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修羅道 ~レベルを上げたいだけなのに~  作者: 雷然
第六章 レベルは運命を呼んでいる。
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第52話 刃

やいば

――オマエのような極悪人には、永遠という地獄が相応しい――


 背筋が凍るとはこのことか、これが……。

 これが、本当の恐怖。


 勇者の穏やかな顔、優しい眼差しに俺は映ってなどいない。

 この世界、いや他のもっと広い世界を見ているのだろう。

 レベルによって搾取(さくしゅ)されるかもしれなかった、いくつもの命達、無数の未来を見つめている。


 過去を見ている、これまで歩んできた勇者の道。倒した敵、傷ついた仲間。栄光と挫折。魔王討伐後の信念の道程(みちのり)を。


 この勇者と対峙した古の魔王も感じたのだろうか、己の正義を信じた者のおぞましさを、圧倒的な力を正義の為に振るう、その浅ましさを。

 魔王ならば、俺に魔王のような力があれば、こんな正義を許したりなぞしない。

 しかし、今の俺にレベルがない。チカラが。



 自然、左手が鞘に触れていた。

 人差し指が鯉口にそわされ、親指が(つば)を押し上げようとする。


「やる気かい? いいぜ、命は奪わない。奪ってやらない。命さえ残っていればあとは何でもいいとも言える」


 だめだ。勝てっこない、アレは勇者だ、超越者だ。

 レベルなしとレベル測定不能の闘い。スライムとドラゴンよりも圧倒的な実力差。


「アンタにとって、そしてオレにとってもラストバトルだ。オレは穏やかな眠りを、そしてアンタはレベルと共に無限の時を過ごしてもらう、意識を保ったまま悠久の時間を、それこそ世界の落日(らくじつ)まで封印させてもらう」


 腰を低くおとし両足の裏、地面の感触を確かめる。

 まだ、柄には触れない。触れた瞬間からは残りの動作全てを刹那に実行しなかればならない。


 だめだ、無理だ。

 どんなに早く動こうとも以前の、レベルの有った頃よりずっと遅い、有ったとしても届くか難しいのに、今の俺では間合い入ることすら不可能。


 握りは小指から順番に、親指は握りこむのではなく伸ばして、しなやかにそえる。それぐらいは出来るだろ。

 嗚呼、出来る。何回してきたと思ってやがる。


「さぁ……こい」


 声は後ろから聞こえる。テーブルを挟んで反対側にいた男はもういない、目で追うことすら出来ない。その速度。

 

 関係あるか、あるものか。どうせ当たりやしない、届きもしない刃だ。

 届いたところで何になる。

 何になるものか。


 それでも、それでも()け。

 数多(あまた)の命を(すす)ってきたこの刃を。


 数多の命を。


 命を。


 イノチを――。 


「ぶつけてやる」





 やけくそになっていたのだろうか。

 踏み込みも間合いも、何もかも考えてはいなかった。

 叫んだ。絶叫と共に抜き放った。


 爆発させた。

 怒りなのか、嘆きなのかそれもとも別のナニカなのか。


 体重移動がどうだとか、鞘の引き方がどうだとか空白に置き去りにしたように記憶にない。

 それでもその居合いは生涯最高のものだったと思う。

 振り向きざまに放った一撃は確かに届いたのだから――。



「はい、ごくろうさん」


 全身全霊で鞘から飛び出した刃は、二本の指で止められていた。

 トンボの羽をつまんで持つように、まるで力の入っていない様子で止めていた。


「どうだ? 満足したか?」


 勇者とまともに会話をする気はない。

 勇者がそうしたように、俺も言いたいことだけを言わせてもらう。


「レベルは他者の命を糧にする。お前そう言ったよな」


「あ? なんの話だ」

 突然の話に勇者は状況がわかってないようだ。


「木や植物に命があることを知っているか?」

 アヤカは大事なことを思い出させてくれた。


「まぁ……確かに。あるんじゃないか、一体何がいい……」


「じゃあ木を斬って、根を焼いて、経験値は(たま)まるのか?」

 勇者の言葉を遮って確信に触れる。


「……貯まらない。何が言いたい、いまそんなことが関係あるのか? レベルってそういうものだろ? 魔物とかモンスターとか、そう動物だよ、動物の命。それが経験値になる、相手が強ければ強い程、経験値は多い、そうだろ、そういうものだろ」


「命が何か、お前は知っているのか? 知らないのならお前のスキルに聞いてもいい」


「命? なんだよ、よく解らないことを言って。命乞いでもしようってのか? 安心しろオマエは死なないよ。永遠に止まったまま少なくとも周囲にはそう見える。生きて止まったまま永遠に存在する」


「俺の弟が学者でな。まぁ俺もそうだったんだが落ちこぼれでな。あー俺の話はどうでもいいか、偉大な弟はな、命を研究していたのさ」


「だから何の話だッ!」


 いらだった勇者が指に力を込めたようだ。世界最強の力を込められた刃は砕けない。曲がらない。

 そうだとも、折れなどするものか。


「お前、こっちに来る前は西暦何年だったか覚えているか? 俺はな2084年だ」


 勇者がいくらか驚いた表情を浮かべるが、すぐに仏頂面(ぶっちょうづら)になる。

「それがどうした。ここで過ごした時間からすればたいしたことではない、むしろ時間がたいして進んでいなくて驚いたぞ」


「俺の居た世界ではな、弟がある発見をしてから命というものに対する認識が変わったのさ」


「そんなことより、何をしたぁッ! 何故コレは曲がらないんだ?」


「俺は何もしていない。命だ。命の重さが刃を守っている」


「刃を守る? 殺されたのにか、ありえないだろ」


「確かにな。でも案外、命ってのはお前やレベルより俺と気が合うのかもしれん」


 俺は止められた刃を押し込んでいく、勇者は両手で刃を挟んで止めようとする。



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