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ベジルの農場

 次の日、早起きをしてカブの芽に水をあげたリツはベジルの家に向かった。


「おはようございます」

「お、来たかい」


 農場全体を囲んでいる柵を超えたリツは、家の前に立っているベジルに挨拶をした。


「リツくん、おはようございます」

「タユリさん、おはようございます。朝早くから大丈夫なんですか?」

「毎日この時間に起きているので……」

「毎日……?」

「タユリには毎日手伝ってもらってるからね。今日もよろしく頼むよ」


 三人で農場の端まで歩く、リツは途中途中の作物を観察した。

 ベジルの農場の作物は育ちにムラがなく、大きく育っていた。


「それじゃあいきます。リツくん、見ててくださいね」

「アタシは使えないからねぇ」


 タユリは両手を広げ、目を瞑った。


「『ウェザーシャワー』」


 手と手の間に、白い霧のようなものが現れる。その霧は少しずつ濃くなり、雲になった。

 そしてその雲をタユリは動かし、作物の上で止めた。


「雨雲……」


 雨雲から、水滴がポツポツとこぼれ始める。その頻度は少しずつ増えていき、やがてその一部に雨が降り始めた。


「すごいな」

「わたしはこれしかできないから……」

「さ、このまま移動するよ」


 来た道を一歩一歩進んでいく。歩く度に、畑の乾きが潤い、地面が湿る。

 全ての畑に水をあげたタユリは、切り株に座り込み、汗を拭った。


「大丈夫?」

「このくらいは、やらないとですから」

「お疲れ、家で休んでていいよ。あとはアタシがリツに教えるからね」

「はい、終わったら。来てくださいね……?」

「お、おう」


 汗をかいているタユリの上目遣いに少し、いや、かなりドキドキしてしまったリツは、目をそらしつつベジルのあとをつけた。


「この後はどうするんですか?」

「農場が広いからね、目に入った雑草を抜くんだよ、あんた得意だろう?」

「いやいや、あの雑草は規格外ですから」


 うんざりするほど生い茂った雑草が脳裏に浮かんだ。


「まあいいさ、この土地の農業はほとんど手をつけないのが正解だからね。最低限雑草を抜いたり水をやったりするだけでいいんだよ」

「そんな適当でいいんですか?」

「あんたも知ってるだろう? この土地は植物が育ちやすい、なにか特別な力が働いてるのかはしらないけど、気楽にできるからアタシは満足してるよ」

「なるほど」


 他の土地では作物を育てるために最適な肥料を作るのに必死だが、ウィーダ村ではその心配はない。

 これほど優れた土地を手放してしまったのは、王国一の失策と言えるだろう。


「育ちやすい反面、水を忘れたらすぐに枯れちまうのが玉に瑕だけどね」

「水を忘れなければよく育つということですね」

「まあそうなるね。ほら、働け働けっ」


 ベジルに尻を叩かれながら、リツは得意な雑草抜きを淡々と繰り返した。


 特にペースを落とすことなく草刈りを終えたリツは、くたくたになりながらベジルの家に入った。


「おつかれさん、アタシは散歩にでも行ってくるから後は若いもん同士で楽しんでおくことだね」

「何言ってるんすかあんた」


 ベジルは笑いながら農場を去り、村に消えていった。

 仕方なくリツはタユリを探し始める。


「タユリさーん」


 呼んだが、返事はなかった。


「……本か」


 タユリ本人を探すよりも、本棚の周辺を探すのが一番早いだろうと判断したリツは、本棚の見える部屋を探した。


 三つ目の部屋を覗きこんだ時、本棚が見えた。リツはその部屋に入り、タユリを探した。


「見つけた」

「……」


 タユリは、椅子に座って本を読んでいた。

 凄まじい集中力で、リツに気づくことなく、一定のペースでページをめくる。


「タユリさん、来ましたよ」

「……」


 近距離で呼んでも気づく様子はなかった。

 何をしても無駄だと思ったリツは、本を手に取り、隣に座った。

 リツが選んだ本は『海神(わだつみ)と勇者』だった。

 なぜこれを選んだのはかわからないが、理由をつけるとするのなら、目に入ったからだ。


「勇者……勇者か」


 勇者という単語にページをめくろうとした手が止まる。


 本の内容は。海神が勇者と出会い、人間に興味を持った海神が勇者と同じ見た目になりたいと願い、遠い国で偽物の勇者として死刑になってしまう。自分の身体のコピーをしていい代わりに海神の力を手に入れた勇者は、その力を使い——。


* * *


 夢を見た。


 夢の中で、光を見た。

 その光は、水面から刺す光の柱であった。


(これは……記憶?)


 初めて見た光景には見えなかった。


 遠くから黒い影が泳いできていた。


(そうだ、確か俺はあの時意識を失って……でも、なんで海に……)


 思い出せるようで、思い出せなかった。失った記憶かもしれないし、本を読んだことによるイメージなのかもしれない。


「生きたいか?」

(生きたいか? 当たり前だ、死にたくなんてない)

「そうか——」


 謎の影が薄れる。


(待て、待ってくれ。お前は誰だ。それはどういう意味なんだ)

「身体を——」

(身体……?)


 夢にしてははっきりとした思考能力で、リツはひたすらに考えた。ピースがひとつも当てはまらない。自分のことのような気がするし、他人のことの気もする。


 考えがまとまらないうちに、視界が黒く染まる。そして、意識が覚醒した。

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