第49話 VS魔弾
埠頭の高台、塔のような建物から見ても、軍艦を完全に見下ろすことは出来ない。艦橋と同程度の高さだろうか、山のような船がゆっくりと近づき、右旋回をしながら整列した左舷砲門をこちら側に見せつける。あれに攻撃されれば、この埠頭やロアーヌの城壁などひとたまりもないだろう、それだけの威力を連想させる偉容。
しかし、より目を引くものがある。広い甲板の前方、そこに置かれた砲塔らしき構造物。断定することが出来ないのはその構造物の上に鎮座するのが“砲”と呼ぶにはあまりにも小さすぎるから。
見た目は拳銃。それもオートマチックではなくリボルバー。華美な装飾を施されたクラシックな拳銃が一挺。
それが大口径、大火力の主砲を載せるような堅牢な台座に備え付けらている。
「いやいや、まさかな」
俺は思った、台座まで含めて船の装飾なのだろうと。
しかし、砲塔は旋回して、小さな銃口が俺に向いた。
拳銃程度の武器、レベルが低かった頃でも致命傷になるか怪しい。まして今の俺だ。魔法で多少の、いやかなりの強化をされたとしても、手傷を与えることは難しいのではないか。
――……「仰角よし、照準固定! いつでも発射できます」
砲兵長の声が船内に響く。
竜の話を信じるならば、海上管制保安塔の上にいる人物こそが、街からのぼる黒煙の犯人らしい。
しかし艦長はそうは思っていない、何しろ竜だ。竜こそが犯人で決まりだろう。
ではあの男は誰だ? 誰だっていい。竜は言ったのだ、あの男を殺せと、この船に搭載された最高の武装で葬れと。さもなくば次はお前達を殺すと。
さらに、その次は別の街を襲うとも言われた。国中を滅ぼすこともほのめかしていた。
つまりは脅しだ、そんな脅しをするぐらいだ、やはり犯人は竜である。何故竜はそこまでしてあの男を殺させたいのか? 何故、たかが人間に神器を使えと言うのか、まったくもって竜の言うことは意味不明である。
そもそも竜が、人の言葉を話すことが出来たことも驚きだ。酒場で聞く与太話にそういった話もあったような気もするが、今はどうだっていい。やるべきことは決まっている。
竜と一戦交えればこの艦とて無事にはすまないだろう、世界最強だと言われ、自身も艦長に抜擢されて、誇りに思う艦ではあるが、竜の飛行速度についていける程の性能はない。まぐれで攻撃が当たるかどうか怪しいものだ。戦えば負ける。
大事な船員の命をあずかる船長として、この国を守る軍人として、彼の判断は迅速だった。
あたりさえすれば、重要器官に直撃すれば、例え竜でも勝てる、数々の伝説をもった神器に魔力を送るよう指令を出した……。
「男の様子は?」
「依然、動き無し、こちらを見ています」
「よし、カウント省略。発射せよ」
実は秘かな妄想があった。主砲を撃つときは堂々とカウントし、「撃て」と大声で号令をしようというものだ。
しかしこんな事態は想定していない。たった一人の人間に向かって使用することなど。
怨むなら、竜をうらんでくれ。心の中でそう念じた。
誰も触っていない引き金が動く。独りでにハンマーがコックし、シリンダーが回る。
荒れ狂う魔力の奔流。
銃身が指向性を与え、そして――
光線を放つ。
超音速で放たれた灼熱が海を裂いて、埠頭を駆け抜ける。
着弾と轟音。灰燼と化した石畳、店舗、人だったものが魔弾の通過した痕跡を示す。
「やったか?」
「観測兵! おい、観測兵! おい!」
独り言だろう何言かを、つぶやいた観測兵が、やっと振り返る。
「……目標健在」
「外したのか?」
「いえ、命中しています」
有り得ない報告。観測兵の報告はなおも続く。
「目標、左の手の平をこちらに向けています。手の平に火傷のような痕跡あり、恐らく、信じがたいことですが、……その、手の平で防いだ模様!」
あり得ん、断じてあり得ぬ。
観測兵の報告を受けて艦内に悲壮感が漂う。
「観測兵、見間違いではないか? 防いだとして死に体ではないのか? 腕の一本ぐらい無くなってはいないのか?」
祈るような思いで再度確認する。主砲は伝説の武器を流用したもの。正真正銘勇者の遺物だ。これで倒せない生物など地上に存在するはずがない、存在してはいけないのだ。
「目標消失! 消えました! 見えません!」
消えた? なんだその要領を得ない返答は? やはり倒していたということか? そうだな、そうだろう。
「勝ったのか?」
艦体に衝撃が走る。比喩ではなく艦全体が揺れた。それだけではない、艦橋の天井に穴が。
――掌が熱い。感想はそれだけだ。こんなものマグナの放つ全力に比べたら玩具と変わらん。実銃とエアソフトガン程度には別物だ。
船橋で疾風となりながら修羅はそのような感想を持った。
「キャサリン、どこだ?」
死の間際で、船員のとある男は女を連想した。黒衣の女。海上で救助した女の服が妙に似ていると。あれは疫病神だ。人助けなんてするもんじゃないと――――。
見つけたキャサリンは貨物室にいた。客扱いではないが、捕虜という程でもない。拘束もされておらず、床に座り込んでいた。
道中出くわした哀れな乗組員は、道案内をしてもらった一人を除き、首をはねた。
最後の一人、つまり案内役の彼だが、今しがた感謝を込めて微塵切りにしたところだ。
「ご苦労」
今日一日、異様に労力を消費した気がする。と同時にこれで仕舞だと思うと残念にも感じた。
床に座り込んでいたキャサリンが、俺を見つけてバネ仕掛けのように、跳ね起きる。
「ダーリン! 探したよ! もう!」
「こっちの台詞だ!」
胸に飛び込んできたキャサリンを抱きしめながら思う。
明日も好きにすればいいと。ヤりたいことをヤりたい時にヤる。俺は自由だ。誰にも俺を止めることは出来ない。
そうだ、殺したければ殺せばいい。それが俺の意思だ。
キャサリンの匂いと海の香りが混じる。
その香りが突然消失。いや、腕の中のキャサリンもいない、景色も違う。何も無い無機質な空間。
これは……。
「ここはどこだ?」
「あれがマグナの言う、合格者とやらか? さて、どうかな」
独り言は、長い時間一人だった者の癖だ。
そう、長い長い時間。彼は独りだった。
彼は――
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