勇者召喚
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その日、彼は死んだ。
破れてしまった一万円札を両替するべく向かった銀行で、不運にも銀行強盗に遭い、少女を庇って銃殺されたのだ。
そして今、彼はうずくまった体勢で、目を閉じていた。考えることはできる。死んでも、思考能力は残るのだろうか。
次の瞬間、感覚があることに気づいた。
あれほど体中を駆け巡った痛みは、既に消え、余韻だけが残っていた。
「土の勇者よ」
「はいっ! ……え?」
話しかけられ、咄嗟に目を開けて返事をする。
その声は、少し離れた場所から聞こえた。
「名を申せ」
「ええと、種崎律です」
「タネザキリツ……ふむ」
ピントの合わないカメラのように視界がぼやけている。はっきりと見ることはできないが、人が何人か並んでいることは確認できた。
やがて、視界がはっきりしてくる。
律に名前を聞いた男は、白髪に長い髭を生やした老いた男だった。その男は、大きな椅子に座っていた。
次に、隣にいる人を見た。隣にいる男は、髪が赤く、目もキリッとしていて、整った顔をしていた。
(同じくらいの歳だ、髪を染めているのか)
その奥にも、何人か片膝をついて真剣な顔をしている人が見えた。皆、髪の色が違う。
次に、自分の服装を見た。死んだ日、銀行に行った時と同じ服だった。
(ここは、どこだ?)
まず、律は自分のいる場所に疑問を持つ。銀行が、大きな白い建物になっている。
次に、自分が生きていることに疑問を持った。背中を撃たれ、死んだはずが、目が見え、息も吸えることに。
「召喚に応じてくれたことに、心から感謝する。私はリュタ王国の王、テイルダスだ」
白髪の男、テイルダスが名乗った。
律は、必死に考えた。召喚、リュタ王国、王。どれも日本では聞き慣れない言葉だったからだ。
まず、ここは日本ではない。それは確かだ。しかし、テイルダスたちは日本語を喋っている。
「わかっているとは思うが、お前達は属性の勇者、我々の召喚の儀に応じた勇者たちだ。そうだな、まず目的を話させてもらおう。お前達には、同じパーティーとして、仲間同士として魔王を倒してもらう」
「魔王……ですか」
「そうだ、お前達の世界にいるのかはわからんが、この世界には魔の王、魔王がいる。魔族や魔物は、度々人を襲い、畑を荒らし、村を襲う。その諸悪の根源である魔王を討伐すべく、お前達を召喚したのだ」
召喚、魔王、魔族魔物、王。そのワードが頭の中をぐるぐる、ぐるぐると回る。
そして、律はある一つの可能性を思い浮かべた。
ここが、異世界であると。
* * *
王の話が終わり、他の勇者たちは客間に移動し各自挨拶をしていた。
自分も自己紹介くらいはしなくてはと、律は勇気を出して隣にいた赤い髪の勇者に話しかけた。
「俺は種崎律だ、よろしく。律って呼んでくれると嬉しい」
「よろしくな。俺はロビーク国の豪炎の騎士、今は炎の勇者バンだ。リツ……は、土の勇者だったよな、変わった服着てるし、珍しい魔法とか使えたりすんのか?」
「魔法があるのか?」
律は魔法という言葉に反応する。
王様は属性の勇者と言っていた、つまり、それぞれの属性の魔法が存在するのだろう。
「……え? 魔法、魔法だよ。属性の代表として選ばれたんだから、そのくらい使えるだろ?」
「ただの人間なんだから、魔法なんて使えないよ」
「……はぁ!?」
バンは律の言葉に絶句し、絶叫した。
勇者として選ばれ、この世界に召喚されたにもかかわらず、律は魔法が使えないと言ったのだから、当然だ。
「何騒いでるんですか?」
「あ、いや、土の勇者がな、魔法が使えないって言うんだ」
「え!? なら、剣術の方は……?」
水色の髪の男、恐らく水の勇者は、剣を使えるかどうかを聞いた。
「竹刀になるけど、学校の体育で何回か振ったくらいかな。ほとんど触ったこともないよ」
「……」
「……」
バンと水の勇者は目を細め、律を睨んだ。
剣も魔法も使えない男が、なぜこの場にいるのか、なぜ勇者に選ばれたのか。
