にある全魔力を使い、水を作り出す。出来るだけ沢山の。
それを木に添わせるように広げていく。当然大木に密着している男性もその水の中に入ってしまう。
呼吸は出来ない。早くしないと溺れてしまう。もっと!もっと!
無けなしの魔力で更に水を作り出す。
メキメキ……
動いた!!
持ち上げる事は出来なくても、水に浮かせる事が出来れば隙間は出来る。
女の子と一緒に男性を引きずり出し、安心した瞬間に電源が切れたかのように視界が暗転する。
どぉやら魔力が切れてしまったらしい。意識が遠くなる中、大木の折れる音と女の子の心配する声が聞こえた気がした。
「ん……」
「お母さん!お姉ちゃん目が覚めたよ!」
「本当?!良かったわ!」
意識が浮上してくる感覚と共に女性と小さな女の子の声がする。
目を少しずつ開くとくせっ毛の緑髪をした笑顔の女の子と、同じくくせっ毛緑髪の心配そうな顔をした女性の顔が私を覗き込んでいる。
共に龍人種で女の子は小さな可愛らしい和製の角を生やしている。
「こ…こは…?」
「私のお家だよ!」
「あなたは……」
記憶を手繰り寄せる。そぉ言えば龍人種の男性を大木から助けようとしていたのだった。
「お父さんは無事だった…?」
「うん!!」
「そぉ……良かったね…」
「本当にありがとうございました!」
何度も頭を下げる龍人種の女性。多分母親だろう。
「いえ…気にしないでください。」
「主人の命の恩人様です!気にしないなんて出来ません!」
「倒れて介抱させれているのは私の方みたいですから…」
見知らぬ天井と屋内を見て大体の事を把握した。
魔力が切れて気を失った私をこの小さな女の子が誰かに伝えてここへと運び込まれたのだろう。
助けたは良いけれど介抱させれていてはなんとも格好悪い。
「これくらい当然の事です!
それより食事は出来そうですか?あれから二日ほど経っていますので…」
「二日もお世話に…」
「食べられそうですか?」
どぉやら私の気にしなくて良いという言葉は遂に無視されるらしい。
二日も寝ていたとなると確かに少しお腹が空いている。いい匂いが漂っているし、お金は受け取っているから少しだけ貰おうかな。
「少しだけ頂けますか?」
「少しと言わず好きなだけお召し上がりください!」
袖を捲る女性が直ぐに食事を用意してくれた。とても優しい味で寝起きのお腹にスっと染み込んでいく。
「どぉでしょうか…?お口に合いますでしょうか…?」
「凄く美味しいです。ありがとうございます。」
「良かったです!どんどん食べて下さいね!」
「はい。」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
「こら!ペル!お姉ちゃんはまだご飯食べてるでしょ!
ごめんなさい!」
「いえ。大丈夫ですよ。
ペルちゃんって言うのね。どぉしたの?」
母親に叱られてしょんぼりした顔のペルちゃんに優しく声を掛ける。
「あのね。お父さんを助けてくれたお礼。」
そぉ言って小さな手で差し出してきたのはどこにでも生えている小さな白い花の束。
「可愛いお花。ありがとう。」
束になった小さな白い花を受け取って頭を撫でてあげると目をキラキラさせて満面の笑顔になり、跳ねるようにしてその場で回る。
母親が落ち着きなさいと叱っても落ち着けない様子。
「ごめんなさい。騒がしくしてしまって…」
「可愛いお子さんですね。」
「元気過ぎて困りますけどね。申し遅れましたが、私はヒューミル。この子はペル。そして助けて頂いた夫はペリドヒと申します。」
「これはご丁寧に。私は凛。神代 凛と申します。」
「カミシロ…リン様…ですか。変わったお名前ですね?」
「遠くから来たので聞きなれないかもしれませんね。リンと気軽に呼んでいただけると嬉しいです。」
「リン様…分かりました。」
様は要らなかったのだけれど…
「あの…ペリドヒさんは…?」
「今は仕事に行っております。骨を折ってしまい動けないというのに…馬鹿な人です。」
「お仕事は何を?」
「木材を切り出す仕事をしております。」
作業中に起きた事故…には見えなかった。ペルちゃんもいたのだし。
詳しい話をペリドヒさんに聞いた方がいいかもしれない。
目が覚めたのは昼頃、暫くするとペリドヒさんが仕事から帰ってきた。
「いてててて…」
