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修羅道 ~レベルを上げたいだけなのに~  作者: 雷然
第三章 レベルを上げたいだけ
31/55

第30話 国家崩壊のスケルツォ


――かつての町にて。


「それでね、壇上に上がった大統領が言うのさ、みなさん逃げて下さい。全部嘘なんです。ごめんなさいって」

「ほんと、バカ大統領だよ、おとなしく修羅様の言うことを聞いていれば良いものを」

「そしてね、本当は勇者の生まれ変わりでもなんでもなく、コイツは悪魔だって、ただの殺人鬼だって叫ぶのさ」

「お母さん、それでー? それで大統領は殺されたの?」

「いいや、修羅様は誰も殺さなかったさ、約束を破ったのだから、その場で殺されても仕方ないのだけれど修羅様はただ微笑んでこう言ったのさ。今、親愛なる大統領閣下の言ったとこは全て事実です。国民の半分を間引きします。ってね」

「そうして逃げた、みんな逃げたさ、ママもパパも、あたしを置いてね。物陰から出てきたときには誰もいなくなってた。そりゃ人の流れに押されてどこか行ってしまったのかもしれないがね。戻ってきてちゃんと国民の一人として、殺されるべきだったのよ。パパもママも、みんな逃げるべきじゃなかった」

「あたしは聞いていたよ。あたしみたいな()()が居ることに、お気づきになっていたかはわからないけど、『国民の半分を間引きします』ってもう一度おっしゃたのさ。ホント、大統領はバカだよ、大人達はクソだよ」


「おーい、一緒に遊ぼうぜ」

 少女に声がかけられる。声をかけた子供達は、目をキラキラさせてボールを蹴っている。

「だめだよ、お姉さんは人形遊びしてるから」

「それもそうだな」


 子供達はまたボールを蹴りはじめる。

 ボールからギョロっとした玉が転がり出す。夢中でボールを追いかける子供達は玉を踏み潰したことにも気づかない。

 ボールにはまだらに毛が生えている。

 ボールは子供達が蹴っているひとつだけではない。

 高く積まれたゴミにはボールがたくさん。

 本体とお別れしなかったボールも多い、破れているボールもある。


 季節は春になろうとしている。あたりは臭い。すっぱい匂いだ。


 少女には少年達の声が届かなかった。もう誰の声も聴こえず、姿も目に入らなかった。自分が誰なのかすらも判らなかった。 

「お母さん、お母さん、うはははははははははははは」



「……愚かなことを」

 中央と呼ばれていた都市。そのなかで一際目立つホテルの屋上から下界を見下ろしていた男が、あの時と同じこと言った。

 あの時。

 ――そう、大統領がムサシの横で絶叫した時、ジブラルドは中継をみていた。

 ホテルのバーにいたキャサリンも「ばかね」と小さく(つぶや)いた。




 ……言った。言ってやったぞ。

 愛する国民が、我先へと逃げ出す。なんの罪もない彼等が死ぬことがプラチネには耐えられなかった。

 これでいい。約束は破る形になったし、自分が殺されたあとで悪魔は国民を追撃するだろう。それでもなにもせず国民を差し出すよりはマシなはずだ。あとは少しでも時間を稼がねば――。

「おい、ババア」

「は、はい」

「善意は人を救わない、政治家なら知っておくべきだったな。人を救えるのは力だ。権力・財力・精神力や体力でもいい。それを正しく使うことだ。そしてお前は正しい力の使い方を知らなかった」

「……あなたはソレほどの力がありながら誰も救っていないではありませんか?」

「いいや、まず俺自身を救っているさ。それに貴様の国民も半数は豊かな暮らしを得られ。半数は生き地獄から脱出できる予定だった。さぁ大統領。約束を破った罰だ、俺はお前を殺してやらん」

