第26話 寒くて青い空の下で、女の細い腰を優しく抱きしめた日
「無駄な抵抗はやめて、直ちに人質を解放しなさい」
中庭から拡声魔法で増幅された声が上がってくる。
あーこっちでもやっぱりそういう事言うのか。それにしても人数少なすぎじゃないか。正確に情報が伝わってないのだろうか?
見たところ自警団と軍を合わせて100名程度。今の俺はそれぐらいじゃ1レベルもあがりやしない。
窓から死体を投げ捨てる。室内に冷たい空気が流れ込むがこの部屋には俺だけだ。
「うるせぇ! とっとと突入してこい。人質が死んでもいいのか!」
拡声魔法なんて使っていないただの大声で突入を促す。
「よ、要求はなんだ?! まずは人質を無事に解放してくれ」
分厚い軍のコートを着たのおっさんが、いまいち状況を理解していない返答をする。俺の要求は貴様らの命だというのに。
「[武装作製:壱]」
必要のない詠唱をして棍棒を手にする。外が安全ではないことを教えてやらねば。
壁を貫いた棍棒が、魔法銃を持った兵士の足に突き刺さる。悲鳴と混乱。まだ殺しはしない、あとで全て斬り殺す。
「そこは寒かろうて、早く中へ入れよ」
兵士が1人、震える銃口を向けてきた。ホント勘弁してほしい。
「やめろ、撃つな!」
おっさんの制止でなんとか兵士が踏み止まる。おっさんナイスだ、屋外で暴れるのはあまりよろしくない。
「こんなことをしても君の為になりはしない、私が力になるからそこから降りて来てはくれないか?」
交渉のつもりか? 面倒くさくなってきた。
棍棒を右手に持ち、伸ばした左手で狙いをつける。窓から下界を見下ろせば位置はわかるが、投射の構えをとると窓の下の壁が邪魔をして姿が見えなくなる。
だから、位置はイメージだ。壁の向こう側の景色を想像で補う。
想像で作り出した相手に左手を伸ばす――――そこだ!
第2射。指揮官は殺さない。応援を呼ぶっていう大事な役目があるからな、五体満足でいてもらおう。
おっさんの直ぐ横、蒸気と魔法のハイブリッドカー、その運転席。
またしても壁を貫いた超速の棍棒は、フロントガラスを突き抜けて、ハンドルと人の手をぐちゃぐちゃにした。
フロントガラスに赤いものが見える。
雪の上なら綺麗になったのに、そんなことを考える。
やるのは簡単だ。白いキャンバスに絵を描くのは、この国に入ってから無数に繰り返してきたことだ。
今回はお遊びじゃないんだ、お絵かきにはまだ早い。
遠方の町を訪問したりしなかったりしてここまで来た。
悪魔の噂がこの町まで、この国の中枢にまで届いていないはずはない。
俺の相手がこの程度の数じゃ足りないことは解っているはずだ。
それとも解ってしまったのか?
本当に本当のところまで解ってしまったからこいつらをスケープゴートにして遠方に逃れようというのか?
だとすればそれは俺の敗北に等しい。
可能性はどの程度なのか、ロアーヌを滅ぼすために長年、軍備を増強してきた連邦国が、どこからか来た異常な殺人鬼に恐れをなして逃げる。
絶対にないとは言えないが、かなり薄い線のはずだ。
中枢までやってきた異常者を確実に排除する。政治機能がマヒしたとはいえそれぐらいの妥当な判断をしてくれるはずだ。
であるならばこの少なさはなんだ? 過小評価されているのか、それとも他の狙いが?