「お父さん!大丈夫?」
「おぉ!ペル!お父さんは強いからな!大丈夫だぞ!」
「ふーん。あ!お姉ちゃん起きたよ!」
「ふーんって……おぉ!起きられたか?!それは良かった!」
気が付いた私を見ると手に持っていた道具を床に置いて近寄ってくる。
「このおバカ!!」
夕食の支度をしていたヒューミルさんがペリドヒさんに声を荒らげる。
「そんな汚い格好で命の恩人様に近づくじゃないよ!」
「お、おぅ……」
叱られてしょんぼりした姿はペルそっくり。どちらかと言うとペルがペリドヒさんに似ている。かな。
二人ともヒューミルさんには弱い。という所もよく似ている。
ヒューミルさんに叱られつつも身なりを整えたペリドヒさんはやっと私と話す事を許されたらしい。そんなに気にしていないけど、ヒューミルさんには大切な事みたい。
「いやー。申し訳無かった!俺はずっと職人一筋で来たからよ!礼儀とか作法とかよく分からんのだわ!わっはっは!」
豪快に笑うペリドヒさんをまた叱りつけようとしたヒューミルさんに大丈夫ですよと笑顔でアイコンタクトを送る。そもそもそんなに丁寧にされる様な人間でも無いのだから。
「それにしても、あんな所で生木が突然倒れるなんてよくある事なんですか?」
「いや。そんな事はねぇよ。あんだけの大木となると俺達職人だって簡単には倒せねぇ。」
「何故あんな事に?」
「……分からねぇんだ。あの日はペルと一緒に森に野草を摘みに言ってたんだが、突然あの大木が倒れてきてな。咄嗟にペルだけは助けたんだが、俺が下敷きになっちまってな。
死んだと思ってたが…助けてくれて本当に感謝してる。ありがとう。こぉしてまたペルを抱き締められるのはあんたのおかげだ。」
「ペルちゃんが大きな声で助けを求めたから助かったんですよ。私ではなくペルちゃんを褒めてあげて下さい。」
「そぉか…ペルが……くぅ!泣けるぜぇ!」
それから詳細についても聞いてみたけれど、大木が倒れてきた理由については分からなかったらしい。
助かった後現場に戻って大木を見てみたが、ほとんど根元からポッキリと折れている。という事しか分からなかったらしい。
切れ込みがあったりなんて事も無かったし、近くにモンスターの気配も無かった事から、考えにくいが自然に折れたと考えるしか無い。という事らしい。
この付近の事について最もよく知っている職人さんの見立てなのだなら間違いないだろうし、それ以上は聞かなかった。
宿の場所を聞いてみたところ、この村には宿が無いとの事だった。
首都であるズァンリの南に位置する小さな村で、木材職人さんが多く住むミャルチ村という村らしい。
住んでいる人のほとんどは木材加工に関わる人達で、木材が出来上がったら街に行くことはあれど、街からこちらへ来て泊まる人などいない。
ズァンリに向かおうかと考えていると、ヒューミルさんがしばらくの間ここに泊まっていかないかと誘ってくれた。
他に行く宛も無い上に自分が強くなる為の方法も分からない私はヒューミルさんの提案に甘える事にした。
当然ヒューミルさん達一家は私に泊まってもらうだけで良いと言ってくれたけれど、それでは私の気が済まないので出来る事を手伝う事にした。
掃除や洗濯、料理も手伝う私に恐縮するヒューミルさんだっけれど、ペルちゃんが私に懐いて私のする事を真似する為家事を手伝うペルちゃんを嬉しそうに見ていた。
ここに住む職人さん達は基本的に皆ライラーの素質がある人達で、魔法を使えてもほとんど生活魔法レベル。
そんな人達の生活は魔法を使う事が当たり前だった私達の生活とは全く違っていた。言うなればまだ機械が無く全て手作業の生活をしていた地球の生活とあまり変わらない。
日を起こすにも火打石。薪を使ったり、洗濯も桶の中で水洗い。
魔法で行えば一瞬で終わる作業に手間暇を掛けて毎日行う。
でも不思議な事に、私はその生活に少しだけ安心を覚えた。
きっと魔法が無い世界であれば、私は《《出来損ない》》では無くなるからだと思う。
暫く厄介になったら出て行こうと決めていたのに、そろそろ…と話を始めるとペルちゃんが大声で泣き始め、ペリドヒさんも泣き始め。ヒューミルさんにお願いされて引き続き厄介になる事を決める。を繰り返していた。
