旦那様は新妻の愛を欲す
「…これは、一体?」
アナーシアは今、開かずの扉を開けてしまったことを大変に後悔していた。
「アナ。」
と優しい声、そしてどこか甘みを帯びた声がアナーシアを呼ぶ。
昨日までのアナーシアであれば、大大大好きな旦那様に呼ばれて顔を赤らめながらもすぐに目を合わせて返事をしたはずだった。
だがそれは、あくまで「昨日までの」の話で、今日のアナーシアの反応は違っている。
「…ひ、ひゃい!だんな、しゃま!」
と噛みまくり、背後にリュークの気配を感じながらも顔を上げれずにいた。
「噛むアナもかわいいけど、どうかしたの?」
と、いつもと違う妻の様子にリュークはやはり疑問を抱いた。
「…な、なんでもありません!」
慌ててアナーシアは否定をする。が、思わず振り返ってしまいリュークと目があうと、またも不自然に顔をそらしてしまった。
だって、とアナーシアは心の内で弁解する。
ーだって、旦那様にあんな収集癖があったなんて…
知らなかったんだもの!!
切手やら時計ならよくある話だから、手を挙げて喜 べたものを…
旦那様のコレクターアイテム…
それは私、「アナーシア」らしい…のです。
アナーシアとリュークが出会いは1年前ー
アナーシアの社交界デビューの舞踏会でのことだ。
その時すでに5歳年上のダルタリー伯爵家長男リュークは未婚令嬢たちの憧れの的で、アナーシアも少なからずとその噂を聞いていたしその姿をみて顔を赤らめたのは確かだった。
だが、声をかける勇気など微塵もないアナーシアは父親と初めのダンスを済ませた後はすっかり壁の花となっていた。
会も中盤になり相手もいないアナーシアは馬車に戻ろうとしたのだが、その途中一人の男性とぶつかってしまう。
そう、それが、リュークだった。
アナーシアは、申し訳ありませんと貴族の礼をとったのだが、リュークは何故かアナーシアの顔を見て黙ったままでいた。が、次の瞬間にはアナーシアの手を取り「帰られる前にダンスを一曲お願いできますか?」と謝罪の返事もなしに何処焦っている様子で申し出てきた。アナーシアは周りからの嫉妬の視線を感じながらも断れば逆にリュークに恥をかかせる事になる、と承諾をし二人はホールの中央へ進み出た。
このとき、アナーシアは自分が人生を決める選択をしたのだとは微塵も思っていなかった。
リュークは一曲どころではなく、結果的に舞踏会のラストダンスを踊りきるまでアナーシアを離さなかった。
だからアナーシアは帰りの馬車の中で父親に、おまえはラストダンスの意味をわかっているのか?と軽く叱られたし、翌日に母親からそれはあなたに求婚しますという意味だと聞いた時は気絶しそうになったものだ。
その通りに、三日後ダルタリー家から父親を通してアナーシア宛に手紙がきた。もちろん内容は、リュークとの結婚話。
相手はリュークの強い希望でということもありかなり乗り気であり、アナーシアの家にとっても貴族的に悪い話ではなかった。
そして、二人の結婚話はトントン拍子に進んだ。
式までのデートを重ねるうちにアナーシア自身もリュークの優しさに惹かれていった。リュークはアナーシアに一目惚れしたのだと顔を赤らめ普段の大人な顔を崩しながら白状し、二人は思い結ばれながら出会って半年後に結婚式をあげたのだった。
それから半年のらぶらぶな新婚生活。
ー全てが順調だった。
いや、はずだった。
あの扉を開けるまでは。
「…アナ。」
「…はい。」
「…見たね?」
この重い空気はなんだろう。
まるで尋問されているかのようだとアナーシアは冷汗をかいた。そして、
ーなぜ、バレたの!!?
「…な、何をでしょうか?」
必死に冷静を装うがアナーシアは気づいていない。自分の目はキョロキョロ動き声が震えて、全く冷静を装えていない事に。
「何って、私の、コレクションを。」
アナーシアが動揺しているの反面、リュークの反応はいつもと変わらない。逆にそれも怖い気はするが。
「こ、コレクションなんて、ほんと、に、何も見てません!
