第33話 転位魔法の騎士
ロアーヌ帝国北側の街道、監視拠点まで徒歩で10日といった距離。その道を殺人的加速で突き進む影があった。
騎士の名はアウゲンスト=ペルシュベルン。鉛色のローブを身にまとうその姿は騎士というより魔法使いのそれに近い。彼は今、特殊な乗り物に乗っている。
正確には、地面から少し浮き上がるだけの機能しかもたない、魔道具だ。
その推進力は魔道具を引く綱の先端、竜の次に速く飛ぶと言われる男、異端のユーグリットである。
絵面としては巨大な、かまぼこ板の上に男が乗っていて、それをスーパーマンが引いているような滑稽なものである。
しかし彼等は真剣そのもの、特にアウゲンストはこの任務に命を賭けている。
王の勅命は二日前、自分の人生最大の仕事となるのは疑いようがなかった。なにしろ聖騎士の命がかかっている。
――星詠み姫・王女モリニカの魔法が、聖騎士ユリウスの死を予見した、上空から襲来した黒づくめの男に両断されると。
王女の魔法は占いのようなもので、二年先から六割の確立で不作が続く、とか。盗賊がロアーヌの南側の何処かの町に来る、かもしれない。
といった不確定なものだ。
しかし具体的に誰かの死を予見した場合は、少々話が異なる。
何も手を打たなければ、必ずそうなる。
手を正しく打てば回避出来る。
過去の事例では、そうであった。
作戦は単純。協力してもらったユーグリットに、聖騎士ユリウスの所まで運んでもらい、聖騎士を連れて帰る。それだけだ。
その為に、アウゲンストは呼ばれた。
――「チンピラのムサシを今後は識別名『修羅』とする。ロトチャフ連邦国は離れたらしいが、まだ付近に潜んでいるかもしれない。重々注意するように、私は帝都に帰り、王に報告する」
「ハッ! 承知いたしました。聖騎士様もお気をつけて」
拠点を離れて帝都に向かう。王に修羅の脅威が、想定以上であることをお伝えせねばならない。
「修羅め、必ず見つけだしてやる」
決意を新たにした帰路の途中、前方から接近してくるユーグリットとアウゲンストを視認する。
魔力を使い果たしたのか、異端のユーグリットはその場に倒れこむ。と同時に今度はアウゲンストが全速力でこちらに駆けてくる。何か急ぎの用があるとみた。
こちらもアウゲンストに駆け寄ろうとして、考える。
伝令であればアウゲンストでなくても良いはずだ、彼の魔法は……長距離瞬間移動。
そう転位だ。
だとすれば私を転位させるために? どこに転位するというのだ?
いや場所は重要ではない、何故私が転位させられるのか?!
答えは……
「そこか!」
上空を睨んだその先に、太陽を背にして修羅が落ちてくる。
聖剣がまばゆい光と共に鞘から放つ。下段からの一撃はかつてのチンピラであれば命がない、少なくとも殺しても構わない、そういう気構えは済ませている!
――――!!!!
ぶつかったのは二つの剣。音はその何千倍の質量が衝突したかのような不協和音。衝撃で足が地面に沈む、それでも足りず大地がひび割れる。
重い、重すぎる。
衝撃を反発力に変換したのか、修羅が遠くへ跳躍。着地するやいなや姿勢を低く下げ突進の姿勢。
迎撃しようと剣を構え……腕が上がらない!
視線を外している場合ではないと理解しながらも、自らの手を見る。籠手はまだ聖剣を握っている。しびれてはいるが指は動く、よかった。腕も手もまだちゃんとついている。
……いや、最悪だ。聖剣が、王より賜ったロアーヌの宝に亀裂が走っている。
殺気が空気を塗り替える。私の周囲だけが暗闇になったような錯覚。
やはりかつてのムサシとは別格。
「いけっ!」
左手の盾を飛ばす。自動防御の魔法に従い、盾が修羅との間に割って入る。
「邪魔だ」
盾が簡単に弾き飛ばされる。ありえない、どれだけの攻撃を与えられてもビクともしなかった盾が。
飛ばされた盾が、再度立ちふさがろうと猛スピードで空を飛ぶが修羅の速度はまるで瞬間移動。比較にならない速さで間合いが潰されていく。
黒い殺意が近づく、空気の重さで呼吸が出来ない。陸で溺れる。
感じたのは聖騎士にあるまじき心の弱さ。剣にひびが入るなど、あってはならぬこと、されど我は……。
「覚悟!」
「ユリウスーーーー!!」
二つの叫びと人影が、目の前で交差する。――――
――――凝縮された世界が再生する。
「ここは……」
見覚えがある景色に安堵する。飛び込んできた人影はアウゲンストだ。
こいつの転位に助けられた。
「ありがとう助かった」
「へっ! いいってことよ、これで少しは借りが返せたな」
アウゲンストの口調が普段の硬いものではなく、同じ一兵卒時代のものになっている。
「――!! 誰かー! 誰かおらぬかぁー!」
「聖騎士がうろたえるな、そんなことじゃアイツに勝てないぞ」
「アウゲンストッ! お前、血が、血がこんなに」
「今回は勝負の邪魔しちまったがよ、なに、次勝てばいいさ。次は邪魔しねぇからよ。……なぁユーリ」
「しゃべるな、今人が来るからな。クソッ! 俺に回復術があれば」
「本当は一発で帝都まで行きたいとこだけどよ、俺の『転位』じゃこの村が限界距離でな、まぁあとは自力で帰ってくれや」
アウゲンストが転位陣を作ったのは、村はずれにある納屋の中。
声を聞いた村人が駆けつけ、多くの人に見守られながら騎士アウゲンスト=ペルシュベルンは旅立った。
「……お前は任務を立派に果たした。次は私の番だな」
友の血だまりの上に立ち上がる。手のしびれは遠く、怒りと悲しみで胸が震えていた。




