第3話 アヤカ
私はアヤカ、職業は木こり、今日の作業は昨日の続きで、切り倒していた丸太をイカダにして町まで運ぶこと。
いま最後の一本を運んでいるの、正直この作業が一番きついけどこれが終われば後は楽よ。
置き場が見えてきた。
「あら?」見慣れない人がいる、森の奥なのに作務衣(寝巻きのような薄い布の着物)を着ている、ていうか裸足だし。
「おーい」
――丸太を運んできた人物は若い女だ。髪を束ねた美女が丸太を運んでいる。少し不思議な光景だ。
何やら声を出して手を振っている、どうやら友好的な人物のようだ。
――私は声をかけ、手を振ったが返事はない。認識はちゃんとしてくれているみたいだけど。
ともかく作務衣の男性のところまで丸太を運ぶ、ぶっちゃげ手伝ってほしいのだけど見ているだけみたい。
「ふー、お兄さんこんなところでどうしたの?」
「○△□×・・・・・・・・」
「え? 外国語? どこの国の人?」
「いうひうひういあうぢういうだばwdh」
だめだ何いってるかさっぱり解らない。こんなところにいるし、作務衣だし、顔は整っているけど見るからに怪しい、裸足だし、顔は……って顔は今関係ないか。何歳かな? 同じ年ぐらいかな?
さてどうしたもんかな。
ひとまず町まで連れて行こう、こんな場所に一人にしておけない。
作務衣の人に視られながら最後の丸太を固定する。
「さぁこっち、こっちに来て下さい」
イカダに乗って作務衣の人を手招きする、言葉は通じないが身振り手振りでなんとか通じた。
川底を押す為の長い棒を持ち、イカダを川岸に固定していたロープを切断する。あとは緩やかな流れに乗って町まで下るだけだ。
穏やかな流れの川に自分の姿が映る。俺だ、やはり若い頃の自分に相違なかった。少し涙が出そうだ。神様ありがとう。本当に、本当に。
美女のレベルを確認しようと思いレベル感知を使う。[LV-]あれ?この娘もなしか、ひょっとしてレベル上げたら無しから1とかになるのかな? まぁ今は深く考えても仕方がない。
友好的な美女の操るイカダで町まで来た。村ではない町の規模だ。
町の境目には城壁のようなものがあって、制服を着た男性――衛兵の類だろう、が陸からこちらを観察するように見た。しかしそれも一瞬のこと、美女を視認すると俺への興味はなくしたのか、結局は声もかけられなかった。
町の奥まで河川は続いている、恐らく海まで続いているのだろう。
木製の小さな桟橋までくると美女はイカダを固定して、付近の建物の中に入っていく。作業場なのだろう、積みあがった丸太や薪が見える。ということは美女の仕事は林業か。
なるほど川で丸太を運んでいたのか、賢いと思うが木をぬらして大丈夫なのだろうか? 専門知識がないからよくわからんな。
ともかく今は美女についていこう。
建物の中にも伐られた木材が置かれていた、美女は壁に備え付けられていた機械と会話をしていた。どうやら通信機か電話機の類みたいだ。城壁や建物を見たときも思ったがある程度の文明は発達しているらしい。
通話が終わった、美女がひとつの木製の椅子を差し出してきた。座れということなのだろうか。椅子に座ると美女も近くの椅子に座る。そうしてこっちを視てくるので自然と見詰め合うことになる。
美しい、やはり美しい女だ。若返った今なら恋愛も出来るのではないか。
……言葉を交わしてみたい。
美女が自分で自分を指さして「アヤカ」と言う。自己紹介のつもりかもしれない。
ああ俺も名乗らなきゃな、ここまでつれてきてくれた恩人だ。自分を指さして名乗る。
「ムサシ」
自分の名を舌に乗せる。ちゃんと通じただろうか? アヤカの顔を指さして「アヤカ」と言う。アヤカが微笑んだ。アヤカが俺の指さして「ムサシ」と言う。俺も笑った。
そうしてしばらくすると制服を着た男達がやってきた。衛兵のようだ、丸腰だが。
衛兵が色々言ってくるが、俺には何を言っているか皆目解らない。代わりにアヤカが衛兵と話をして、衛兵達は納得したようだった。
それから衛兵達は俺に向き直り、一人が俺の左手を持ち、一人が右手を持った。
「アヤカ?」
不安から声が出たがなんとなく察しはついている、言葉の通じない不審な奴がいたら、例えその人物が悪人ではなくとも連絡すべきところに連絡するだろう、つまりはそういう事だ。
アヤカは俺を安心させるように優しく笑っていた。悪いことにはならないはずだ。
手枷もなく野郎二人に手を引かれてその場をあとにした。
少し、いやかなり残念。
衛兵達につれられた先の詰所でも色々質問されたが言葉の通じないのはどうしようもなく、パンとスープ、わずかな肉といった簡単な食事を提供されたあと、個室に入れられた。
ちなみに衛兵達のレベルは[-]だった。連れられる最中に確認した町の住人も同様だ。この世界はレベルとスキルのある世界ではなかったのか?
早く誰かに聞きたい、会話をしたかった。
次の日もなんの進展もない。早く言葉を覚えたかった俺は、衛兵の一方的な質問も一生懸命聞いて言葉を覚えようとした。
だが当然一朝一夕で身につくはずもなく、飯食って寝るだけで一日を終えた。
その次と、さらに次の日は質問の時間すらなかった。衛兵達もあきらめたのかもしれない。
暇すぎる。
せめて蚊でもいいから経験値かせぎをしたかったが、個室には俺以外の生物は居なかった。
挿絵はライドル様。(@S_goyu122)提供です。誠にありがとう御座います。