だ、だんな様がいつ撮られたのかわからない私の写真を何十枚と壁に飾っていたり、私の捨てたはずのストールやらぬいぐるみがソファーにあったり…な、なんてものは、一つも見てませんから!」
そこまで息もつかずに言い切った後で、アナーシアは自分の地雷に気がついた。
「…あ、今のは。」
今更口に手を当てても遅い。
「うん。アナーシアは正直でよろしい。
でも、さっきのあの反応は傷ついたなあ…」
リュークは優しい笑みを顔では作っているが、目が…目が怖い…とアナーシアは全然笑えなかった。
おそらくあの反応とは、先程名前を呼ばれた後に目線を逸らした事を言われてある。
「あの、コレクションはアナへの愛が溢れた結果なんだよ。
あとは、アナを知らずに生きていた出会うまでの時間への穴埋めだから…ね?」
あの部屋の写真をみても別段リュークへの嫌悪感は芽生えなかったが、一瞬、身の危険を感じたのは事実だ。
これはどう返すのが正解か、とアナーシアは彼女なりに真剣に悩んだ。これからも隠し撮りやコレクターを許すのはアナーシア自身的に辛い、かといって全てを否定したら愛が重すぎるリュークは壊れてしまいそうだ。
「…アナ?」
「わかりました。」
「…?」
「私も、旦那様の旦那様オンリーのコレクターになります!」
アナーシアは名案?とばかりに声を張り上げた。昼間から大声で叫ぶような内容では一切なかったが。
「旦那様の私への愛情が少し重たいことは分かりました。
でも、私もそれに負けないくらい旦那様を愛していますっ!
だから、私も旦那様だけのコレクターになります!」
攻められていたアナーシアは遂に反逆に出た。
どこか抜けているが、一途で可愛い妻。
彼女を見つめるリュークの目の色は、すっかり愛おしさ色に変わっていた。一年前のあの出会いの時も、本人は気がついていないようだったかかなり天然なところを見せつけていたなとリュークは思いだす。
そんな一人でにやけだした旦那様に、アナーシアは少しぷんすかモードを発令した。
「もうっ!私の決心を聞いているのですか?」
「…クスッ、聞いてるよアナ。」
「では、まずコレクションの一つ目として旦那様の手にある花束をいただけますか?」
リュークは外での仕事があると、こうしてよく愛する妻のために花束を買ってきてはプレゼントしていた。タイミングを見計っていたリュークは花束を自分の背に隠していたのだが、アナーシアにバレてしまったらしい。
「はい、では記念すべき私のコレクションの一つ目に。」
と、少し大袈裟にリュークはうやうやしくアナーシアに花束を差し出し、
「まあ!ありがとう!」
アナーシアも、それに答えて手を大きく広げて胸に花束を受け取る。その花束はとても立派で、思わず顔を埋めてみるとアナーシアの小さな顔はすっぽり埋まってしまった。
「とっても…いい匂い…ありがとうございます。」
「これは、プレゼントではなくアナのコレクションじゃなかったのかい?」
「コレクションですわ!
こうして旦那様とまた一つよい思い出ができましたもの。
私のコレクションは、ものではありませんの。」
アナーシアは相変わらず花の中に顔をうずめていた。それは、花の匂いに誘われてか、それとも赤く染まった頰を隠すためか。
これは一本とられたな、とリュークはやれやれと首を振る。
「あー!やっぱり私の妻は最高だ!最高に可愛い!」
「きゃっ!だ、旦那様!?」
そしてうぶな少女のような表情の妻をみてリュークが我慢できるはずもなく、彼は愛する妻を自分の腕の中に引き寄せた
。
彼が妻に勝てる日はくるのだろうか。
いや、愛してやまない妻になら負け続けるのも悪くない、と素直に思えるほどにリュークの愛は重かった。
「たくさん、
これからもたくさん二人のコレクションを作っていこうね…私のアナ。」
「はいっ!旦那様!」
仲が良いのは大変宜しゅうございますな、と二人の様子を影から柔らかい瞳で見守っていた執事は思った。
彼は趣味でカメラをしていた為、リュークが家にいない時間アナーシアの隠し撮りを命じられていたいわゆる協力者であった。
だが、おそらくもうその必要は無くなるだろうと彼は予感する。
これからは、堂々と真正面からレンズを向けられる。
そこに収めるのは、二人の姿ー
旦那様と奥様の幸せそうな笑い声だー