村の鍛冶屋さん
エイスが服を着替えたいと言ったため、リツはエイスの家の前で待っている。
壁に寄りかかって空を見ていると、横から足音が聞こえた。振り返ると、イルニスが立っていた。
「リツか、何サボってんだお前」
「エイスと一緒に村人に挨拶しようと思いまして、エイスは俺の手伝いをして服が汚れたので家の中で着替えてます」
「ほー、昔は洗濯が大変になるからって少しくらい汚れてても気にしなかったんだがなぁ」
イルニスが昔のエイスを思い出していると、ドアノブがガチャっと音を立てた。ドアはゆっくり開き、中からエイスが出てくる。
「お待たせしました……お父さん何してるんですか?」
出たと思ったら、エイスはすぐにドアの後ろに隠れてしまった。チラチラと顔を出しながらこちらを見てくる。
「お、お前そりゃ……俺が昔プレゼントした髪飾りじゃねぇかぁ!」
エイスの金色の髪には真っ白なフリルの髪飾りが付けられていた。元の髪型を崩さずに取り付けられた髪飾りをつけたエイスは、目に入れても痛くないほどに可愛らしい容姿であった。
この髪飾りは、イルニスがエイスの十歳の誕生日にプレゼントしたもので、当時のエイスは大きな髪飾りが邪魔で付けるのを嫌がっていた。
「どうですかね……?」
「すごく似合ってるよ」
「本当ですか!」
エイスは笑顔になり、ほわーとドアの影から出てきた。
リツは可愛いなぁと思いつつ、勿体無いとも思っていた。今までつけていなかったのか、つけていれば良かったのに、と。
「リツ! てんめぇエイスとイチャコライチャコラと……仕事増やすぞこら!」
「お父さん、あんまりリツさんに厳しくしちゃダメですよ!」
「ごめんなさい」
どうやらイルニスはエイスに逆らえないようだ。馬鹿正直にエイスの説教を聞いているイルニスを見て、リツはエイスの肩を叩いた。
「じゃあイルニスさん、行ってきますね」
「おう、行ってきめてこい」
「何をだ」
にィっと口角を上げながら親指を立てるイルニスを背に、リツとエイスは挨拶回りを始めた。
* * *
村長の家と鍛冶屋以外の建物は全て回った。村長の家には一番最初に向かったが、留守だったため先に別の家を回ったのだ。
途中で村人に村長がどこにいるのかを聞いた。村長は川の様子を見に行っているらしい。
そしてエイスの髪飾りは村人達に好評で、人が集まり挨拶が捗った。
かわいいかわいいと言われて照れながらも説明をしてくれたエイスに、リツは頭が上がらなかった。
そして次に挨拶に向かう先は、鍛冶屋であった。
「どんな人なんだ?」
「ちょっと変わった人なので、その、気をつけてくださいね」
「気をつけて……? わかった」
ずっと気になっていた、常に煙の上がる鍛冶屋。その前に二人は立っていた。
リツはドアをノックした。エイスはそれを見てリツに声をかけた。
「ノックはしなくても大丈夫ですよ、きっと聞こえません」
「そうか」
何一つわかっていないが、リツはとにかく会ってみるしかないと、ドアを開けた。
勢いよく開けると同時に、灼けるような熱風が二人を襲った。リツは反射的にエイスの前に立ち、熱風を遮った。
「大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます。ツェントさん! 居ますかー!」
あの熱風より何倍もマシとはいえ、家の中はとても暑い。家の奥からは、カンッ……カンッ……と鉄を打つ音が聞こえる。
ドア付近の木箱には、大量の武器が入っていた。剣、槍、盾。そしてクワやカマやオノ、スコップといった農業の道具まで乱雑に入れられていた。
「奥か」
「はい、奥は作業場になってます。ですがこの熱気……窓を開け忘れていますね」
窓を開けながら、リツとエイスは作業場に入る。そこには、金床の上に置かれた金属に向かってハンマーを振り続ける男がいた。
若い、まだ成人してもいない男だった。
「ツェントさん、聞こえてますか?」
「……! ……! ……!」
エイスに話しかけられても全くリズムを崩さずに鉄を叩き続けるツェントという灰色の髪の男。それほど集中しているのだ。
「ツェントさん! 仕方がありません……あ! アダマンタイト!」
「どこじゃあ!」
ぶれることのなかったリズムが止まり、ツェントは辺りを見回した。エイスの顔を見るや、肩を落として貧乏ゆすりを始めた。
「なんじゃ、エイスの嬢ちゃんか。なんの用じゃき、オリャ忙しいんじゃよ」
「また嬢ちゃんって、ツェントさんは私と同い歳です!」
ぷんすかしながらエイスはツェントに向かって怒った。
リツはそれを聞いて、一つ疑問が浮かんだ。エイスは何歳なのだろうか、とてもツェントと同い歳には見えない、と。
「おうおう、落ち着きなさんな。で、そこのは誰じゃ」
「リツさんです、村のはずれの農場に住むことになったんですよ」
「リツだ。よろしくな」
「よろしゅうな。んじゃ、オリャ作業に戻る」
再びカンカンとハンマーを降り始めるツェント。
「ツェントさん、窓を開け忘れてたんですよ!」
「ああ? 通りでくらくらしちょると思うた」
「気づけよ……あのままだとお前死んでたんだぞ」
「死ぬぅ? 暑さで死ぬことはあるけぇの、これくらいなら死にゃせんとよ」
様々な方言が混ざる言葉には、なんの疑問も抱かなかったリツだが、ツェントのいう暑さで死ぬという言葉がどこか引っかかっていた。
「いや死んでた。閉ざされた場所で火を燃やしたら死ぬんだよ」
「なんで言いきれるんじゃ」
「……わからない、すまん忘れてくれ」
胸の中のモヤモヤを残したまま、リツは下を向いた。
「……まあ気ぃつける。お前らオリャのとこ以外にゃ行ったんか?」
「はい、あとは村長さんのお家だけです」
「あそこの娘は厄介じゃ。リツ、心してかかれ」
「あ、ああ……」
ツェントに言われた通り、リツは警戒することにした。
鍛冶屋を出た二人は、最初に行った時には留守だった村長の家に向かった。