表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者様を倒すのは

作者: くろえ

スミマセン、書いていてしまいました。

蛇足だったらゴメンなさい。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

彼女が、いない!?

それに気付いた時、心臓が凍り付くような恐怖を味わった。

剣を手に取り走り出した勇者の腕を、仲間の盗賊(シーフ)が掴んで止める。

行かせるわけにはいかない、その傷つき疲れ果てた体では!

それに、彼女はおそらく、もう・・・。

無情で残酷な言葉。彼が自分を思って言っているのは、その苦汁に満ちた表情(かお)で痛いほどわかる。

でも・・・!

勇者は仲間(とも)の手を振り切った。


魔王が君臨した「常闇の城」。

勇者と仲間達が壮絶な死闘の末討ち滅ぼした、魔王が放った最後の呪いで魔界の底へと沈んでいった。

城跡には淀んだ醜気を吐き続ける暗黒の闇が広がっている。

魔界へ行けるはず!勇者が禍々しいその闇へと身を投じた時だった。

勇者に滅ぼされた魔物達の怨念が、恐ろしい呪いとなって牙を剥く!


この先へは行かさない。死してなお狡猾な魔王のおぞましい声がする。

人間とは愚かなものよ、愛だの情だのくだらぬものに、時には己の命も捨てる。

今この時我が城で、孤独に死にゆく娘のように。

儂にはもはや貴様を殺す力は無い。魔界も間もなく永遠に閉ざされ虚無と化す。

あの娘の魂は、微塵の救いも無い世界を久遠に彷徨い続けるだろう。

おお見よ、あの勇者の顔を!なんと胸のすくことか!

貴様は娘の絶望を思い、哀惜に身を焼き生きるが良い!!

勇者は唇を噛みしめた。


幼い頃、両親を亡くした時からずっと、強くなりたいと願ってきた。

一心不乱に剣の修行に打ち込んだ。孤児だ、下民だと蔑まれ虐げられても決して涙を見せず、歯を食いしばって己を磨き続けた。

剣士見習いとして栄えある剣士隊に入隊出来た時も、腕を見込まれ異例の大抜擢で美姫と名高い王女の護衛なった時も、決して奢らず精進し続けた。

強くなる。もっともっと。少年はさらなる高みを目指して剣を振るい続けた。

大切なものを守るために。


遙か昔にかつての勇者が封印した魔王が復活し、魔王軍が人々を襲い始めた時、少年は勇敢に戦い「勇者」と呼ばれる存在になった。

「勇者を讃えよ!!」国王の宣言に、国中の人達が彼を賛美しもてはやした。

しかし魔王の軍隊が残していった恐ろしい呪いが人々の心を捕らえた時、「勇者」は一転、「咎人」となった。

「お前の所為で呪われた!!」謂れ無き糾弾の言葉に、国中の人達が彼を恨み激しく憎んだ。

魔王軍と共に戦い勝利を喜び合った剣士達は、剣の切っ先を勇者に向けた。

攻撃魔法で窮地を救い、回復魔法で助けてくれた魔道士達は、勇者に呪いの言葉を投げかける。

身を盾にして守り抜いた国中の人々は、目にするのも汚らわしい、と勇者を罵倒し嘲った。

共に戦う仲間達と出会うまで、味方などどこにも居なかった。国中、世界中の人々が勇者の「敵」だった。

たった1人を除いては。


目の前では邪悪な魔物の怨念が渦を巻き、嘲笑を投げかけ行く手を阻む。

魔王との戦いで傷つき疲弊した体が悲鳴を上げる。手にした剣は刃こぼれしてボロボロだ。

それでも勇者は剣の柄を握る手に力を込めた。

王宮を追われ、行く先々で過酷な迫害を受けた時、陰から守り助けてくれたのは。

幾度となく襲い来る苦難と孤独にくじけそうになった時、そっと支え続けてくれたのは・・・。

必ずここから救い出す!!

その決意を剣に宿し構える勇者に邪悪な呪いが襲いかかる!!


まばゆい光が迸った。

闇を切り裂く聖なる光。勇者は我が目を疑った。

いつもそうやって無茶ばかり。彼女の苦労が忍ばれる。勝ち気で元気な魔道士が杖を振るって魔法を放つ。

彼女は我々の仲間です。見捨てるわけにはいきません。そそっかしいけど陽気な拳闘士がそれに並ぶ。

無償の献身に助けられしは、貴公のみには非ず!物静かで聡明な幻術士も得意の幻術を繰り出した。

オレは彼女に聞きたいことがある。盗賊(シーフ)が勇者に並んでつぶやいた。

なんでいつも「ほっかむり」してたのか。聞かなきゃスッキリしないだろう?

