第39話 太陽に焼かれた悪人
空すら割れんばかりの歓声。歓喜。咆哮。狂乱。
死刑に反対し、闘いの趨勢に一喜一憂しなかった団体までも号泣し、あるいは叫び声をあげ、それまでとは様子が異なる。
なにがおきた?
「民よ! 勇者よ! そしてユリウスよ! 良く見ておけ、これが継承魔法。帝国を帝国たらしめる魔法よ! 古の時代より受け継がれてきた秘宝!」
黒く、身の丈より長い剣を抜いた王は、その大剣を肩にかつぐ。
黒い鎧が、淡く発光している。
「者共! 友を想え! 家族を想え! 国を想え! 我が剣に力をォ!!」
金色に輝く王の剣もまた、黄金に輝いている。スキルで魔素の動きを見るまでもない、帝国中の魔素でも集めているのだろうか? 可視化するほど芳醇な魔素が剣に凝縮してゆく、あれに触れたら形も残らない。
スキルによって火や水、即死や毒など、あらゆる耐性を手に入れたこの身でも抗えないだろう。
「おやめ下さい、王よ! まだまだ教えてほしいことが沢山御座います。それを使ってしまっては御身がッ!」
「よいのだユリウス、民の声を聞け。皆、新たな王の誕生を喜んでおる。わしも我が子同然に思っているお前に、次を授けることが出来て満足だ、お前ならば立派な王になる。帝国を頼んだぞ」
「……王よ、貴方にずっと憧れておりました。貴方のような騎士になりたいと。私は、貴方のような偉大な王となります。必ず」
ふざけた力だ。
王はユリウスと話しながらも意識を俺から外していない。重くて静かな闘志。これまで闘ってきた誰とも違っていて、誰よりも強い。
防御不能の技を前に、先に仕掛けたいのは山々だが……
「くそが」
思わず毒づく。良い方法が思い浮かばない。
向かえば迎撃されるだろう。
逃げるか? いや、すでの奴の間合い。
…………。
背後にせまる敵意のない足取り、肩が優しく叩かれる。キャサリンか?
「下がっていろ、巻き添えをくうぞ」
腕が前に回された、後ろから抱きしめられる。
「こうしてみると、案外背中が大きいね」
「アヤカ、お前どうして?」
「最後にお話がしたくって」
首だけを動かして背後を覗く、離れたところでキャサリンが拗ねているような、泣いているような顔をしている。
至近距離で見るアヤカの瞳には、死すらも愛するような優しさがあった。
「木こりのアヤカ、その男から離れるんだ」
ユリウスが騒いでいる。
「私ね、ムサシがしたことが、そんなに悪いことだとは思ってないの、ううん、違うね、えっとね、あのね」
アヤカは自分の気持ちを確かめるようにポツリ、ポツリと話だす。
「つまり、私は私が同じぐらい悪いことをしたと思っているの。私にも固有の魔法があって、それは木の命や心がわかる魔法。こう言うとみんな笑って信じてくれないけど、木にも命や心があるの。本当よ」
「……知ってるよ」
「信じてくれるの?」
「信じるもなにも俺のいたとこじゃそれは常識になったんだ、科学的に証明されたからな」
「そうなの、嬉しい。それでね、私は来る日も来る日も樹木達の“死にたくない”って声を聞きながら木を切り倒し、加工し、出荷したわ。木によって柱に向いてるとか、壁に向いてるとか、はたまた家具に向いてるとか、個性が色々あるの。普通の職人は、木の種類や産地による性質なんかを勉強して、あとは経験と勘で使い分けるのだけれど私は命を見て、声を聞いて、心に触れるだけで解るの。ほんとみんな色々な事を想っているのよ、家族もいるし愛している相手もいる。川や風や日差しや夜や色々なものが好きで、それらの歌を唄うこともあるのよ、みんな私に気づくと唄うのを止めちゃうのだけれど、……嫌われているから仕方ないね。私がいつも聞くのは断末魔」
王は何かを言いたげにしながらも、じっと待ってくれている。
「ムサシ、あなたと私は同じよ。他の人は違うって言うかもしれないけれど私にとっては同じ。どちらも命を狩る悪人」
「もういいだろう、木こりよ、そなたの罪は法では裁けない、修羅を庇ったことも、出会ったことも全て不問といたす。修羅から離れるのだ。これより修羅の死刑を行う」
王が、光で輪郭のぼやけた大剣をかざす。まるで切っ先から太陽でも生まれたようだ。罪を滅ぼせ、死で贖え。生まれたばかりの太陽にそう言われた気すらした。
「だからね、ムサシ、私の命を使ってほしいの。ムサシが人を殺す人で、よかったとすら思っているの。ごめんね、辛い役を押し付けて」
キャサリンが泣いている。お前そういうことか、そうなのか、それで。
「地下牢から出たら、キャサリンさんが消えちゃってビックリしてたら、空から乗り物で現れて二回おどろいちゃった。生き方も生きる理由も今はあるんでしょ。なんだか悔しい気もするけど、ずっと仲良くね」
そう言いながら腕をほどき、俺の前に向き直ったアヤカ、目尻に涙を浮かべながら瞳を閉じた。
「心中するか? されどその動き、捨て置けん!」
――太陽が空から降ってくる。――
身を焦がし、全てが光と熱に包まれた。
その中で俺は彼女の唇を捜し、そして――
そして――俺は死んだ。




