第0話
振り返らずに放った裏拳は、老人の顔にあたる。ちぎれとんだ下顎から歯がこぼれて頬に当たる。
舌はまだ、顔についていた。
頭部を、上から下に両断する。
肋骨ぐらいまで入った刃を90度回し、そこから水平に一回転。
なぎ払うというより、ただ力任せに。
剣術らしくない。
己の名前に。刀という武器の構造に相応しくない動き。
老人が死ぬ前に叫んでいた。孫の名前だろうか?
先に死んでいるその孫らしき女の、頭頂部がスライスされ、長い髪が風に舞う。
筋骨隆々とした男の腕と上半身。背中に切りかかろうとした兵士を軽鎧ごと。そしてもう一度老人まで刃は戻る。
星も月の灯りも置いてきた、あの日から奪って生きてきた。逆らうなら殺した。
逆らわなくても殺すこともある。
でも静かに――だ。
最低限の数。
俺が、俺ともう一人が見つからないように。
俺より強い奴に見つからないように。
怪しい商人から買った薬は死体を消してくれた。
それももう残り少ない。
一緒に買った布は、夜な夜な裁縫されている。
前々から思っていたが、アイツは意外と家庭的だ。
北へ進んでいるからか、冬が近づいているからか、日々寒くなってきている。
小さな集落の家主がいなくなった家で、二人で飯を食う。
体温を分け合い、まどろみの中へ、考えるのはこれからのこと、過去のこと。
深い眠りはいらない。
もっと力を。