第37話 黒騎士
「セリアンヌご苦労だった」
「はい、聖騎士様、御武運を」
一度目は勝った。二度目は友を失った。先ほどは負けた。今度は勝つ。
私一人の力では無理だ。騎士だけでも。
それでも。
だからこそ……。
飛び出した私は、聖剣を天にかざして叫ぶ。
皆に見えるように。
皆の思いを一つに。
「我が名は、我が名はユリウス・リアン・フォン・ノール! ロアーヌの聖騎士なり! 皆の者。我は健在! 今こそ悪を討つとき。総員集結! 力を貸してくれ!!」
「「うぉぉぉおおーーーーーーー!!!」」
先ほどまで萎縮していた騎士達はもういない。ここに居るのは一騎当千、いや、万にも十万の兵にも引けをとらぬ英雄ばかり。これなら勝てる。
「へっ覚悟が決まったぜ」 赤髪の騎士が言う。
「そうだな。やってやるぜ!」 青髪の騎士が答えた。
青と赤の左右同時斬撃、修羅はカタナを鞘にしまい、開いた両の手でそれぞれの刃を握り締める。
剣にこだわらず、瞬間的に離脱する二人。そこに先ほどまで自分達の武器だった曲刀が投げ返される。
回転しながら飛んでくる曲刀を、バク転しながら掴む二人の騎士。
曲刀を投げ返す、一瞬の隙をついた怪力の騎士が岩を頭上に落とす。
岩が砕けると同時に、再度連携攻撃を繰り出す、青と赤。それにフィリップとカレンが続く。
同時に襲い掛かる四騎士の咆哮。
「おそい」
修羅は、後ろからきたフィリップには蹴りを。正面のカレンには掌底をいれて、跳躍。
青と赤は互いにお見合いする形になり、踏みとどまった。
「放て!」
私の号令とともに数々の魔法や矢が飛ぶ。騎士だけではない。兵士や駆けつけた戦士もいる。矢も魔法もない者は、剣でも何でも投げつけた。
空中では逃げ場はなく、修羅はカタナで攻撃を跳ね返してゆく。戻ってきた矢じりにこちら側にも被害が出る。
されど、修羅とて全てを防ぎきることは出来ない。圧倒的な物量が空中に集結し、修羅を押しつぶしてゆく。
誰かが「勝った」と言った。いや、まだだ。
これで倒せるような相手じゃない。だから力を。ありったけの力を聖剣に込め続ける。――
落下――
落ちてきた修羅が始めて膝をついた。
「いまだ!」
「とどめを――」
「おう!」
左腕を水平になぎ払い、盾を低く飛ばす。その後ろから神速で修羅に迫る。
修羅は下を向いている。今が好機。
飛翔する盾に飛び乗り、さらに踏み台にして私自身を発射する。全てが刹那の出来事。突き出した聖剣ごと修羅を貫かんとす。
瞬間。全身をなめ回す悪寒。無限に等しいほど、引き伸ばされた時の中で修羅が嗤ったのが見えた。
その左手は鞘を。右手は柄を握っている。
低い膝をついたままの、その姿勢から技を繰り出そうというのか?
いや、絶対に間に合わない。こちらが早い。
しかし身体が死を確信している。
目が合う。
――『死』そのものと目が合ってしまう。
攻撃を捨てて防御。きっとだめだ。聖剣でも防げない。
ゆっくりと、ゆっくりと鞘から白刃が姿を現してゆく。
それより更に遅く、聖剣を太刀受けの構えへと移行してゆく。
みんなすまない。私が弱いばかりに。
――ズガンッ
静止した時間は、黒く巨大な剣、に破壊された――
あの日の剣が地面に立っている。深く、突き刺さっている。
修羅と私の間に。あの日見た大剣が。
修羅は動きを止め、再度白刃を鞘に納める。
私は後ろえりを掴まれていた。鎧の襟の部分だ。
「王……」
あの日見た、黒い騎士がそこにはいた。
「ユリウスよ、大義であった」
私をおろした黒い騎士は、静かに言う。兜の下から出る白髪は以前より長い。
「……貴様が親玉か」
「親玉? はっはっはっ。いかにも。我は王。我こそ帝国そのものである」
引き抜いた大剣を肩にかつぐと、黒い騎士は、無骨な鎧と同じ無骨な言葉を話された。
されど、その気配はまさしく王、そのもの。
荘厳で気高く。絢爛であり洗練。
「小僧、いや修羅よ。我が軍門に降らぬか?」
誰もが予想外の言葉。今度は修羅が大声で笑い出す。
その様子をいつの間にか地下牢から出てきた、刺青と木こりが見ている。国の一大事に、警備の者が、持ち場を離れたのだろう。
「笑うか修羅よ。すきあり!!」
「ねぇよ!」
……恐ろしい剣の冴え。聖騎士であるユリウスをもってしても見えなかった。
大剣という鈍器のような得物を扱いながらも、その技はひたすらに無駄がなく、美しかった。
その一撃を修羅もいつの間にか抜刀していた剣で受け止め、――否。
受けはしたものの、止めきらずに吹き飛ぶ。
城の一部を大きく破損させて、なおも一直線に飛び、塔の壁にぶつかってようやく止まった。
なんつう重い剣だ。[武器強化:弐]が済んでなかったらヤバかったな。