粗暴だけど根は優しい仲間(とも)の言葉に勇者は思わず笑みこぼす。

勇者とその仲間達は再び力を一つに合わせ、最後の戦いへ飛び込んだ。


魔界の底に沈み、悠久の静寂に飲まれた魔王の城の、玉座の間。

ほっかむりの仲間はそこに居た。

震える手で、荒れ果てた床に横たわるたおやかな体を抱き起こす。

幸せな夢を見ているように微笑を刻むその顔に、呼びかけようとした勇者は愕然となった。

ずっと一緒だったのに。どんな時でも側で支えてくれていた女性(ひと)なのに。

名前さえ、知らないなんて・・・!!

勇者の頬を、どんな苦境でも決して見せなかった涙が伝う。

冷たいその体を力一杯抱きしめ、仲間達の目も憚らず声を張り上げ慟哭した。

魔道士が杖を振り上げ回復魔法を唱える中、勇者はただ祈り続けた。

どうか、どうか目を開けて。

こんな凍り付いた微笑みではなく、本当の笑顔を見せて。

君の名前を教えて欲しい。俺に名前を呼ばせておくれ・・・!


ドクン。

微かな鼓動が胸を打った。

勇者の涙が変っていく。哀しみから喜びへ。

仲間達が見守る中、勇者の腕の中で強ばっていた小さな体が少しずつ解けていく。

青ざめた唇に朱が差し始め、細く長く吐息が漏れた。

閉ざされた瞼がゆっくりと開かれ、虚ろな瞳が勇者の顔を映して揺れる。

やがてその瞳が確かな光を帯び始めると、白蝋のようだった頬がみるみる真っ赤に染まっていった。

そして・・・。

「・・・きゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!どうしてぇぇぇぇ!!??」

勇者の耳をつんざいて、かつて魔王の居城と恐れられた「常闇の城」に、乙女の絶叫が轟いた。


----------------------------------


ラキシュ王国の大聖堂では国王が盛大にばらまいた結婚式の招待状を携えた来賓達が、今や遅しと式の開始を待ちわびていた。

こっそり中の様子を伺うと、「我こそは勇者の身内」といった得意(ドヤ)顔で祭壇前の座席に陣取るラキシュ王の姿が見える。そんな父王に呆れ顔の王女や正装した仲間達の様子も見て取れた。慣れない礼服で窮屈そうにしている盗賊(シーフ)の物調面が少し可笑い。

後は見た事も聞いた事も無い国々から来た王族・貴族達が、広い大聖堂をぎっりしと埋め尽くしている。この中へ足を踏み入れるのは大変だ。

もしかしたら、魔王を討つため「常闇の城」へ乗り込んだあの時よりも勇気がいるかも知れない。

「まさか、ここまで派手にされるとは・・・。」

勇者は苦笑混じりにつぶやいた。

このつぶやきをラキシュ王に聞かれたら、コレでもまだ地味な方だとおっしゃるだろう。

なにせ、両親がいない花嫁の父親代わりに乙女の花道(バージンロード)付き添い(エスコート)すると駄々をこねてたくらいなのだから。

王女様が叱って止めてくれなかったら本当にそうなっていたに違いない。

「ほら、そろそろ時間だよ。」勇者は振り向き声を掛けた。「こっちへおいで。・・・マーリ。」

大聖堂の正面扉へ臨む回廊の隅っこで小さくなってた花嫁が、美しいバラのブーケで火照った顔を隠すようにして、オズオズと側へやって来る。

差し伸べた手に小さな手をそっと重ね、小さな声で聞いてきた。

「・・・あの、勇者様?」

「こら、マーリ。」躊躇いがちに何か言いかけたマーリを勇者が優しく叱る。

「俺のことは、ちゃんと名前で呼ぶようにって言っただろ?」

そう言いながら、マーリの手を自分の腕に絡ませた。従者達が正面扉へ2人を導き、その前に立たせる。式の開始が近い。

マーリは頬の赤みを深め目を泳がせたが、やがてふんわり微笑んだ。

「はい・・・。アルフォンス。」

こうして名前を呼び合える喜びが、まだ胸を熱くする。

あの時失い掛けたこの小さな手の温もりと、この微笑みを大事にしよう。

これからはこのかけがえのない女性(ひと)を守っていこう・・・。

「それで、何?さっき何か言いかけただろ?」

「はい、あの・・・。」

マーリは恥ずかしそうに目を伏せた。

大聖堂の鐘が高らかに鳴り響き、従者達が正面扉を大きく開け放ったまさにその時その瞬間。

「時々は、『あなた』って呼んでも、いいですか・・・?」

大聖堂に詰掛けた何百という人々に見守られ、惜しみない拍手喝采に包まれながら、数多の困難を乗り越えて魔王を討ち滅ぼした不屈の勇者・アルフォンスは、その一言に撃沈した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ありがとうございます(〃∇〃) 勇者様視点のリクエストに答えて下さって、とっても嬉しいです。 一番辛い時に、ずっと側で見守り、助けてくれていた健気な(ほっかむりしてるけど)少女、勇者様も…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