「なぜ貴様のような男が勇者として選ばれたのだ! 恥を知れ! 今すぐ辞退するか、ここで死ね!」
「ちょっ、危ないよ」
バンは腰に下げた剣を抜き、炎を纏わせた。
離れているのに、熱気を感じた。本当に実力で選ばれた勇者なのだと、律は思った。
「どうしたどうした」
別の場所で固まって話をしていた他の勇者も、ぞろぞろと集まってくる。
バンが他の勇者に説明すると、皆揃って律を睨み始めた。
「君は、なぜ召喚されたのだ?」
「……うん、私もそう思った。リツくん、だっけー? 剣も魔法も使えないのでしょう?」
風の勇者と、光の勇者が、律が召喚されたことに疑問を抱いている。闇の勇者は壁によりかかりながらじっと話を聞いていた。
「……ゴメン」
「さっさと消えろよ、目障りだ」
「バン! そんな言い方ないだろ!」
「いいんだ、事実だから」
暗い顔をする律を見たバンは、再び律を睨みつけたあと、外に出ようと扉に手をかけた。
「バン、どこに行くんだ?」
「王様に掛け合う、こんな野郎と仲間なんて虫唾が走る」
「ま、待ってくれ!」
玉座の間まで走るバンを止めるべく、律が追いかける。残った勇者達は、律のあとを追いかけた。
バンは召喚された場所である玉座の間に入り、王様の前で膝をつく。
「王様! こいつは、リツは剣も魔法も使えません! 何故こんな男が勇者として召喚されたのか、不思議でなりません」
「なんと……それは本当か、リツよ」
バンに追いついたリツは、扉を開けて膝をつくバンを見つめていた。
それにいち早く気づいた王は、リツの名を口にしたのだ。
「本当です……無礼を承知でお願いします。どうか、ここにいさせてください! 自分はこの世界のことを何も知らない! 力もない! 見放されたら、生きていける自信なんて……ない!」
涙目になりながら、律は必死に吠えた。
何がなんだかわからないまま、勇者として迎えられ、力がないことを知り、見捨てられそうになっているのだから、当然だ。
「ふむ……それでは、働き口を与え、宿の提供を——」
「王様」
王が律に街に滞在する許可を与えようとした時、大臣が王に話しかけた。
それと同時に、後から追いかけてきていた他の勇者が、扉を開けて部屋の中に入ってくる。
「再び勇者召喚をするには、今いる勇者をこの世界から消す必要がありますぞ」
「つまり、土の勇者を殺し、新たな勇者を召喚すると」
「そういうことになります。どうしますか」
大臣と王の会話は、律たちには聞こえていなかった。
「……リツよ」
「はい!」
声をかけられた律は、王の顔を真っ直ぐ見た。
「我らは、勇者を召喚した、だが、お前は勇者ではない」
「……はい」
「っ……もう一度言う、お前は勇者ではない! 兵士たちよ、そこの偽勇者を捕らえよ!」
「……え?」
バンと以外の勇者たちは、王の言葉に唖然としていた。もちろん、律を含めて。
何が起こったのかわからないまま兵士に取り囲まれた律は、必死に逃げようとした。が、逃げ道は防がれている。
一般人である律が異世界で訓練を受けている兵士から逃げられるはずもなく。律は簡単に捕まってしまった。
「ど、どうしてこんなことを!」
襟を掴まれ、体を持ち上げられてしまった律は、もがきながら王を睨みつけた。
「王、どうしますか!」
「海にでも捨てておけ、海には怪物がいる、放っておいても死ぬだろう」
「はっ!」
律の言葉には答えず、目を瞑った王は頭に手を当て、何も無い空間をじっと見つめた。
「じゃーな、偽勇者。来世は魔法使えるといいな」
「バン!」
炎のように熱い力を持った男は、氷のように冷たい目で、律を見下ろしながらそう言った。
光の勇者がバンに言い過ぎだと注意をしているが、律にはその言葉は聞こえていない。ただ、死の恐怖だけが、律の頭を右往左往していた。
そして、手足をロープで縛られた律は、兵士に押され、海に捨てられた。
身動きが取れないまま、冷たい水が服を濡らした。泳ぐこともできず、遠くから泳いでくる黒い影を見つけた律は二度目の死を受け入れたのだった。