第53話 命
「命ってのはお前やレベルより、俺と気が合うのかもしれん」
真偽はわからない。沢山の命を奪っておきながら虫のよすぎる話だ。
まして自分を殺した相手や、その武器を守ろうなんざ。
ああ、確かに。確かにそうだ。
しかしそれは、古い考え方なのかもしれないな。
刃を押さえる勇者の手の平、そこに薄い、一筋の赤い線が見えていた。
物理法則もレベルをも超えた、なにかのちからが働いている。
「お前も、そしてレベルを創った奴も知らないし、考えたことも無かったんだろうさ、命がなんなのかってな? 命はな、全てに宿やどる。全てにだ」
「くそ、それがどうした!」
風が爆ぜる。距離をとった勇者が、両の掌を俺に向けて叫んだ。
「バインド!」
両足が万力で固定されように動かなくなる。
俺の足が動かなくなったことを目視で確認した勇者は、いくらかゆったりと構え。広げたのは両の腕、右手には白い光が、左手には黒い闇が握られている。
「貴様には過ぎた技だが、使ってやる。この世のあらゆる物質を消し去る、消滅魔術を! 魔王の鎧をも消し去った必殺魔術だ。光栄に思うがいい、消えろ! バニッシュ!」
白と黒のマーブル模様が、螺旋を描いて飛来する。あれを喰らえば消えるらしい、封印の為に即死はさせないかもしれないが……。
動かないのは足だけだ、そして俺の刀、命は命を吸うらしい、ならば!
「俺は! 死なない! 封印もされない! 生きる! 生き続ける!」
ミコトの切っ先を螺旋に向けて構える。全てを消滅させるという螺旋が切っ先に衝突する。
吸え、奪え、取り込め、いのちを! その魔法だか魔術だかにもいのちがあるんだろ、そうだろ、それでいいんだろ?
拮抗する命とバニッシュ。勇者は雄叫びとともにエネルギーをバニッシュに送り続けている。
「人も動物も、木にも花にも、星にも空にも風にも色にも命はある。刀にも、そしてきっと魔法にも命はあるだろう。時間の命はすでに発見された。わかるか? あらゆる物質、概念、言葉にすら命はある。そのことが科学的に証明されているんだ。レベルが命を糧にするだって? 笑わせんな。レベルは命を認識などしていないし、まして取り込むことも出来ない。レベルを創った、デザインした奴が命だと勘違いしていた虚像、それを経験値というシステムに組み込んでいるだけだ」
そうだ、弟は正しかった。だからこそ今。
「バニッシュだっけか? 貴様のイノチ、ここに置いていけぇぇぇ!」
ついに奴の魔術は消滅した。これで俺もひとつ証明したか、魔術にも命があるってことを。
「なんなんだオマエは、なんだその刀は。命を奪っているのか? まだ奪い続けるつもりか? レベルもないのに、クソが! 悪魔か、いや魔王よりタチが悪いぞ」
「我は修羅! そしてこいつはミコト、今名づけた。命を奪い、命を糧とする者よ! 今までも、そしてこれからも変わらない!」
「ふざけるなァ! オマエのような奴をのうのうと生かしてはおかない! 世ため、人々のために今、ここで封印するッ!」
「ならば、その封印の命も頂く」
「クリスタル!」
勇者の呼び声に空の宝石が動き出す。硬質を思わせる外観、しかし斬りつけた刀と手はズブリと飲み込まれる。そして緩やかに全身を飲み込んでいこうとする。
――させるか! 奪う! こいつにも命があるだろ。
砕け散る巨大なクリスタル。美しく光を反射させながら落ちてゆく破片。
そして破片が落ちきる前に勇者は次の行動をとっていた。
「すまない、全クリスタル起動! みんな起きてくれ、最後の仕事だ、力を貸してくれ」
クリスタルの中から目覚めた女達が出てくる。勇者はいつの間にか鎧に身を包み、光り輝く剣を持っていた。
「シンイチ様、これはどういう」
「説明は後だ、あの人型の化け物を封印しなければならない、油断するな」
勇者の様子に、ただならぬ事態を把握したのか、金髪の美女は眼つきを変え、杖を手にした。他の女達も何処から装備を取り出し、臨戦態勢である。
俺は走る。拘束魔術ならもう食った。
逃げても無駄だ。活路は前にしかない。
この勇者パーティを、食い散らかしてやる。




