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第44話 帰郷

「式でもあげるか」


 部屋に備え付けの、見るからに古いテーブルにグラスを置いた。カツンという気持ちい音と同時に、やさしい琥珀色の中で氷が、くるんと回った。酔わない酒でも、気分だけ酔ったのかもしれない。そんなことを言ってしまったのが始まりだった。そもそも手がかりが何も無く、かといってレベルあげをするでもなく、エメラルドソードに近い田舎で、怠惰な日々を送っていたのがいけなかったのかもしれない。

 とにかく一言、そう口にしてしまったのだ。


「え? ほえ? ほ、本当?」


 キャサリンは大粒の涙を目尻にうかべた。いくら俺でも冗談だとは口にできなかった。一応は赤い血が流れているのだ、俺でも。


「まぁな、でもほら、まずは親御さんに会ってからだな、許しを得ないことには。ほら、な? いやこっちでそういう風習だか、わからないけど、元いた世界ではそれが常識だったし、やっぱり親御さんも孫とか気になるだろうし、な?」


 久しぶりに長い言葉を一気に話した気がする。俺は何もおかしなことは言っていない。



「そ、そうだね、親に合わせないとだね、……あたし達の子供かぁ。でもダーリンの親は」

 

 親に合わせるでテンションを下げ、子供で急上昇させる。そして俺の親で再下降。


「んなもん、とっくにくたばってるよ、そもそも戻り方がわかんね」


「わかったら戻っちゃうの?」


 今度は違う意味で涙目だ。


「戻らん、そんなことより、ひとまずお前の親だ、今何処にいるかわかるのか?」


「……故郷、今もいるよ。あっちの方」


 指さす方角は南。


「遠いのか?」


「遠いよ外国だよ、だから大変だよ」


「お前、さ。今まで聞いたことなかったけど、何かあって逃げてきたんだろ?」


 キャサリンは驚き、そしてうつむく。


「俺だってそのぐらい想像つくんだよ。絶対に帰りたくないってのなら無理とは言わない、二人だけで式をあげたっていい。でも帰って、そう、こんな俺でもいいから紹介してくれるのならば、俺は会ってやるし、頭を下げてもいい」


「だーりん……」


 ついに号泣したキャサリンが胸に飛び込んでくる。いつもならこのまま可愛がってやるが、そういう気分ではない。

 ベットで抱きしめて、頭を撫でながら続きの話をする。窓の外が(しら)むまで時間はかからなった。




 キャサリンの故郷、アーガスは遠い。

 それでもロトチャフ連邦と同程度の距離、気候は温暖で過ごしやすいらしいのが相違点か。


 ともかく南へ進んだ。遠い。竜に乗せてもらえばよかったかな、そんなことを考えたりもした。

 しかし急ぐ旅でもない、路銀も物資も十二分にある。焦りはなかった。

 

 緑というよりむしろ黒に近い森林を、切り裂いた長い道に、国境検問はある、国境を超えるには死の樹海を突っ切るか、検問を通るしかない。やましいことがあり、賢い奴ならば一度樹海に入って国境を越え、迷わないうちに道に出るのだろうが、そこまでしていく国ではないそうだ。

 空を行く俺達には関係ないことだが。


 国境を越えてもまだ南に進んでいく。キャサリンの故郷、ネアールは南の端、海の見える風光明媚な所らしい。

 途中立ち寄った村や町には、キャサリンのような刺青をいれた人を見かけた、顔立ちや肌の色も近いものを感じだ。


「これがお前の国なんだな」


「ええ、そう。でも故郷ではないわ、あたしの故郷は、……ってその話はもういいでしょ」


 アーガスに入ってから、いや、この旅が始まってからキャサリンの口調や雰囲気が変わってきていた。出会った頃のような、出会う前のような。

 それはまるで、故郷との物理的な距離の近さに比例して、昔のキャサリンに戻っていくような錯覚。

 過去になにがあったかは聞いていた。お前は、今の自分を親に見せるのが恥ずかしいのか? それとも過去の自分を、俺に見せようとしているのか?

 俺は、俺達は何か変わったのだろうか? 何が…………。


 ついに見えてきた海と町。小さいながらも活気がある、そう視覚的に思ったのは白い建物の屋根が、色とりどりだからか、それともここが、色街だと聞かされていたからか。


 港には船が見える。漁船ではない。

 その黒くて太った船には砲門がある。軍艦だ。タールを塗り固めたような黒色で、不恰好に太った軍艦だ。

 

 キャサリンは高度を下げ、街外れにバイクを止めた。

 止めたバイクから、なかなか降りようとはしない、一足先にバイクを降りた俺は、いつものようにバイクに[隠蔽]を施す。


 透明となったバイクに跨るキャサリンはどこか滑稽だ、一度目を閉じ、すうっと開く。そしてバイクからおり、地面を確かめるように踏みしめた。


「うおおおおおりゃぁぁあああああ!!」


 拳を天に突き上げたキャサリンの横で、俺は降ろした腕のさらに下、指を小刻みに動かした。

 必要とあれば戦争だな。そう思いながら。



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