第28話 国家崩壊のプレリュード
我が国は貧しい。山に囲まれた大地の春はあまりに短く、農作や酪農には向いてはいない。
それでも生きてゆく為には避けて通れない産業だ。増えてゆく人口に負けないように必死に第一次産業を発達させてきた。
それでも土地には限界がある、食べ物が足りない。民はひもじい思いをする一方だ、いつか内戦が起きてもおかしくはない。
論理的に考えて結論は一つしかなかった、すなわち南下政策である。
南の山脈を隔てた国、帝国ロアーヌ。その領地を奪わなくてはならない。
議会の承認を得た私は軍備を増強した。
兵器を開発させ、駐屯地を南の町々に伸ばした。
来期にも準備は整うだろう。
いよいよ、いよいよだ。
その日は次の前線基地の立地計画について議論していた。下院のバカ共はこの期に及んでも軍備をケチろうとする。
兵站の重要性をいくら説いても理解しようとしてない。
――――でも、そんなこともう私には関係ないか
……だってもう私は死んだのだから。
「落ち着いて、落ち着いて避難して下さい」
街のどこからかそんな声が聞こえた気がした。
ホテルの中は静かで街の音がよく通った。
普段は金持ち連中しか宿泊していないであろう、このホテルの客は今は俺とキャサリンだけだ。
別に誰も殺しちゃいない。今日はもうゆっくりしたかった。
多少怪しい格好をしている自覚はあったが、先払いで金を見せたところ客室に入ることが出来た。
問題はその後だ。
俺が暴れたことは既にニュースになっていたが、面が割れたのはついさっき。
空にでかでかと映像魔法が映し出され、俺の顔がアップになる。
いつの間に撮られたのだろうか、ニュースでは俺が議会と軍事基地を襲撃した首謀者として紹介されており、また単独犯の可能性が高く、高度な魔法技術をもった凶悪犯として紹介されていた。
あと大統領が無残な姿になったとかなんとか。
画面が切り替わったあと、戦争をしようとしたから悪魔を招いたのだとスタジオのコメンテーターが偉そうに語っていた。なんだかむかつく奴だ。そのうち死なす。
で。ホテルはパニック、逃げ出した従業員の証言で一帯は封鎖され、付近の住人は避難しましたとさ。
「腹へったな」
このぶんじゃルームサービスも、ホテル内のレストランも使えないだろう。
勝手に厨房を使わせてもらおうとベットから立ち上がったときに、遠くから僅かな足音がしてきた。そしてそいつが部屋の前で止まり、ドアがノックされる。
「大変遅くなりました、ディナーをお持ち致しました」
ドアを開けた先には、ビシっと正装でキメたナイスミドルがカートを押してきていた。平たいカートの上にはズラっと料理が並べられている。
「貴様は?」
「申し送れました。私は当ホテルの支配人を勤めております、ジブラルドと申します。以後お見知りおきを。ささっ料理が冷めてしまいますので、まずは召し上がり下さい。後ほど下げに参りますので一旦失礼致します」
そう言って料理を部屋に残したジブラルドは、ドアで振り返り一礼をして去っていった。
「ダーリンこれオイシー」
「ちょ、お前。まずはスキルで安全を確かめてだなぁ――」
料理には毒など入っておらず、普通にうまかった。腹が減っていたこともあり、俺とキャサリンはデザートまで平らげた。
そして神経を研ぎ澄まし音を聞く。
コンコン・コンコン。4回ドアがノックされた。ノックのリズム、足音、脈拍。ジブラルドのものだ。
無言でドアを開けてやる。
「食べ終わった頃だと思いまして、参上致しました」
「ああ、今しがた食い終わったところだ。実に旨かったぞ」
「お褒めに預かり光栄です。なにぶん当ホテル専属のシェフが逃げ出してしまったもので久方ぶりに腕を振るわせて頂きました」
「元シェフだったのか?」
「はい、最初は厨房の見習いからでした」
「ほう、それで今は支配人か、大したもんじゃないか」
「いえいえ、とんでもないことです。部下一同が逃げ出してしまったのは私の教育、あるいは人望に問題があったのだと猛省している次第であります」
「あーやっぱ皆逃げちゃったんだな、お前以外」
「左様で御座います。伝統ある当ホテルを束ねる立場として深くお詫び致します」
「ふむふむなるほど、ところでお前は逃げないでいいの? 一応俺、大量殺人者だけど」
「お支払いは正しく頂戴しております。であるならば、お客様は“お客様”であります。誠心誠意、奉仕させていただくのが、ホテルマンとしてのあり方だと私は考えます」
なるほど、たいしたタマだ。俺みたいな落ちこぼれとは仕事に対する根性が違う。こういうのをプロ根性と言うのだろう。
「で? お前何が出来るんだ」
――――俺は今、大統領府大統領室にいる。
解りやすく言うと、この国で一番偉い奴の自宅の自室にいる。
ジブラルドのコネによるものだ、流石は高級ホテルの支配人である。
前大統領は俺が議会でぶっ殺したらしく、暫定的に、あるいは緊急措置として大統領になった女は、俺の目の前で目を白黒させていた。
「とりあえず座れよ」




