第32話 聖騎士は修羅を追う
私は単独北へ走る。
報告を受けた王は私の気持ちと正義を優先し、国防の要である自分を送り出してくれた。
朝も夜も馬より速く走り続ける。
口頭による報告と書簡の内容からして『修羅』はムサシである可能性が高い。
調査兵では勝ち目はないだろう。魔法の出力を上げる。
「聖騎士殿に敬礼!」
「ご苦労」
挨拶をそこそこに済ませ本題に入る。情報の更新はなく調査が必要だ。
拠点より先へ、山脈へと向かう。
――臭い。腐敗臭がする。それと血の匂いが。
川は赤く染まっている。肉片が、身体の一部が川に流れている。
上流の様子は、見なくても予想できる。
スラムでの光景が、否応なしに重なる。
「どれだけの、人を、殺したというのだ!」
更に進み、国境を渡る。その足が重たい。まるで何万、何十万と死者の群れが、足にしがみついているようだ。
「殺した本人にしがみついてくれ」
死者を慰める言葉より、敵を呪う言葉が舌にのる。
止めなければ、止めなければ。
あいつはまだ生きている、どこかで笑っている。この惨劇を、悲劇を繰り返してはならない。
見つけて、今度こそ始末する。
赤く染まった氷の道を越え、ついに連邦領まで入ってしまった。
立派な実をつけたスワベの畑が見える。集落からは楽しそうな子供達の声が聴こえ、いつの間にか、心がささくれ立っていたことに気づかされる。
「私もまだまだ未熟」
「お兄ちゃん誰ー?」
「うわーキラキラしてるかっこいー」
「騎士だ! 騎士様だ!」
「どこから来たの?」
「その剣本物?」
村に入ってきた私を警戒していた子供達は、やがて私に害意がないことを知ると次々と質問を投げかけてきた。
私は素直にロアーヌの騎士であること、勝手に連邦領に入ってすまないと思っていること、戦争の意思がないこと、そしてムサシという殺人鬼を、探しに来たという事を伝える。
ムサシの名を出すと、子供達は憧れとも怯えともみえる反応をする、それと口々に修羅様という呼び名も。
私は子供達から詳しい話を聞いた。子供達の話を統合すると、ロトチャフ連邦で起こった出来事はこうだ。
・ムサシが議会と軍事基地を襲撃し、さらにホテルを占拠する
・ムサシが国民を間引くと言い出し、大統領が国民に逃げるようにうながす。
・逃げた国民をムサシが殺す、道中で大人達は子供だけが殺されないことを知る。
・大人達の一部が子供を身を守る道具として使い出す。そしてその流れが伝播する。
・子供を守ろうとする親からも子供が取り上げられる。
・そしてムサシは大人だけを殺し続け、ついには大人全てを殺す。
・残った子供の為にスワベの畑を作り、この地を去った。
子供を救う、なんの目的で? 記憶にあるムサシのイメージと一致しない。
しかし畑にある、人だったものが子供達の話に嘘がないことを悟らせた。
そしてなによりも重要なのは、もう奴がここにはいないという事だ。
私は最後に子供達にこの地を離れないかと訊いた。一部の子供たちはすでに難民として保護してある。私が進言すれば君達もロアーヌで暮らすことが出来ると。
しかし、子供達はモザンに残るという。それが修羅様との約束だからと。
集落を去る。腹は減っていたが子供が「どうぞ」と出してくれたスワベを食べる気にはなれなかった。
急に王都のことが心配になった。
腐った匂いは気にならなくなっていた。そんな自分に腹が立つ。
「何が修羅様だ」
――上空――
――今度の行き先はロアーヌだと言う、そうムサシから聞いた時、まるでもう何年も帰っていないような気がした。懐かしいと思ったそれ以上に、ロアーヌに帰るという声色がなんだか優しい気がして不安になる。
あたしだけに見せてくれる優しい顔、その大好きな顔をタンデムの後ろでしている気がした。




