第19話 俺にとっての正統派魔法使いは、この世界では異端の魔法使い。
この世界の魔法は放つものではなく付与するものだ。
ガラス玉に灯りをともし、筒に音を増幅させる力を与え、肉体にさらなる力を授け、なまくらを斬鉄たらしめる。そういう類のものだ。
魔法を扱うことの出来る戦士であっても、やはり戦士の戦い方をする。
身体と武具を強化するだけだ。剣に火でも纏わせれば十二分に希少な使い手だろう……それが強さにつながるかは別の話として。
今から闘う戦士は、およそ戦士の戦い方をしない、それどこか武器も持たない、防具も――最低限だけだ。
魔法の矢を放ち、魔法の盾で攻撃をはじく、強化した脚で走るのではなく、身体を飛ばせて移動する。
いわゆる魔法使い、それが今日の対戦相手。前大会優勝者、異端のユーグリット。
◇ ◇ ◇
異端は手を前方へ伸ばし、開始の合図を待つ。
敵は残忍なチンピラだ。始まりと同時に何か仕掛けてくるだろう、手を伸ばしたのは素早く[盾]を展開する為だ。
予備動作などなくとも魔法は行使できるのだが、より早くて強固な魔法はルーティンを経たほうが確度が高かった。
いつものように開始の合図がなされ、全身を緊張に漲らせる。
「――――?!」
チンピラは動いていない、接近もしてこなければ、投擲もなく立っていた。
逡巡は僅か、既に試合は始まっている。
ならばこちらも何もしない理由はない!
「いけっ!」
力ある言葉とともに魔法の[矢]を形成、瞬時に射出する。軌道をずらして放たれた4本の矢は眩い軌跡を描き目標に間違いなく当たった。
否、チンピラの周囲に砕け散った木片が散乱している。
いつかの試合のように取り出した棍棒で防いだのだろう。
ひょっとしたら棍棒をつくるのがチンピラの魔法なのかもしれない。
いやそうだ、そうに違いない。
身体強化、硬化付与、棍棒作製。大方それらがチンピラの習得した魔法だろう。
今大会のチンピラの試合を見聞きした、ユーグリットはそう結論づけた。
「それならば!」
瞬時に戦術を組み立て、実行に移す。
地を滑るように飛び、[矢]を設置してゆく、手の高さ浮かべたそれらはユーグリットの移動した軌跡をなぞり、チンピラを取り囲んだ。
この数ならば防ぐことは出来まい。
「ふん!」
腕を水平に振り払い、全ての矢を一斉に起動させる。
到達。
音と閃光が矢同士が衝突したことを知らせる。
やりすぎた?いや違う、かわされたのだ。しかし姿が見えない。
「そこか」
探した人物は遥か上空、3階建ての闘技場よりも上へ跳んでいた。
俺のように空を飛べる訳でもないだろうに大した身体強化だ。
自由落下してくるチンピラを仕留めにかかる。空中では回避は出来ないであろう、そこに防御不能の攻撃を放とう。
両手の間にボールを持ったような構えをとる。
今から放つのは魔法の[矢]ではなく[弾]だ。水平に発射すれば観客を巻き添えにし、闘技場の分厚い壁をも貫くであろう危険な破壊魔法だ。
壊し殺す以外に用途がないソレを、いくら悪人とはいえ一人の人間に放とうとしている。
手の平の間に青と黒の宇宙が誕生した。熱も重さも無い魔法の輝きだ。
それだけの身体強化があれば命は助かるだろう、後遺症で二度と闘えないだろうが。
哀れではあるが、世のため人のためだ。
「我が奥義を身に受けたこと、生涯の誇りとするが良い!幾砲光烈弾」
◇ ◇ ◇
前の世界で言う、砲弾程の大きさをもった光弾が下から飛んでくる。
矢を跳んでやり過ごしたのはいいが、空中では次の攻撃を避けようがない、というか跳び過ぎて着地は大丈夫なのだろうか、いやいや跳べるということは着地もきっと大丈夫なはずだ。
雑な思考を捨て去り、眼下の砲弾を対処する。といっても出来ることなど無いに等しい。
直感的に手を伸ばし、せめて手の平で受け止めようと試みる。
触れた感触は判らなかった。確かに触れているのに感触がないのである。
純粋なエネルギーの塊がチリチリと手の平を焦がしてゆく、手の平から与えられる情報は火傷のような痛み。それだけしかない。
ただし運動エネルギーは凄まじい。重力に逆らい、上昇し続けていく砲弾を掴み続けるのは得策ではなかった。
跳び箱を跳ぶようにして輝く砲弾を上空へと逃がし、再度身体を自由落下させる。
ユーグリットは[矢]の魔法を多数展開し、こちらに発射していた。
[武装作製:壱]と[武器強化]を併用し、強化した棍棒を創る。
これでは良くて2射しか防げない。両手に準備して最大4射まで、それ以上は順次作製&強化するよりない。これで飛来する矢を叩き落す。
神速で振られた棍棒は矢を迎撃するが、開幕時同様に棍棒の強度が持たない。
その上、次を創るより早く矢が殺到する。
あっという間に迎撃不能となった俺は腕を交差させて、少しでも防御する姿勢をとる。
◇ ◇ ◇
幾砲光烈弾をあろうことか手の平で受け止めたチンピラは腕を交差させた、限界の速度で魔力を回転させて[矢]を連射する。
されどチンピラに傷はつかず、効いているのかすら不明だ。
そうして滝のように矢をうけながら着地したチンピラは交差していた腕をだらりと下ろし、驚いたような顔をした。
さも効いていないことに今気づきましたって風だ。
冗談じゃない、私の魔法は闘技場参加者の中でも随一の火力を誇る。人形使いや、そこらの剣士に苦戦していたチンピラごときに防ぎきれる代物ではないのだ。
いつの間にか別人と入れ替わったとでもいうのか?
チンピラが急ぐことなく歩いてくる。
突如漂う濃厚な死の気配に怖気がする。
「なんなのだ貴様ぁ!!」
逃げることは戦士である私には許されぬ! 私こそ、前大会優勝者!異端のユーグリットなのだから。
「鎖!」
そうだ、ひとまず動きを封じよう、奴の身体強化とて無限には続かない、むしろ破格なぶん短時間しか発揮できない可能性が高い。
もしこれが魔法ではなく本物の鎖ならば断裂の悲鳴が聞こえたことだろう。
パキンという加えられた力と比例しない、か弱い音でチンピラが歩みを再開する。
ゆっくりとした歩みから、急激な接近。
[盾]は力任せの拳に砕かれた。
最後に創りだした[剣]は刃の上から握り潰された。
「……降参する」
聖騎士とチンピラの対決が決定した。




