第54話 レベルに選ばれしもの
失敗してきた。し続けてきた人生だった。そう思っていた。
ここに生れ落ちて、若返って、レベルというズルを手にして、やりなおせる。
やりなおすんだ。そう思った。
何をやりなおすんだ?
人生?
人を殺す人生が果たして素晴らしいのか?
誰も殺めず、平穏に暮らす方法があったんじゃないのか?
今以上の失敗なんてあるのか?
思えば――転移する前。前世と言っていいのか? 前世での失敗なんて無いのかもしれない、弟や世間に嫉妬はしていたかもしれない、満たされない自尊心に不幸を感じていたかもしれない。
でも。
でもそんなの普通だろ、平凡な話だ。
そして平凡ってのは、幸せなことじゃないのか?
だめだ、目がかすむ。
左手に握力がない。
ひょっとしたら目はもう潰れているのかもしれないし、左手は消えているのかもしれない。
思考が正常じゃない。ずっと正常じゃなかった気もする。
意識がにごる。
肉体が活動を止めたがっている。
呼吸が、息が苦しい。肺にもっと酸素をくれ。
立っているのか、寝ているのかも解らない。
闇雲に、出鱈目に命を振るう。
女の声がする。男の剣が俺を攻め立てる。
何発目かの横に走る雷が、風と逆巻く炎と共に炸裂する。
まだ死んでない。それは解る。
しかしここは夢か現実か?
本当はもう封印されていて、夢の中にいるんじゃないのか?
じゃあもう寝ても、目をつぶって楽にしてもいいんじゃないか?
刀を手放して。楽に――。
――満たせ――。 ミタセ。 渇きを――。
誰かが囁く。ずっと誰かが嘯いている。
ずっと、ずっと渇いている。
この渇きは幸せでは埋めれない。
幸せとは遠いところにある渇き。渇望。飢え。
キャサリンは待っていた、待ち続けた。
船で、故郷の町で。二人で過ごしたあの家で。
ムサシは、愛した男は帰ってこなかった。
突如海に巨大な何かが落ちたらしい。
どうやら城のような形をしているらしかった。
どうでもよかった。
ロアーヌは、皇帝ユリウスはキャサリンを裁かなかった。
ムサシがいないのなら、それで良かった。
子供達は大人になった。
修羅に殺されることを希望に生き続けた。
誰も殺されることはなかった。
とある竜はレベルを失った。
落胆はすぐに消えた。
彼は群れに迎え入れられた。
いつしか人々は修羅を忘れた。
星も月も、かつて自分の光の元で踊った男女を忘れた。
古の勇者や魔王や同様、実在したかどうかさえ、あやふやになった。
『テレテーテーテッテレー♪』
愉快なファンファーレが鳴る。ステータスの上昇、体力の回復を感じる。
黒衣の男が刀を払う。刃についた鮮血がアスファルトに弧を描いた。
崩れたビルをまたいで、無人人型殺戮兵器が歩いてくる。その数、三機。
戦闘ヘリがミサイルを飛ばした。一斉射だ、黒い空に殺意のカタマリが何百本も咲き乱れようとしている。
虚空獣が空の裂け目から無尽蔵にあふれ出す。奴等の光線が真っ直ぐ飛ばないことを男は知っている。
化け物どもの文字なのか、複雑な軌跡を描きながら飛来するのだ。
燃えた空、砕かれた大地。血と鉄と硝煙と、化学兵器と生物兵器と、悪魔と魔法と殺戮の匂い。いつもの匂い。
景色の片隅に優しい女の顔があった。古い、けれど大事な記憶。
男の生き方は決まっていた。
誰の意思でもない、己で決めた道。
もう誰の声も聞こえない。
誰の――。
「おーい御主人様、聞いてますか? 三時方向から新手ですよ」
「ん? 嗚呼、あいよ」
スキル[アマテラス]から声がする。
「さーて、もうひと暴れするか!」
(了)
初めての執筆でしたが、皆様のおかげでエタらず最後まで書くことが出来ました。
本当にありがとうございました。
次回作は今以上にレベルアップしたものを、お届けしたいと思います。ではまた。
2019・8・21追記
新作「虹徹剣羽 ゼンライガー」
スタートいたしました。よろしくお願いします。