そんな風に一緒にいると、ペルちゃんは本当の姉のように、ヒューミルさんとペリドヒさんは娘の様に接してくれる様になった。
私にはあまりにも贅沢な環境にさえ思えた。
そんな事を考えながらも、一緒に過ごして二ヶ月が経った頃、ペリドヒさんが私を仕事場に呼んだ。骨折も治り既に働いていたペリドヒさんは話によると親方らしく、皆を指揮する立場の人だった。
そのおかげ…というかそのせいで私は現場では聖女の様な扱いを受けていた。
ペリドヒさんは家でこそヒューミルさんに叱られっぱなしなのだけれど、現場では頼れる親方。いなくなっては仕事が回らないとまで皆に言われる程の人だった。
尊敬を集めるそんな親方ペリドヒさんを助けた私は皆を助けたも同じ事と、少し寄るだけでお祭り騒ぎの様になってしまう。
そんなペリドヒさんと現場へと向かうといつもの様に大騒ぎ…にはならなかった。事前にペリドヒさんがかなりキツく言ってくれていた様子で皆挨拶程度で仕事を離れる事はしなかった。
「それで…今日は?」
「おぉ。今日はちょっと俺達の仕事を手伝ってもらえないかとな。」
「手伝う…ですか?」
正直ピンと来なかった。確かに真琴様に色々と教えて貰っていた事で多少はライラーとしての能力もあるけれど、その道のプロ達からしてみれば子供の遊び程度のもの。
たまに来て見ていたけれど、どの人も卓越した技術を用いて作業している。私の様な素人が入って手伝える事なんてそれ程無いように思える。
「良いから良いから!」
「は、はい…」
促されるままに着いていくと一通りの流れについて説明される。ここでは木を切り倒す所から、注文のあった形に加工、そして出荷する。
当然その間は乾燥したりと他の手順が細かくあるのだけれど、大まかに分けると、切り倒す、必要な長さに切り出す、加工するの3点。そのうち、私は必要な長さに丸太を切るという作業に入る事になった。
「マジですか?!ひゃっほーぅ!!」
「いやったぜえーい!!」
同じ作業場の男性龍人種職人さん達が小躍りしながら私を歓迎してくれた。
何故いきなりこんな事になったのだろうか…?疑問しかなかったが、やるとなった以上手を抜くつもりは無かった。
作業自体は単純な物で、何本も積み上がった丸太の中から一つを選び、その丸太を取り出して必要な長さに切る。だけ。
だが、この作業には言葉以上の難しさがあった。
木というのは一本一本の性質が異なる。柔らかいもの、硬いもの、僅かに曲がったもの、真っ直ぐなもの…しかも一本の木でも内側と外側では硬さ等の性質が全く異なる…それこそ人と同じ様に全く同じものは存在しない。
何に使う木材なのかから判断し、その用途に最も適した木を選ぶ。そしてその性質の木を切り出した時にどれくらいの余白が長さにあれば木材になった時に丁度いいのかを判断する必要がある。
なんとも経験の必要な作業。私は臆すること無く周りの職人さん達に話を聞き、多くの事を学んだ。
「こいつは少し他より柔らかいっすね。」
「……難しいですね。」
「こればっかりは慣れるしかないっすね。」
最初は色々と聞いても何故分かるのかが分からなかった。この人達の目や手には何か仕込まれているのでは?と思う程だった。
それでも分からない、で辞めてしまうのは負けた気がして嫌だった。それになりより私はここでは出来損ないでは無く、ただの新人。
魔法を使う人はほとんどいないここでは私の魔力量を気にする人は一人としていなかった。それなら私の努力次第できっと出来るはず。そぉ思うと余計に投げ出す事は出来なかった。
後々知った事だけど、ペリドヒさんが私をいきなりここに呼んだのは私がたまに酷く落ち込んだ顔をするから気分転換になれば。と考えての事だったらしい。
私が気絶した時の事を考えると、魔力量に難がある事は直ぐに分かる。
そして杖を使うのはハスラーだけ。ライラーの人達は杖を使わないので杖を持っている私を見れば魔法の事で何か悩みでもあるのではと考えるのは自然な流れだった。
そこでペリドヒさんは魔法を使わないこの場所で何かをやっていれば気も晴れるかと思ってくれたらしい。
想像以上に一生懸命やるし、毎日着いてくる私を見てペリドヒさんは良かったと言葉を漏らしたのを皆が聞いていたのだ。
