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記憶喪失

 エイスが男を拾ってから三日後のことだった。これまで指先を動かすことはあっても、意識を取り戻すことは無かった男が、薄く目を開けたのだ。


「ここは……」

「……! お父さんお父さん! 早く来てください!」


 エイスは急いでイルニスを呼んだ。家の奥から、手を濡らしたままイルニスがドタドタと駆け込んでくる。


「おおお!! 起きたか! 気分はどうだ?」

「少し、手首が痛いです」


 男は自分の手首に巻かれている包帯を見ながらそう言った。


「ふむ、まだ治りきっていないか。名前は分かるか?」

「名前……リ、ツ……リツです、多分」

「多分って……まあいい、無理に動こうとするなよ、余計に痛くなるからな。待ってろ、今傷薬を持ってくる」

「……はい、ありがとうございます」


 イルニスは立ち上がり、再び家の奥へ歩いていった。部屋には、リツとエイスが残されている。

 リツは、エイスを見た。首元まで伸びた金髪が特徴的な少女だ。


「リツさんはどこの国の人なのでしょうか?」

「国……えっと……あ、あれ? ごめん、ちょっと思い出せない」

「混乱しているのかも知れませんね、落ち着いたら、きっと思い出せますよ」

「そうなのかな……名前以外、ほとんど何も覚えてないんだけど」


 後半の言葉は小さくて、エイスの耳には届かなかった。

 寂しげに壁を見つめるリツに、エイスの胸がキュッとしまる。ふと、エイスは父親がリツは自殺をしたのかもしれないと言っていたのを思い出した。


「手足が縛られていた理由は、覚えてますか?」

「覚えてない。記憶を失う前の俺は、何をしてたんだろうな」


 リツはエイスに手首の包帯を見せながら作り笑いをする。この子を心配させるのは心が痛むから、なるべく安心させてあげようとリツは思った。


「戻ったぞ。ほら、傷薬だ、包帯解け」

「すみません」

「謝るな、治ったらその分働いてもらうからな」

「えぇ……」


 リツはイルニスの前に手を出す。薄い緑色の傷薬が、ピトッとリツの肌に触れる。

 ひんやりとした触感に一瞬力が抜けそうになるが、その次に痛みが走った。


「くぅ……」

「完全に治るまで寝てた方が良かったかもな。よし、次は足だ」


 まだジンジンする手首に包帯を巻く。足側に回ったイルニスが、次の傷薬を塗り始めた。


「自己紹介がまだでしたね、私はエイスといいます、この人が私のお父さんです」

「イルニスだ、よろしくなっと」


 イルニスが傷薬を塗る手に力を入れた。激しい痛みを感じ、リツは歯を食いしばった。


「ぐっ……よろしくお願いします……」

「終わったぞ、おつかれさん」


 リツは包帯を巻かれる足首を見ながら、深くため息をついた。確かに、毎日こんな痛みを感じるなら、治るまで目を覚まさずに寝ていた方が何倍もマシだ。


「リツさん、もしかしたらリュタ王国から来たのかも知れませんね」

「リュタ王国かぁ、聞いたことがあるような、ないような」


 リツはリュタ王国という言葉に、聞き覚えがあった。しかし、全く思い出せない。知っている言葉には、違和感を感じるようだ。


「リュタ王国はとても裕福で貴族が多い国ですから、もしリュタ王国から来たのであれば、リツさんの服の質が良いのも頷けます」

「リュタ王国ねぇ、裕福なのはわかるが、あそこはこの大陸の真反対だろ? そこから流れてきたとは考えにくいな」

「そっかぁ」


 リュタ王国のある大陸と、今リツのいる大陸は地図的に見ると、中央にある大きな海を通ったとして、他の大陸と比べても一番遠い場所に位置する大陸であった。

 もしリュタ王国から流れてきたのだとしたら、リツが生きているのはおかしい。


「俺は、何者なんでしょうね。自分の名前の記憶くらいしか、残ってないんです。そういえば、ここはどこなんですか?」


 リツは目覚めてから今いる場所を把握できていない。そもそも、ここが街なのか、村なのかすらわかっていない。


「ん? 忘れていたな。ここはウィーダ村だ。都会と違って、村だけで生活が成り立ってる数少ない村だ。まあもちろん、城下町まで行くのは勝手なんだけどな。支援を受けていないってだけで」

「私城下町には行ったことないんです、生まれた頃から村で育ってきたので、村の外に出たことがなくて……」

「村の外には魔物がいるからな、もう少し大きくなったら、護衛をつけて一緒に行こうか」

「やった!」


 エイスとイルニスのほのぼのとした会話に、リツはだんだんとこの状況に慣れてきていた。心も少し落ち着き、余裕が出来てきている。


「その時は、リツさんも一緒に行きましょうね!」

「俺も……? 本当にいいの?」


 記憶にはないが、何か、自分は酷い体験をしたような気がして、平和に過ごしている彼らの中に入れると言うだけで、とても嬉しかった。

 それでも、親子水入らずの中に自分が入っていいものかと、不安になっていた。


「もちろんです! いいですよね、お父さん」

「ああ、お前が怪しいもんじゃなければな! ガハハ!」

「がはっ!? やめっ、こほっ」


 バンバンとイルニスがリツの背中を叩く。傷はもうほとんどないが、叩く力が強く、少し咳き込んでしまった。


「リツさんが痛がってます!」

「おおっと、すまねぇな」

「いえいえ……あと怪しくないですよ、多分」


 記憶がなく、どこから来たのかもわからない男であるリツが怪しくないとはとてもではないが言いきれない。

 見ず知らずの自分を助けてくれたのだから、自分もそれ相応の恩返しをしようと、リツは思った。


「それはお前次第だ、ちゃんと働いてくれたら、怪しまねぇさ」

「わかりました、傷が治ったら手伝いでもなんでもやりますよ。助けて貰ったんですから、その位はやらせてください」

「そりゃ助かる。人手が足りねぇんだ、倒れるくらい使ってやろう」

「倒れたらまた看病してくださいよ」


 再びガハハと笑うイルニスを横目に、エイス隣に座っているに目を向けた。


「リツさん、楽しそうでよかったです」

「ありがとな」


 傷が治ったら、頑張って働くことをリツは決意した。


「ところで、働くって、何をすればいいんですか?」

「それはその時のお楽しみだ」

「?」


 隠すほどのものだろうかと思ったが、さほど気にしなかったリツは、起こしていた体を倒し、横になる。

 早く治さなければ、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 リツの傷が完治したのは、二日後のことであった。

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