第8話 小さな灯りと夜明け
[小さな灯り]
指先に灯りを灯す。指を出している間だけ有効。
そりゃカシムの火と比べたら汎用性に欠けるが使えないスキルではないし、第一俺の能力はひとつじゃない。
レベルをあげていけばもっと沢山のことが出来るようになるはずだ。
そう自分を慰めて沢に戻った。
そしてその日の晩、完全に寝入っていた俺の身に事件が起きる。
灯りがある。朝の日差しが洞窟まで届いたのだろうか?いや違う。火だ。火に照らされたカシムの顔が映る。
俺が目を覚ましたことにわずかに動揺するがすぐさま卑しい顔に戻る。
「お前ら手足をしっかり押さえておけよ。」
「ああ」
「次はオレの番だからな」
マヌケにも俺はすでに両手両足を押さえつけられていた。
俺にカシムに殴れた時の恐怖が蘇る。
こいつら俺をヤる気だ。
「うわあぁぁぁぁぁ」
誰かの声がした、振り上げた俺の手に吹き飛ばされた太った男の声か、顔を蹴られた誰かの声か、洞窟を走り去る俺の声か……。
――走った。
沢の水を跳ね上げて恐怖から逃げる。
逃げた。
怖い。
斜面を駆け上がる。
怖い。逃げる。
ここは森だ。沢じゃない。
離れたはずだ。
これは現実。夢じゃない。でも大丈夫だ。
落ち着け、冷静になれ俺。
冷静になれ。……大丈夫だ。
――人差し指には灯りがある。俺がつけた灯りに相違ない。
夜を駆けるなら灯りが必要だ。そうだ間違いじゃない。
しかし暗い森でこの灯りは目立たないだろうか?
いやしかし、あいつ等に俺が灯りを持つことは知らせていない。
あいつ等が俺を探すとは限らない。
でもあいつ等に探されたらどうすんだ? 相手は五人だぞ。
あいつ等はこれからも俺を狙うんじゃないか?
これからどうしよう。
ぐるぐる思考がまわる。[小さな灯り]はひとまず消しておいた。
遠くに、沢のほうだろう、灯りが見える。カシムの火だ。
カシムの小さいはずの火が森を、そして俺を燃やす光景を幻視する。
『テレテーテーッテテレー♪』
静寂のなかで音がする。
音で気づかれる!
いや違う、確認したわけではないがこれは俺にしか聞こえていない、そんな確信がある。
それより何故今レベルが上がったんだろう。逃げるときに虫でも踏みつけたのか?
レベル6になり動悸がおさまり思考もマシになった。というか息切れしていたのか。スキルは[暗視]だった。
[暗視]か……いいタイミングだ。スキルはいつも必要なものをくれる。
俺は欲しているもの、もしくは状況に必要であるものが授けられると考えて間違いなさそうだ。
どうせなら、ここから一気に逃げるワープのようなものがよかったのに。
相手が見える。四人だ、一人は顔をおさえており足取りも重い、ひとりいないのは如何なる理由か、カシムは火のついた指を左右に振り回している。
「出て来い人殺し!」
カシムの横の男が叫ぶ。これで理解した、人を……殺したようだ。
相手の自業自得だ、罪悪感は湧かなかった。むしろ達成感すらある。時間差があったのは即死ではなかったからだろう。
そうだ。俺には男四人から押さえつけられても吹き飛ばせるだけの膂力がある。恐れる必要はない。
――――「殺してやる」
灯りをつけた俺は手近な石を拾う。少し物足りないサイズだが問題ないだろう。そしてすぐさま全力で投げる。
痛そうに手で顔の半分を押さえて立っていた男、その手の甲、眼球、脳に穴があく。即死だ。
『テレテーテーッテテレー♪』
「ははっ」
人は随分効率がいい。
さて第二射といきたいが石がない。
スキルはなんだ?流石に石はやめろ。そんなクソスキルはいらねぇ。
「スキル……」
「……[武装作製:壱]を獲得」
スキル[武装作製壱]光の繭が形をつくる。
石はやめろという俺の願いが通じたのか光が棒状に伸びてゆく、解けた光の中から出てきたのは棍棒だった。
石と同じように全力で投げつける。回転しながら飛翔した棍棒が男の腕に当たる。
「いってぇ」
ダメージは与えられるがこれでは人は殺せない。
石を探すがその間にカシム達は洞窟へと戻ってゆく。
石を諦め再度[武装作製]を実行、棍棒を手に洞窟へと走る。身体が軽い、飛ぶように走る。
「やめろ、殺さないでくれ俺がいなくなったら生きていけないぞ」
「子供がいるんだ無事に帰らないといけないんだ」
俺が来たことに気づいたのだろう、カシム達ががなにやら言っている。
洞窟内に踏み入れると太った男が倒れていた。[小さな灯り]でよく確認すると背中と天井に血がついていた。こいつが一人目か。
「来るな!あっちへ行け!」
こんな狭いところで大声をだすなよ。
振り下ろした棍棒がトマトを潰すようにひとりの頭蓋を潰した。
これで残り二人。
俺は折れてしまった棍棒を捨てて、二人までの距離を詰めてゆく。
カシムは火を消していたが暗視をもつ俺には十分に視えていた。
カシムがひとりを盾にしようと手と足で仲間を押し出す。
わずかに助走をつけステップインした勢いで拳を突き出す。筋肉と内臓を押しつぶす感覚が拳に伝わり背骨をへし折った。
これ以上ないほど、見事なくの字形になった男の横から這い出て外へ向かおうとするカシム。
「おい待てよ、多分あと一人でレベルアップなんだ」
カシムにとっては意味不明の言葉を投げかけて後を追う。
洞窟の入り口で髪をつかみ、地面へ投げつけ、そして再度作り出した棍棒を弄びながら最後の言葉を告げた。
「ゲームオーバー」
――俺はその日、レベル8になった。