第42話 竜を探して
手に持ったクワが、こぼれ落ちるとこだった。
こんな田舎じゃ滅多にお目にかからない、若いべっぴんさんが来なすった。
最近の都会じゃ刺青が流行っているのだろうか、やや褐色のまぶしい笑顔と、細い手足に走る黒や赤の線が印象的だ。一度見たら忘れない。そういう女だ。
女はオラに言う。畑の作物を分けてくれないか、と。
自分で言うのもなんだが、オラは快諾した。そりゃあもう快くだ。うわずった声で返事してしまったかもしれない、ちょっと心配だ。
そうすると女は、笑顔をいっそうまぶしくした後、少しだけ間をおいて上目遣いでこういった。
谷が見える。大きい。
「今夜、泊めてもらっていいですか?」
オラ、今までの人生で一番アタマ使ったよ。
この村で一生独身で過ごすのかと考えてたし、同じ村のダゴサクには能無しだってバカにされるし、隣村のミキさんからは女心が解ってないって、言われるオラだけど。このチャンスをものにして、ゆくゆくはお嫁さんになってもらう。
こんな田舎に流れ者が来るときは、大抵辛いことがあって旅をしてるはずだ。今夜は特製の鍋にして、そして、そして……。むっふっふ。よーしよーし。凄い考えた。今一瞬で将来設計っていうやつ考えたよ。待ってろよ、オトン、オカン。来年か、再来年には孫の顔ば見せちゃるけん!
オラは言う。今までの人生で一番のキメ顔で。一番のイケてるヴォイスで。
「おー今夜と言わず何日も泊まっていってくれー。何も無い村だけど飯だけはうまいー。オラに任せとけー」
決まった! 完璧に決まった。結納は牛がいいかな? それとも鶏か?
「だーりーん! いいってよー」
うへへ、ダーリンだなんて気が早い。それにしてもいい響きだべ。
でも何で後ろに向かって言うんだべ?
上目使いで、谷間をまだ見せてほしいんだげっちょ。
「――お前、また変なことを言って、変な気を持たせたんじゃないんだろうな?」
「違うよー。普通にご飯と宿のお願いをしただけだよー」
「そうか。まぁ俺に敵意燃やすでもないし、落ち込んでるだけだし、……勝手に舞い上がったパターンか」
あれから俺とキャサリンはひたすら東に進路をとった。
キャサリンの魔法で毎日のように村や集落を見つけて、キャサリンが村人にお願いして飯と宿をもらう。相手が男なら九割はおちる。
幸いと言うべきか解らないが、殺しはせずとも生きていける。この国の連中は簡単に人を信用する。簡単に自分のものを他人に分け与える。簡単に家の中に招き入れる。
首都からかなり離れ、海は見えず地平線が見える。それでもアヤカのような連中に毎日会うのだ。
男が単純でキャサリンが上手というのを差し引いても……甘い、甘すぎる連中だ。
俺がなんなのか知らないらしい。
農具の手入れから戻ってきた男に聞いてみる。
「なぁあんた。騎士だか兵士だかが、お触れをもってきたことはなかったか? 修羅のムサシに気をつけろって」
「へ? ああ、へい。そういや二年だが、三年だか前に珍しく、馬に乗った兵隊がやってきて。帝都で沢山人を殺したっていう、とんでもない極悪人が逃げたから、見つけたら連絡するようにって知らせていきましたね。それがいかがされました?」
「それが男女の二人組みだという話は?」
「どうでしたかねー。なにぶん昔のこと、ですから。え? は? まさか?」
「そのまさかだと言ったら?」
「…………はっはっはっは。オラびっくりしただー。いやーお兄さん冗談がきついでさぁ。怖い殺人鬼にしては、お二人ともお若すぎますー。それにそんな悪党なら、この村なんてもう血の海でしょう」
「そうだよ。ダーリン、変なこと言って困らせたらダメだよー」
「そうでさー。それにそんな悪人ならここまで来れないでさー。この辺りはもう竜神様の領域ですわ。きっと竜神様に食われてまうー」
「竜神様?」
「旅人さん達は、竜を見たことありますかー? オラもう四回も見てるー。ありゃもう同じ生き物とは思えません、きっと神様だー」
――翌日、キャサリンが遠くに山脈を見つける。竜が住まうと言われている山々なのか。
レベルを持った竜。あいつもあそこにいるのか。
お前は何を知っているのか。
俺は、どうするのか、どうしたくなるのか。




