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第43話 エメラルドソード

 レベル無し、色も違うし別個体だな。上空のそいつと目が合う。


「立ち去りなさい人間」


「女の声?」


「女? 竜たる私に、下等生物のような性別など存在しない」


 竜の咆哮は緑の山を揺らし、放った火球は岩盤をマグマに変えた。


「今のは警告です。何故魔素の欠片もない貴方が、私の言葉を(かい)するかはわかりませんが、即刻我等の領域から出ていきなさい」


 異世界にありがちであり、尚且つ、非常に利便性の高いスキル“鑑定”を目指した結果得た。[魔法診断]は竜の放ったソレを“火球”と診断した。

 つまりあれは魔法だ。そして今も竜は“飛翔”と“威圧”と“隠遁”を行使している。狙った鑑定の効果とは月とスッポン、ポンコツスキルでは魔法の名前しか判明しない。名前からどういった魔法か、ある程度判断できるのは救いだが。


 キャサリンがここ、“エメラルドソード”を発見してから三日目の今日。たどりついた緑の山は天に突き刺さっている。

 遠くからは雲に(おお)われて、その姿が良く見えなかったが、近づくとその巨大さと威容に驚かされる。

 バイクの限界高度より高い雲の上。そこに竜の姿はあった。


「途中で引き返した乗り物と人間同様、麓の村まで戻るといい、ここでは下等生物は酸欠で長くは持ちませんよ。まして魔法の使えない出来損ないならばなおさらです」


 そう言って竜は鼻をならす。鼻息だけで吹き飛ばされそうだ。


「親以来だよ、俺を出来損ないよばわりする奴は。まぁいいさ、今なら許してやる。まともに話さえ出来れば、帰ってやるよ」


「なめたくちをォ! きくな!」


 大口から放たれた大火球。さきほどまで立っていた足場は爆発四散。空へと身を投げ出した俺に、音速を超えた翼が衝突する。

 

 ゆるやかに回転する俺は、高層ビルから落下したかのように、緑の崖にそって、垂直に落下している。


「羽のないハエのくせに頑丈」


 空中浮揚(ホバリング)から一瞬で音速を超え、遥か彼方まで飛んでいった、竜の声だけが耳に届く。

 その姿はもう、俺の目では捉えることが出来ない。


「消えろ」


 双発の火球がミサイルのように飛んで来る。

 

 刀を緑の()()に突き立て、なんとか踏みとどまった俺は今度こそ、火球に飲み込まれた。


「所詮は話せるだけの動物」


「それはどうかな」


 欠けた月のように穴の開いた崖。上も下も半液状となった赤熱岩、燃えてなくなった靴底に代わり、素足でマグマにつかる。


「貴様本当に人間か? 変化でも使った竜か?」


「こんなイケメンのトカゲがいるかよ、ドブスが、こっちが下手に出てやれば調子に乗りやがって、つーかお前、何処(どこ)だよ」


「ここだ!」


 音どころか風も気配もなく、背後からの爪に捕らわれる。


「前と思ったのに後ろからとは、ずいぶんはえーな。第七世代戦闘機並みか」


「なにを意味不明なことを。今度こそ確実に燃やす」


 空中に放り投げた俺を火炎で追撃。竜は落下しながら俺を焼き続ける。

 高度をおとしながら、火炎放射はいくつもの雲を明るく照らしてゆく。一生懸命時間をかけて登ったのに。主にキャサリンとバイクが。

 だが、落ちるとすぐだ。二か三分程落ち続けたところで雲がなくなった。地面が近い。


「おい、トカゲ野郎。そろそろ諦めたらどうだ?」


「くそ!」 

 炎を止めた竜はその口で、俺を噛み砕こうとする。

 鋼鉄や金剛石でも簡単に潰せるだろう、かみつき。シンプルながらこの世界において、最強クラスの力が両手両足に圧し掛かる。しかし。


「たいしたことねーな」


「――!」


 上あごを押さえていた両手を、片手にする。そしてゆっくりと鞘から刀をぬく。

 重力が回復する。外からの風が口内に吹きすさぶ。竜が高度を上げ始めたのだ。

 首を懸命に振って、外に俺を投げ出そうとする


「うぉらぁぁあ!」


 千載一遇の好機。外に出されたら攻撃の機会を見失う。上あごに突き刺した刀を、(つか)まで入れとばかりに押し込んでゆく。


 竜の首ふりが横振りから縦振りへ。案外元気じゃねーか。

「歯医者はお好きかい?」

 ()()()()()()()()()[武装作製(クリエイトアームズ):壱]を使用する。


 いかなる原理か不明だが、牙に穴が空き、牙から棍棒が生えた。この世に元々存在していたものより、スキルで創った物の方が優先された。

 時間がかかるゆえに、これまで実戦で試したことはなかったが、[武装作製(スキル)]が、この世でもっとも神聖視される生物の身体すら、(ないがし)ろにすることを観測した。