そんなに顔に出ていたのかと思うと恥ずかしいけれど、静かな優しさを確かに感じた私は感謝をしながら作業をこなしていった。当然力仕事なので身体強化は使っているけれど、それ以外の魔法を使わずに四ヶ月の時が経った。
私は皆に混じって普通に作業をこなす事が出来るようになっていた。皆には短期間での成長に驚かれたけれど、元々木魔法は私の得意な魔法。木に触れる事も多かった事が影響しているのだと思う。
ここに来てから半年が過ぎ、私もかなり皆の中に馴染んできた。そして私はその頃から自分が強くなれる方法に気が付き始めていた。
性質。
木や水、火にさえ多くの性質がある。その性質を変化させた魔法。それが出来ればもっともっと幅の広い魔法が使える様になる。
例えば水魔法。水魔法を使った際に魔力を多く流し込む事で粘度が上昇し払い除ける事が難しいという性質を持たせる事が出来る。ウンディーネが一度使っていた所を見た事もある。
あれを単純に魔力を混ぜるのではなく、魔法を発動させる時に追加で性質までをも指定する事が出来たならば……
私はそれに気が付いてから、ペリドヒさんや皆さんにお礼と謝罪をして仕事から抜けさせてもらった。
確かに多くの事を学んだし気持ちとしては悲しいけれど、私の本来の目的は強くなり真琴様と共にある事だから。
二度と私の事を他人に出来損ないと呼ばせない。
それから私は毎日魔法の研究に明け暮れた。
簡単な性質を発現させる魔法ですら最初は上手くいかなかった。
魔法は自分の中に強いイメージを作り出し、そのイメージが強ければ強いほどそれに沿った魔法となる。真琴様が凄いのはそれを手本も見ずに明確にイメージしてしまう所。
私も多少は出来るけれど、それでは私の考える魔法へ辿り着く事は出来ない。
まずはそのイメージを作り出すトレーニングから始まった。まずは簡単なイメージから。
木の中が密に詰まり強度が高く折れにくい木を作り出したり、逆にスカスカでスポンジの様な木を作り出したり。
これを成功させるのには一ヶ月の時間が必要だった。自分のイメージ力の無さを嘆きながらも諦めず続け、やっとの思いで成功させる事が出来た。
しかし、本当に難しいのはそこからだった。
本来であればなかなか考えにくい性質を持たせる事。例えば粘土のような柔らかさを持った石。鉄よりも重たい水。
普通に考えると化学的に考えにくい物質。
魔法というのはそもそもが化学と密接な関係にある。それがこの世界の大原則であり、真琴様の考えた魔法である。
それを根本から覆す魔法。それこそが私の考えた『虚構魔法』。
化学的には説明が難しい物質をイメージのみで作り出す。
本来であれば化学的に説明が難しい魔法は形にならず魔力へと戻り散乱していく。当然私が最初に虚構魔法を使った時は形成出来ずに散乱していった。
それでも諦めずひたすら練習を重ねていくと、少しだけ形成出来るようになる。
真琴様が考えた魔法の定義を否定するなんて私にとっては有り得なかった事。それを私自身で考えて作り出している。真琴様がこれを見たらなんて言うだろうか…認めないと嘆くだろうか…悲しむだろうか……
それでも私は強くなりたい。真琴様の隣に立つのはこの先もずっと私でありたい。それが真琴様を真っ向から否定するものだとしても、嫌われてしまうものだったとしても、真琴様を守る力が手に入るのであれば私は躊躇などしない。
虚構魔法を使っていて分かったことは、この魔法には強いイメージの他に繊細な魔力操作が必要な事だった。
性質を与えるという工程を追加しても必要な魔力量はあまり増加しない。その代わり魔力を糸のように細くして、編み込む様に繊細に、性質という情報を混ぜ込む必要があった。
私の唯一得意とする魔力操作。それがこんな所で生かせるなんて思ってもいなかった。
それからはひたすらに虚構魔法をよりスムーズに確実に発動させることが出来るように、そしてそのバリエーションを増やす事に時間を全て費やした。
魔力が尽きて倒れ、ペリドヒさんに担ぎ込まれるなんて事もしばしばあった。それでも絶対に止めない私を見てペリドヒさん達は止めろとは決して言わなかった。ペルちゃんは私と遊べなくて寂しそうにしていたけど…
そしてここに初めて私が担ぎ込まれた日から一年の時が経った。
「お姉ちゃーーーん!行っちゃヤダーー!!!」
「ペルちゃん…」
私はこの家を出る事に決めた。
