29話 怒りのルビーナ
「とまぁ、そんなことがあった訳だ」
ルビーナは淡々と喋っている様でいて、所々で表情が悔しそうに、悲しそうに歪んでいたあたりルビーナの感情を物語っていた。
「どこの国かわからんが、腐れ外道な奴らだな」
平等な人権の考えなどこの世界には無く、戦争に綺麗事など通らないことはガリオルは理解していたが、あまりにもえげつないやり口に悪態をついた。
しかし、アリエッタはルビーナの話に感嘆しながらも半ば絶望していた。噂程度には聞いていた三十年前の事実が想像以上に壮絶なものであった事に衝撃を受けたのは間違いなかったが、それ以上にとある現実を叩き付けられたからだ。
「そうすると、性別を変えたというのは方便で、実際はそんな魔法は知らないという事ですか?」
アリエッタは話の流れからすれば当然の事をあえて言葉にして確認する。どうしても諦めらめきれないアリエッタの最後の悪足掻きでしかなかった。
「あぁ、そうなるな。本当にそんなものが存在するかどうかも含めてね」
アリエッタの儚い望みもルビーナがはっきり口にすることで完全に絶たれてしまった。
この瞬間にアリエッタの旅の目的は望まない形で完遂された。これからどうするかも考えなければならないが、アリエッタはそんな事を考えるほどの精神的余裕はなかった。なにせ、それなりに苦しい一年以上の旅の末に得たのは、男には戻れないという非情な現実だったのだから、それも仕方のないことだった。
「アリィ、あんまり落ち込まないで。一旦ネマイラに帰ろ?」
エメラの言葉にアリエッタが力なく頷いたが、意外な所から再び声がかける。
「まぁ、待ちたまえ。キミたちの用は終わったかもしれないが、私の用は終わっていない」
「あたしたちに、ですか?」
「あぁ、そうだ。どうして私がわざわざ三十年前の話をしたんだと思う?」
ルビーナにそう言われれば、アリエッタの質問に対してわざわざと回りくどい昔話をした意図がアリエッタにもエメラにも理解ができていなかった。しかし、改めて自分たちに用があると言われるとおぼろげながらも多少思い当たることがあった。
「どうしてこの一帯にモンスターが溢れていると思う?」
ルビーナのその言葉にはアリエッタたち全員がハッとした。ルビーナの発言からガリディア地区のモンスター大量発生の要因を知ってる可能性が高いと確信できたからだ。
三十年前の人間族侵攻と事件、モンスターの大量発生、フィルブト襲撃、ガリディアのモンスター異常発生。そのすべてを総合して考えると、アリエッタはあまり信じたくない一つの仮説に辿り着いてしまった。
「もしかして…」
「気付いたか?復讐だよ、人間たちへのね」
アリエッタは、この時点でいやな予感がした。話の流れが見えてきたからだ。
「なんとなくわかっちゃいましたけど、僕たちに用っていうのは?」
「手伝ってほしい」
アリエッタ個人としては人間族相手に怨みはない。強いてあげればネマイラに夜襲をかけてきた集団は許せないが、それは人間族全体に対してではなく、ごく一部の集団に対してだけだ。アリエッタがルビーナの話を聞く限り、ルビーナに関しても同様なのだと感じており、ルビーナの行動には強い違和感を覚えた。
「お断りします、と言ったら?」
「アリィの写し身であるキミがそんな決断はしないと思ってるが、本当なら力づくでも」
従わせる。その言葉は出さなかったが、言外に主張しているように僅かに魔力を練られているのがアリエッタにもわかった。
『ルビィに気を付けて。彼もう普通じゃなくなってるから』
アリエッタは、アリエラがそう言っていたのを思い出す。あれはただの夢の中の出来事であった可能性もあるが、ここにきてあの言葉は本当にアリエラの言葉のような気がしていた。実際に話に聞くルビアスとしての人物像と目の前のルビーナではかなりの違いがあるからだ。少なくともネマイラの人たちはルビアスを高潔で誇り高くも優しい性格であったと話していた。アリエッタにはとても八つ当たりのように復讐を企てるような人には思えなかったのだ。
「僕の聞いた話では、あなたはそんな後ろ向きな事を考えるような人ではないと思ってました」
「所詮は噂話だということだ。それに三十年も経ってるんだ、私だって嫌でも変わるさ」
確かに年月は人の在り方を変える。特に三十年もの月日は十九年しか生きていないアリエッタにとって未知の領域だった。しかし、アリエッタには三十年前の事件が切欠だったとしてもルビーナの本質が大きく変わっているとは思えなかった。だからこそ、この場でのルビーナの言動にも強い違和感を感じるのだ。
「だとしたら、やっぱりお断りします」
納得いかない事を手伝うつもりはアリエッタにはない。きっぱりと言い切った。アリエッタの言葉にルビーナは固まっていた。アリエッタの言った事が信じられないといった様子だ。
「……ふふふ…あははは!」
しばらくの間、両者とも沈黙が続いたが、あるとき唐突にルビーナが声を上げて笑い始めた。その笑い声はアリエッタに不気味さと空恐ろしさを感じさせた。
「やっぱりアリィの代わりにはならんか!それなら処分するのみ!」
それまでの落ち着いた雰囲気は微塵も感じさせないほど、ルビーナの雰囲気はがらりと変化して、どこか荒々しく、錯乱したかのような態度に豹変した。
そして、それが起きたのは一瞬の出来事だった。
魔力を練った形跡はまったく見られなかったが、ルビーナの右手が淡く光ったかと思った次の瞬間、青白い超高熱の炎がエメラが立っているはずの場所で燃え盛っていた。そして、その炎が消えたとき、その場所には何も無かった。
「……え?……なに…が?」
呆然とその様子を見ていたアリエッタだったが、我に返ると慌てて周囲を見渡した。
「エメラ!!」
アリエッタの声に答えるものはいなかった。




