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修羅道 ~レベルを上げたいだけなのに~  作者: 雷然
第三章 レベルを上げたいだけ
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第31話 国家崩壊のフィナーレ

 無国籍地域とも呼べるこの一帯を、多くの人々が訪れるのは実に約300年ぶりのことであった。

 凍った地面は足から熱を奪い、谷に吹く風は身体を押し返そうとする。

 ここから先は地獄だから来るな、そう山々に言われているようだ。


 それでも進まない訳にはいかない、連日襲来する地獄の使者に比べれば、険しい山も、自然の驚異も可愛いものだ。

 大統領の言うとおりアレは悪魔だ。“間引き”の終わりを願い、歩を進める。


 ああきた、風に乗って悲鳴が聞こえる。振り返った白い視界の奥で、悪魔の影が踊る。

 誰も助けにこない谷の底は地獄に違いない、おんぶ紐を握り締めて前だけを見つめる。冷たくなった我が子だった物を後頭部に押し当てる。

 子供で作ったバリケードはやはり意味がなかったのだ。俺のように子供は()()にしなければいけないのだ。助かるのは俺だ。

 悲鳴が近づいている気がする。気のせいだ、谷に反響しているだけだ! 聴こえないふりをして早く歩く。


 数が減ったとはいえ、難民の影は巨大な蛇となって谷底を()っている。まだ自分の番じゃない、今日もきっと助かる。ロアーヌまで行けば、間引きが終わればきっと助かる。そう自分に言い聞かす。


 “大合唱”の波が近づいてくる。

 

 津波は蛇を喰らい尽くした。

 




 プラチネは知らない、自分の逃がした国民達が連日殺され続けていることを。

 あの日のムサシの口ぶりからして残った国民の中から半数を間引くのだろう、それぐらいは理解できた。

 いまや国民は極わずか、残ったら二分の一で殺されるのだ。現状は自明。

 

 国家の存続は危ういが、後悔はない。

 自分を犠牲にして多くの命を救った私は英雄的だ。最後の大統領プラチネの名前は後世に語り継がれるだろう。

 ――そう考えていた。


 プラチネは知らない、この地で英雄として語り継がれるのは子供を救った修羅であることを。自身の名前は愚かな大統領として残ることを。



 寒冷地仕様に品種改良されたスワベは、短期間で実をつけた。

 以前もスワベは植えられていたが、ロトチャフ連邦の冷たい土地では成熟できなかったがために、連日主食の役目を果たすことはこれまでなかった。――ムサシのスキル[植物作成:壱(クリエイトプランツ)]によって品種改良を受けるまでは。

 大人達から逃げることが出来た子供達が新種をほおばる。

 モザンの付近は農地となった。

 積みあがった死骸もいい肥料となるだろう。

 

「修羅様、行っちゃうの?」

「ああ、やることは終わった。次にここに来るのは()()の時期だ」

「ここで遊ぼうよ食べ物もあるしさー」

 ムサシは子供達に囲まれている。

「みんなその男に騙されているのよ! 悪いのはそいつよ!」

「おーお前はしっかりしてるな。同じ歳ぐらいの女の子は()()()()になっちゃったのに」

「黙れ! お前さえこなければ誰も死ななかったんだ!」

「俺を殺したいか? だったら強くなれ。それが俺の(えき)になる。いいか? お前達もだ。冬支度はちゃんとしろ、子供を沢山つくれ、食べ物も管理しろ、雪狼はあらかた殺したが油断するな、備えをしておけ」

「うん、判ったー」

 口々に声を揃えて子供達が言う。

 その目はキラキラしていた。


「おーし、じゃあ行くかキャサリン」

「はーもったいなかったなー」

「まだ言ってるのか」

「何もジブラルドまで殺すことなかったじゃない。無理やりにでも連れてくれば料理くらいしたんじゃない?」

「今度はあのホテルより良い場所用意してやるよ、それにあいつはホテルの客でなきゃ仕事しないさ」

「あーもっとゆっくりしたかったー」

「ゆっくりしてれば? モザンも悪い場所じゃないだろ、子供達もお前に懐いていたじゃないか」

「はー」

 やれやれとキャサリンが気の抜けた声を出す。まるでこの男は何も解っちゃいないとでもいう風に。



 


 ……スラムの住人が虐殺されてから帝国が何もしなかった訳ではない。

 夜襲に備えて連日守りを固め、それと同時に指名手配を行なった、ただし手を出してはいけないとの厳命付きでだ。

 どこかで足がつくはずだ、血の足跡(あしあと)が。

 時が()てど、ムサシ達を見たとの情報はなかったが、不審な事件が北へ伸びていることが解ってきた。

 ムサシ達の足跡(そくせき)に違いない。聖騎士ユリウスはそう判断した。


 無国籍地域。帝国の発行する地図では、この辺りもロアーヌ領ということになっている。その一帯で足取りが途絶えた。

 ここから先は敵国だ。戦争は終結した形になっているが、お互いが疲弊して干渉しなくなっただけだ。

 停戦協定もなにもしておらず、地図上では自国であってもこの地域には寄り付きたくなかった。


 そこから離れた集落。

 ロアーヌの中で最北に住む人々は調査兵が(おもむ)いたころには骨になっていた。

 (むくろ)を手厚く供養したあと、その集落を監視拠点として帝国は運用する。

 

 時が経ち、山脈から吹き降ろされる風が、厳しさを弱めた頃。異変が訪れる。

 

 無国籍地域で助かった子供の全てが、モザンに戻ったわけではなかった。

 少数ながらロアーヌ領まで辿り着いた子供は幸運にも拠点で保護される。

 そして彼等は証言する。


 ――「修羅が来た」と。




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