だめだな良くわからん。
「空にもいるけど気づいてる?」
ドアを開けたキャサリンが言う。隠蔽スキルが解除され、姿が明らかになる。
「空を飛んでいるのか?」
「どちらかと言うと空に止まってる感じ? んーあっちに浮いてるわ」
キャサリンの指が示す先は天井だ。つまり俺では視認できない位置にいる。
「距離は?」
「さぁ1キロは離れてない、500メートルぐらいかな」
それだけ聞ければ十分だ、相手の狙いも検討がつく。
最上階から屋上へ出る。独りだけでだ。
広すぎる空に雪の積もった屋上のコントラストが美しい。ハエが飛んでいなければ、なおさら良い。
下の経験値袋に向けてみっともなく全力で叫んでやる。
「人質を解放する!」
「本当か?」
「本当だとも! しかし人質はほとんどがケガをしていてね! 自力では歩けない! 君達が運んでくれないか?」
おっさんが部下になにやら指示をとばす。
「わかった、今から向かう、君はそこで待っていてくれないか?」
「ああ、わかった!」
こんな寒い日に屋外で待てと言う。酷いおっさんだ。
「ふぁー」
両手を天にかかげ大きくあくびをする。
時間をかけてやった、隙もくれてやった。
遠くで誰かが「撃て」と言った。
集中しすぎた集中豪雨が降り注ぎ、屋上に赤い池ができる。
死んでいた。
俺の知る限り、この世界に航空戦力という言葉は存在しない。
対ロアーヌの切り札として空を飛ぶ魔法技術を発展させたのだろう。そしてこの国の兵士には精度の高い魔法銃が配備されている。
とくれば高高度からの狙撃が空にいる部隊の仕事だ。
小さな駆動音を響かせたバイクのような乗り物が空から降りてくる。
その内、3人がハーネスを外し、俺の姿をした死体に近づく。
同じ頃、庭にいた連中は玄関から屋内へ入ってきていた。
「おい、あれで全部か?」
「ううん、ダーリンが死んだあと2機がどっかいったよ」
屋上に繋がるドアの後ろで俺とキャサリンが話す。
「俺というか俺の分身な、はじめて使い道があってよかったわ」
ドアを優しくあけて、今度こそ外へ出る。
「それな、良く出来てるだろ? 服装まで完全再現の完コピ。しかし肝心の能力というか性能が凡人でな。せっかくスキルを得ても高望みして失敗しちゃった例だよ」
返事をできたものはいなかった。
ある者は左右分断され、あるものは上下に分割された。屋上に現代アートが出来上がる。明日には氷の彫刻に仕上がる見込みだ。つららからまだ新しい血が滴り落ちる。
創作活動に満足し屋内に戻る、もう一仕事しなければ。
「じゃあキャサリン、今度はここで待ってろ」
屋上へと繋がる階段を切り落とす。これで万が一見つかっても時間は稼げるだろう。
助けがきた気配を察知したのか、うまいこと隠れていた議員の生き残りが廊下に出ていた。叫ぶ間も与えず首を斬りとばす。
この階には他に人がいない。そう見切りをつけて2階に下りる。2階もまだ来ていないのか、ずいぶんと慎重にやっているらしい。
うまくいかないことだらけだ。数千の軍勢に囲まれ、入ってきた人員を順次減らす。減った数を本部に応援を呼ぶことで補充する。それを繰り返し、楽に万を超えるレベリングやろうと画策していたが、まぁ色々とグダグダだ。やれやれ。
気にしてもしょうがない。立派な階段をの下に質素なデザートが群れをなしていた。これを片付けてから次のことをしよう。
「おいアレ!」
人を指さすんじゃない、どういう教育されてきたんだ?
階段から跳躍して、無礼な指を細切れにしてやる。ついでに本体も。
同士討ちを避けて銃を使わなかったのは最初の10秒程、発砲音が連続してフロアに響き渡る。
それが断続的になってゆき、1分後には静寂が帰ってきた。
指揮官のおっさんの左手だったものに、懐中時計が握られている。開いた蓋の裏には家族写真とおぼしきものが入っていた。妻と娘か。
一旦外に出て、そこから屋上へ跳躍し、キャサリンの元へ戻る。
「なぁアレ乗れるか?」