「な、なぁ…ペルのやつ俺が死にかけた時より泣いてねぇか…?」
何故か違う事でショックを受けているペリドヒさん。
「ペル。リンさん困ってるでしょ?」
「やーだーやーだーー!!」
「困った子ね…前から今日出ていくと言っていたでしょ?」
「いーーやーーー!!!」
今回はペリドヒさんもヒューミルさんも私に行くなとは言わなかった。何故か納得したような顔で、私が出ていく事を伝えると直ぐに頷いてくれた。
「ペルちゃん。これ。」
私はペルちゃんの少しだけ大きくなった掌にそっと木片を置く。
「これ…」
それは木彫りの不格好な人形。
龍人種の間では、別れが訪れた際に自分を模した木彫りの人形を手渡す事で必ずまたその人に会える。という言い伝えがある。
当然ペルちゃんもその事は知っているし、私の意図も伝わった様だ。
「……また会えるよね?!」
「もちろん。必ず会えるよ。だから泣かないで。」
「……分かった!私も大きくなってお姉ちゃんみたいになって待ってる!」
「…ありがとう。」
私はペルちゃんを大切に抱き締める。
「私達はもぉ家族も同然よ!何かあったらいつでも帰ってきてね!」
「職人全員が泣いちまってな!また会いに来てくれよ!」
「…はい。」
ヒューミルさんとペリドヒさんも瞳に溜まった涙を拭き取っている。
本当に家族同然として接してくれた。何も聞かずに応援してくれた。毎日優しい味の食事と暖かい寝床を用意してくれた。
会えなくなっても私の中から三人の笑顔が消える事は決して無い。必ずまた会いに来ると約束して私は真琴様の元へと向かった。
後ろ髪を引かれるのを振り切る様に真っ直ぐ前だけを向いて。
龍脈山へと続く森の中は木々の匂いに溢れている。
少しだけ立ち止まりその空間に留まる。
真琴様の魔法を否定する虚構魔法を作った事が気にはなっているけれど…正直に全て話すしかない。
気持ちを入れ替えて先に進もうと足を進めた時、木々の向こうから大きな白い狼が現れる。
全長で3メートルはあり、鋭い牙と緑色の瞳がこちらを見ている。
スウィフトウルフ。グリーンウルフやグレーウルフの上位種と考えられているけれど、その脅威度は遥かに高いAランクのモンスター。
確認された個体数が少ない上に、出会ったパーティはほぼ全滅するという相手。とても賢く狩れる相手にしか挑まない。
会話をすることは出来ないが、冒険者の罠や戦略を尽く見破り全滅に追いやったという話も聞いた事がある。
最大の特徴はそのスピード。
その瞬足は剣で捉えられる様なものではなく、一方的に食いちぎられるのを待つしか無いと言われる程。
そしてスウィフトウルフの体毛は魔法防御力が高く万が一魔法を当てられたとしても全く動じないという事もある。
私が一人で歩いている所を見ていい餌が現れたとでも思っているらしい。
「残念だけれど、やられるつもりは無いわ。」
私は杖を構える。
戦闘に発展すると見たスウィフトウルフはジリジリと私の周りを歩き始める。
いきなり飛びかからずに相手の事を観察する所から入るなんてモンスターとは思えない程の慎重さ。下手に手を出せば逃げるか返り討ちにあってしまう。
でも、私にはこのスウィフトウルフに勝てる自信があった。それ程に私の虚構魔法は頼もしい物へと昇華している。
私は小さく一度杖を振る。
スウィフトウルフはピタリと動きを止めてこちらを伺うが、何も起きなかった…と判断して地面を蹴った。
まるで風の様なスピードで走り出したスウィフトウルフ。確かにこんなスピードで走る相手に魔法や剣の攻撃なんて簡単に当てられるものでは無い。
「ガルルルッ!!」
鋭い牙を剥き出しにして飛び込んできたスウィフトウルフ。
しかし、その牙が私に到達する前に全身をバラバラにして肉塊へと変わり果てる。
第三位虚構木魔法。ウッドファイバー。
まるで金属で作られた様な硬さを持った木の繊維を作り出す魔法。
細く強い木の繊維は金属とは違い光沢を持たず、しっかりと見ないとそこにある事すら気が付かない。
特に森の中の様な日陰で暗い場所に張り巡らせた場合は驚異的な効果になる。
物理攻撃は通るスウィフトウルフの毛皮を軽々と切り裂いたウッドファイバーに血が滴っている。
自分が強くなれた事を確認できた。これなら…
私はその場を後にして真琴様のいる場所に向けて再度足を踏み出した。




