七行詩 141.~160.
『七行詩』
141.
目の前に ちらつかせては すり抜ける
追わせては拒む 気ままさよ
貧しさに 痩せて汚れた この手では
すくい上げられぬ 金魚のように
その色は 美しさは 鮮やかで 儚い
ああ、何と 誰もが備える 腕や手が
どうしてこれほど 美しいのか
142.
夜を撫でる 風に誘われ 出逢いては
緑の床に 腰を下ろした
満ちては欠ける 月の片割れ
その形は対になり 向かい合いては円を成す
私に欠けた部分は 貴方が持っていたのです
ここに半身を残し 席をお立ちにならないで
繋ぎ留めたい理由など お分かりでしょう
143.
身を焦がす 枯れた海を行く 悲しみに
包まれ貴方が 孤独だった頃
いったいどんな感性が
砂漠に立つ 一本の旗を 取らせたのだろう
清く結ばれた 花びらたち
その花に 今更 蝶を飛ばしても
実るものなど ありはしない
144.
会いもせず 今も胸に抱く 悲しみに
いつか私が孤独だった頃
この部屋は これほどまでも 広かったか
幼さの残る 声を響かせ
お互いを 心の部屋にも 住まわせた
あの日々を 手のひらで なぞり返しても
そのあたたかさは もう 戻りはしない
145.
一息に 眠りを奪う 悪夢なら
陰鬱な梅雨の 季節のように
纏わりついて 離れない
無くすには 君のすべての 手帳から
この名を消して しまえばいい
消してしまえば いいんじゃないかな
僕が君を嫌いになれたのと 全く同じ方法で
146.
心とは あなたがつけた 傷のことです
今も思い出す度 疼く
強い力で 引き合うにつれ
より深くなる 渓間のように
傷は決して 塞がらない
其処を流れる 涙の川に
架かる橋など ないのです
147.
景色とは あなたが見せた 色のことです
今はあふれる程 滲む
白日の下に さらされて
視界は色を 失うように
あなたの強い 光によって
かつて浮き立ち 輝いた日々も
灼かれて灰に なったのです
148.
雷鳴は あなたが教えた 無力さよ
突然の雨は すぐ収まると
知らずに飛び込み行くような
踏みとどまれぬ 愚かさよ
私に守るものはなく 私を守るものもない
この身を哀れみ 降る雨を
遮る傘など ないのです
149.
すれ違う人 鏡に映る 表情さえ
まるで等しく 意味がない
あの笑顔だけに 意味があり
信じられるのは ただそれだけ
今まで何度も 救われたから
貴方の喜びは 私のもの
ならば私の喜びは 一体誰のものでしょう
150.
いつの日か 空で再び 会えたなら
この魂に 嘘はなかったと
貴方はそこで 知るでしょう
けれど決して 留まらぬことを
私はいつも知っている
その羽に打ち付ける杭など
私は持ち得ないのだから
151.
微睡みに 瞼を閉じる 表情は
なんと凛々しく 美しいのか
息を切らし その目が捉えた 灯や色を
蘇らせて 眠るのでしょう
乱れず細い 息を立て
それぞれの 胸の深くへと 眠りゆく
今日の出来事を 貴方の横で 繰り返している
152.
日が経っても 写真は綺麗に 残るけど
黄金に揺らめく木の葉たち
今日見た色より 鮮やかに
輝くことはないでしょう
また連れてきてね それだけ約束をしようね
今度は あの季節の空に
大好きな星が 並ぶ頃に
153.
私の命の重さとは
貴方への愛の重さです
貴方こそ 全ての悲劇の理由であり
この幸福の理由である
許されぬ愛を語る度
汚れた舌は引き裂かれ やがて言葉をなくしても
最後まで 貴方を呼び続けるでしょう
154.
この海に 私を残し 去るのなら
想い続ける私のことを
貴方はもう 止めることさえ できませぬ
愛しい記憶は この魂と ともに在り
来る日も 私の傍で眠る
焼き付いた 貴方の影や 残り香は
私から 二度と離れはしないのです
155.
僕が持ち歩く 手帳には
日記代わりに 歌を書く
予定や理想はあるけれど
明日のことは明日 考える
だって毎晩 眠りにつく前
「明日は君が居ない」だなんて
書いてゆきたくは ないでしょう
156.
一つずつ 噛み合わせてきた 歯車は
電池が切れてしまっても
僕らの時計を 廻し続ける
その動力は どこに残されているのだろう
時に穏やかな 川のように
時に駆け出す 心臓のように
巡り続ける 呼吸こそが 針を廻し続けている
157.
ひと房の 灯りがともる 一室で
その情熱の目に 私を映し
愛を産み出すその腕で 私の輪郭を確かめて
教えてほしいのです
私が今まで どう作られ
貴方に出会い どのように変わったのか
教えてください、貴方の手から
158.
あの朝一番に響いたのは
グラスの割れる音でした
絆の鎖を失ったことに
はっきりと気づかされながら
今まで見ていた 夏の陽炎 冬の幻も
マッチの灯りが 消えるまでの
短く淡い 夢だったと知る
159.
人を遠くから 窺うことは
駅前の店 並んだ本の
表紙だけ眺めているようだ
それではまだ 出会ったことにはならないよ
本を開いて 最後までちゃんと読んでごらん
そして 最初に感じた 予感さえ
正しいことを 確かめて
160.
肩並べ 巡る景色を 記憶して
なんだか君は うわの空
“この日を忘れられないから”と
笑って君は 言うけれど
思い出より 歩む今 この瞬間が
一番眩しい はずでしょう
埋もれるほどに 奇跡を重ねて 行きたいから