「痛かったら手をあげて下さいね~」


 その調子で口内のあらゆるところに棍棒をインプラントしてやった。歯の本数なんて目じゃない、あらゆるところにだ。

 竜が手をあげたかどうかなど当然見てはいない。見たとしてもいう事は「おろしてください」しかない。そういうものだ。

 口内はさながら、崩れ落ちた橋のようだ。

 血の河が滝となって地上へ流れ落ちる。


「まさに出血大サービスだな」


 口内の、いたるところからの血で、服がベタベタだ。シャワーを浴びたい。あたたかい水でだ。

 まだ竜は死なない。出血多量という言葉がこの生物には当てはまらないのだろうか?


 ならば――壊すのみ。


 肉の壁から柄をつかみ、一気に引き抜いた。手抜き工事、もしくは治療のせいで脆くなった上あごが崩落し、血と肉が落ちる。そして――。


「ふん!」


 頭蓋と脳を貫き。竜の頭頂部から血と脳髄にまみれた俺が噴出する。見たことはないが、さながら出産のようだ。


 これで俺もレベルアップという生まれなおしを……しない?


 あろうことか竜は、脳天から血を流し、墜落しながらも死んでいない。それどころか、傷が塞がってゆくのが見て取れる。

 空中でなんとか体勢をつくり、棍棒や切羽を作り出して投げつけるも、やつの巨体さからすれば、爪楊枝で刺された程度の痛みも、あるか怪しい。


 胴体着陸と言うにはかなり荒々しく、隕石が落ちたような巨大な窪地(くぼち)とそこから伸びた片側八車線無舗装道路を形成して、竜は動きを止めた。


 それと比較すれば、かなり上品な着地をした俺。


「脳を破壊されても死なないとはな」


 せき込みながら大量の棍棒を吐き出す竜に話しかける。


「おい、トカゲ野郎」


ビクつきながらも竜は答える。

「はい、もう何でも話します。許して下さい。こんな強い人間は勇者以来です。逆らわないから、もう何もしないで下さい」


「ダメだ」


「え??」


 絶望的な表情をする竜の翼をつかんで引きちぎる。

 竜が、最大限ダダをこねる子供のような悲鳴をあげる。そのサイズに相応しい音量と音圧で。


「飛ばれたら厄介だしな、いい素材になるだろうし、コレもらうわ。で、話だが、レベルを持った竜を知らないか?」


「うううう……レベル?」


「知らんのか? じゃーあれだ、誰かを殺して突然強くなった竜を知らんか?」


「強くなった竜ですか、でしたら昔勇者と行動を共にしたものが、通常の竜より強くなったという話を聞いたことがあります」


「勇者ってもう、それ大昔の話だろ? ん? まてよ、さっきお前勇者以来とか言ってたが竜は何年生きるのだ?」


「寿命という意味では無限です。私も誕生から五千年は経過しているはずです」


 改めて竜の異常なスペックに衝撃を覚えるが、それは大事な話ではない。それからいくつかの質問をするが、レベルを持ったあの竜が今何処で何をしているかの手がかりはなかった。


「じゃーな、もう悪さすんなよ」


「悪さなんて私はしてませんよ」

 

 片方の翼が中ほどから千切れているが、竜は問題なく宙に浮いた。

「なんて言ってるか解らないけど竜さんごめんね。ウチのが迷惑かけたみたいで」


 地上の俺達を発見して、途中から合流したキャサリンがなにやら勝手なことを言っている。


「それじゃ私はこれで失礼します。それではさよなら、……修羅さん刺青さん」


 そういうと竜は薄暗くなった空に向かって、輝きだした星星(ほしぼし)に向かって。流星のように飛んでいった。


「あいつ……知ってたのか?」


「何を?」


「いやなんでもない、それより新しい素材手に入れたぞ。これで二着目を作ってもいいし、売って金にしてもいい」


「それだけの大きさだと、裁縫とか何かと人手があったほうが便利だね。よかったね近くの村を、その……アレしなくて」


「さて、そいつはどうかな。アイツ等の大事な神様の羽だからな、また魔女裁判的なことになったら」


「はいはい、わかってますよ、そうならないように私が話すから、私が。ダーリンは『ハイそうです』だけ、言っといて」


「へいへい」



 飛んでいく竜はネットワークに新たな情報を共有した。


「ハイシャキライ、ハイシャコワイ」


 エメラルドソードの山頂では、空の暗さより黒い影が多かった。片翼がその影にならぶと巨大な影達は、音も無く空に散っていった。


 

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