「え?」

「そして逃げた奴も今日のところは追いかけはしない」

 中継はまだ途切れてはいない。空に浮かぶ魔道具はムサシ達の姿と声をしっかりとらえている。


「国民の半分を間引きします。本日は国民が逃げ出してしまったので、日時はまた改めてご案内します」



「だーりん、お疲れ様ー」

 部屋に戻るとキャサリンが抱きついて来る。

「おーただいまー。明日から谷に行くけど留守番してるか?」

「ちゃんと帰ってくるんでしょうね?」

「当然だろ、お前のところに帰ってくる」

「じゃあよし! 美味しいものでも食べて、待ってるわ」

 前までならば何処へでも、ついていこうとするキャサリンだが、快適なホテルを気に入ってくれたようだ。あるいは少し、俺のことを信用するようになったのかもしれない。

「念のために確認するが、団体様はどっちに遠足に行った?」

「えーとね、あっちよ。谷の方角で正解ね」


 散り散り(ちりぢり)に逃げた人々は、次第に一塊の難民となって南に進んでいった。

 すっかり雪狼(ユキオオカミ)の縄張りと化した町。ウラストに久しぶりの人間がやってきていた。

 人の味を覚えた彼等は容赦なく難民を襲う。

 簡単に獲物にありつけた町だったが今回それまでと状況が違った。

 まず子供と違い身体が大きい、そして何より数がとてつもなく多かった。

 始めこそ何人か仕留めることが出来た雪狼達だが次々と反撃にあい、新しい住処(すみか)は人間達に奪還されてしまった。

 湖のある丘まで逃げてきた雪狼。その白銀の毛並みが、突如赤く染められる。

 一月ほど前に、ここで2頭の雪狼を斬った刀が陽光に(きら)めく。

「まだここだったか、山越えは無駄だったな」

 レベル5以来の単独行動で先回りをしたムサシは、ロアーヌ領に近い無国籍地域から川沿いに北上し、ウラストまで戻ってきていた。

 国境を(へだ)てる山脈は天を突く絶壁で、難民達が越えるのは事実上不可能といえる。唯一の道は谷底にある川で、春になるまでは氷の道として機能していた。

 その道を北上してきたのである。

 難民達の先頭を確かめたムサシは、出番が早すぎることに肩を落とす。

 別に約束なんてどうでも良いが、自分の立てたプラン通りに物事が進まないのは気持ちが悪い。かといって難民が国境を越えるまで待つのも億劫だ。

 悩んだムサシはこう決断する。


「一日で全部処理するのも面倒だし、適当に減らして一旦帰るか」


 必死に逃げてきた難民達に死神が襲い掛かる、不公平な死神は大人だけを殺す。

 百。

 千。

 万。

 前回この町を(おとず)れたときを、遥かに上回る収入を得たムサシは、子供達を置き去りにして町を去った。

 人々に追い払われた雪狼だが、楽に狩れる子供だけしか町に残っていないと知れば、再度襲来することも十分にありえる。

 しかしそんなことムサシにはどうでもよかった。帰って食べる食事に胸を躍らせてドラゴンが飛ぶよりも速く中央に戻るのだった。


「ただいまー」

「え? 早っ?」

「まだウラストだったからな、また明日いくわ、余裕で追いつくし」

「ていうか足速すぎるんじゃないの? 途中で見失ったし、こんなの始めてよ」

「おー自分でもビビったわ、でも雪山はダメだな、足が埋まって走力がどんだけあっても前に進まない」

「そうなの? じゃあ次は雪を固めるスキルでも構築する?」

「へっ流石にいらねーわ。でも明日は上がるだろうからな、なんか考えとかねーと無意識下だとそのスキルになりかねん」

「じゃあさ、ムサシがわたしに甘えるスキルなんてどう? どのみちもうスキルに(たい)してコダワリ無いんでしょ?」

「もっといらねーわ、お前が御奉仕大好きになるスキルなら考えてやらんでもない」

「バカね、そんなのに操られなくたってしてあげるわよ」

「へっ」


 翌日、翌々日と結局ホテルから難民のいる場所まで通っている。豪勢な食事とベッドの価値を再認識してしまうと、終わりを引き伸ばしたくなる。

 これから先も、なんとかして維持できないものか、ワープ? 異空間に保存? そんなことがスキルで出来るはずもない。じゃあ殺す数を減らすか?

 いやいや、そんなことをしなくても良い方法があるじゃないか。

 次の目標が出来たことを喜び、今日も狩に(いそ)しむ。


 連日の狩りで獲物も学習しているようだ。今日は泣き叫ぶ子供を、手作りの盾に(くく)り付けた者がいた。

「おいおい、そんなに振り回すな、子供が泣いているじゃないか」

「く、くるな! 悪魔め!」

「おっけ、判った、判ったから盾を置け」

「じゃあお前もその剣置けよぉぉぉ!」

 言われるがまま刀を置こうとする。

「や、やっぱり剣を渡せ! 渡すんだ、このガキがどうなってもいいのか?」

 鞘ごと相手の足元に転がしてやる。それを見た男が乱暴に盾を落として刀を拾おうとする。

「ぷッ!」

「――!!」

 吐き捨てた(つば)が男の身体を貫く。

「汚い手で触れるな」

 縮地(しゅくち)は無音、抜刀は神速、納刀は悠然。四分五裂(しぶんごれつ)になった、俺よりマシな外道。

 ――『テレテーテーッテテレー♪』――

 その外道の手によって盾にされていた子供は、まだ泣いている。

「小僧、生き残りたければ中央まで戻るかモザンまで進め、ここからならモザンは近い。そして着いたならば、そこから先には行くな」

「おじ……お兄さん、いい人なの?」

「そんなわけあるか、大人が言うように悪魔とさして変わらん」

「でもボクを助けてくれたよ、それに子供は殺さないって聞いたよ」

「子供でも殺すときだってあるさ、それに悪魔も人助けをするかもしれない、どうする? 俺のいう事をきいてみるか?」

 レベルは29、28個目のスキルは[植物作成:壱(クリエイトプランツ)]

 子供はうなずき、立ち上がった。

 その目には輝きがあった。

 

 


長くなりすぎたので30話を分割してます。

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