24話 発生源を探して
カリディアを出て北に向かった一行は、三日ほど北上した所に小さな村を見つけた。その村は王国領の中に入るが、実質王国の管理枠内にある村ではなかった。狩猟で生計を立てる数十人規模の村で今までもほぼ自給自足を続けており、税収の対象にもなっていない。そんな村も存続の危機に直面していた。
「アリィ、そっち二匹!」
「りょう…かい!」
エメラからの声掛けに反応してアリエッタが目の前に現れた巨大なイノシシを流れるような動作で氷刀を撫で付けるように刃を入れていく。
「いのししなべ!」
頚部から大量の血を流して息絶える体高二メートルを超える巨大イノシシを見て、リフィミィはすぐ食事を連想させる。食への貪欲さは相変わらずだ。予断ではあるが、モンスター化したイノシシの肉は筋肉質で硬めではあるものの、引き締まって旨味が強く非常に美味だ。調理方法によっては極上の食材となる。
野生の獣がモンスター化したのだろうが、その大きさはネマイラの街周辺を闊歩していた固体と比べて見劣りするものではない。そんな固体がアルグ火山から遠く離れた王国北部に大量発生していること自体異常だった。自然発生する事はまず考えられず、必ず因果関係があるはず。アリエッタとエメラそれからガリオルの三人ともその点では意見が一致していた。
「とりあえず、この辺は片付いたな」
得物の巨大な戦斧についた血糊を掃いながらガリオルが確認の言葉を口にすると他の面々も手を緩めた。
「確かにこんな状況じゃ、みんな疲れきっちゃうわけだよ」
デューンがそう言うのも訳があった。カリディアを出てから、ほぼ引っ切り無しにモンスターの襲撃が続いていたのだ。野宿するにも必ず見張りがいなければ安心して眠れないほどで、かなりの確率で夜にもモンスターに襲われていたからだ。Cランク程度であれば簡単に退けられるアリエッタたちでさえ精神的には消耗するのだから、人間族だけのパーティーであればその消耗度は計り知れない。
一行の見つけた名も無い小さな村も、狩猟を生業にしているだけにそれなりに討伐の心得のある者がいる事が幸いし、なんとか村の中に侵入は許していない。それでも彼らの体力が尽きるのが先か、モンスターの発生が収まるのが先かという極端な状況にまで追い詰められていた。
「そうよね。…一段落したから一旦村に戻ろっか」
一行が村に戻ると、入り口を警備していた傭兵数人が声をかけてくる。
「おぉ、お疲れさん。今日も大猟だな」
「はい、残念な事に。また畑の肥やしですね」
「はは、違いねぇな」
見張りの傭兵たちとアリエッタは軽口を叩き合うと、その場を後にして村の中に入っていった。
今はカリディアから遠征している二十人ほどで構成された傭兵のパーティが一パーティいて、彼らは村に滞在してモンスター討伐を行っていた。モンスターは主に北から南下してきていると思われ、特にこの村の北部からは大量のモンスターが出現していた。村に滞在する傭兵パーティーも選りすぐりの猛者たちで構成されており、カリディアのギルドがいかにこの村の防衛線を重視しているかが伺える。そんな傭兵たちも数日交代でカリディアに帰っていく。二、三パーティが交代でこの村の防衛に当たっているようだ。見張りも交代制とはいえども夜も頻繁に戦わなければならないとなれば、疲労も蓄積していくというものだ。
ここ数日はアリエッタたちがモンスターの出現する方向へ討伐に打って出ているため、村の手前までモンスターが押し寄せることはほぼない。それでも毎日アリエッタたちが北に行けば前日と同数程度のモンスターが押し寄せていて、それを討伐してまた村に帰るという繰り返しだ。
「そろそろ思い切って北上続けるべきじゃねーか?」
村人の好意により無料で使わせてもらっている家の中に入ると、ガリオルがそんな提案をしてきた。同じことの繰り返しをしていても埒が明かないと判断してのことだ。
「そうね…。この辺に原因があるわけではなさそうだしね」
「うん、こっちから動かないとダメっぽいよね」
「んじゃ、決まりだな!」
アリエッタたち一行の行動決定権はアリエッタとエメラにある、というより他に意思がないため結果的にそうなっている。そんな二人が同意したという事は同時に決定したという事と同義だ。
「それじゃ、今日はゆっくり休んで明日に備えないとね」
「一人旅のデューンさん、また付いてくるんですか?」
アリエッタはニヤニヤしながら意地悪くそんな事を言うと、デューンは目に見えて項垂れた。実質は同じパーティーではあるものの、形式的にはアリエッタ一行にデューンが一人旅で勝手についてくるという体は依然として崩していない。
「アリエッタちゃん……そろそろ認めてくれてもよくない?」
アリエッタがデューンに対して同じようにからかう事は少なくない。むしろお約束となりつつある。
アリエッタとしては、出会いは最悪の形ではあったものの、これまで一緒に旅をしていく中で彼の人となりを見て一人の仲間として認めていた。それでいて表向きは同じ旅の仲間として認めないのは、最初に啖呵を切ったせいで、簡単に認めたと思われたくない気持ちがあったからだ。
「絶対認めないよ」
アリエッタも自分で天邪鬼だなとは自覚しつつも、笑ってそう返した。アリエッタの真意を理解していそうなエメラは笑顔を、ガリオルは苦笑いを浮かべ、当のデューンは再び落ち込み立ち直るのに少し時間を要したのはデューンの気持ちを汲めば致し方ない事だろう。
アリエッタたちはこの後待ち受けているのが過酷な運命だとも知らずに、ひとしきりひと時の安らぎを満喫するのだった。
 




