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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第4章 神聖エルガラン王国の影

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22話 日本ではないという事

 一行はガラングライトに数日滞在して一通り観光を楽しむと、また北に向けて旅を再開した。

 ガラングライトを出て二週間ほど進むと、七月だというのに朝晩は底冷えするような気候に変化してきた。さすがに陽の出た日中ともなればポカポカ暖かいが、一度雲が出てしまえば夏とは思えないほど肌寒い。アリエッタの体感では日本で言うところの十月末くらいの感覚だ。アリエッタは、ここに来るのが冬でなくて本当によかったと心の底から思っていた。

 旅程は順調そのものだ。相変わらず賊に襲われる事はあれど、アリエッタたち相手にどうこうできる者などそうそういるわけもなく、簡単に返り討ちにしていた。食糧難が原因で身を堕としてしまったという点に同情の余地は多少無いこともないが、やはりその行動そのものは褒められたものではない。悪い意味でセヴィーグとは違うのだと思い知らされる出来事だ。


 そして、この日はそれを痛感する出来事があった。


 一行がある程度整備された街道を進んでいくと、遠くに馬車が一台止まっているのが見えた。遠くから見た限りでは休憩を取って止まっているのかと思ったが、近付くにつれて様子がおかしい事に気付く。本来、馬車は馬が引くから馬車なのだが、肝心の馬が荷車に繋がれていない。正確には、そもそも馬そのものが見当たらないのだ。

 さらに近付いたところで疑問は驚愕に変わる。

 赤黒く変色した地面に横たわる人影を見つけたからだ。夥しい量の赤黒い液体が周囲を侵食し、地面にも同色の染みを作っていた。前のめりに倒れた人影から屈強な男性だと予測できるが、背中や首筋に大きな裂け目ができており、時間が経過しているのかそこからは既に何も溢れ出していなかった。

 アリエッタは慌てて駆け寄って声を掛けようとするが、その肩に触れた瞬間に察した。


「アリィ、どう?」


 エメラの問いかけに無言で首を横に振るアリエッタを見て、エメラも表情に悲痛な色を滲ませながら「そう…」とだけ言うにとどめた。


 やはり荷車は馬が引くタイプだった。人力で動かせるタイプもあるにはあるが、人間が引くにしては重量があり過ぎて、馬に引かせるタイプだと考えるのが無難なものだった。人を乗せる事を前提にしたもので、骨に幌を付けただけの簡易的なものではなく、木や金属でしっかり箱として作られたものだった。両サイドには扉がついており、片方の扉が開かれたままになっていた。

 荷車の中をのぞくと中には誰もいなかった。僅かに血痕は残っているものの大した量ではなく、車内には微かにコロンのものなのか、甘い花のような匂いが漂っていた。


「これは盗賊にやられたんだね…。金目のものと馬車の中にいた女性だけ奪っていったんだと思うよ」


 車内に残った匂いはその女性のものなのだろう。そして賊が女性を強奪していったのであれば、その目的は言わずもがなだ。今頃その女性が受けているであろう仕打ちを想像してアリエッタは眉を顰める。


「王国にはよくある話さ…」


 治安のあまりよくない王国において、こういった事は少なくないのだという。

 さらに周囲を見渡すと、馬車の前に倒れていた男性以外にも数人が亡骸となって放置されていた。御者用の鞭が二本落ちている事から、もう一台荷馬車があったのかもしれないが、人用の馬車を引いていた馬と一緒に持ち去られたのだろう。


「おい、連れ去られた女を助けようなんて考えてねーだろうな?」


 そんなガリオルの問いかけに、アリエッタは言葉を詰まらせた。まさに、その女性を助けられないかと頭を巡らせていたからだ。


「やっぱりか。こんなのは人間の世界じゃ日常茶飯事だ。逐一頭突っ込んでたらキリねーぜ」


 ガリオルの言っている事はある意味で正しい。実際、目に見えるものだけであれば対応するのは可能だろうが、その問題を解決するまで入り込むには時間がかかり過ぎる。今回の件であっても、賊の本拠地はおろか手掛かりすらないのだ。


 アリエッタは女の身になって気が付いたことがあった。それは、男から向けられる欲情の視線のおぞましさだ。生まれついての女性であればある程度流せるのであろうが、元男であるアリエッタは人一倍そういった感受性は強い。意識の上では同性からそういった視線を向けられるといった嫌悪感もさらに拍車をかけているのだろう。


 そういった経緯もあり、アリエッタは連れ去られたであろう女性に強く感情移入してしまっていた。


「アリィの気持ちもわからないでもないわ。だからこうしよう」


 エメラが提案してきたのは、アリエッタにとっても他の面々にとってもそれなりに納得のできる提案だった。

 アリエッタ、エメラ、リフィミィの三人で離れて先行する事で囮になるというもの。その餌に食いついてくるのであればとことん調べ上げ、残念ながら釣られなかった場合はそのまま通過するという作戦だ。アリエッタとしてもゼロからすべてを調べ上げる事が無謀な事であるのは十分理解していたし、他の面々も尻尾が掴めれば徹底的に調べることに反対しているわけではないのだ。


 一行は、荷車はそのままにして、殺された人達を近くに埋葬して墓石代わりに近くに落ちていた木材を挿しておく。もし捜索隊が不明者を探しに来たときに発見できるようにするためだ。

 一行はしばしの間全員で祈りを捧げて、その場を後にした。




 結局、アリエッタたちの囮作戦は不発に終わった。

 もしかすると遠巻きに気付かれていた可能性もあるし、純粋に気付かれなかっただけの可能性もある。可能性だけであれば様々な事が言えるが、あるのは餌にはかからなかったという事実だけだ。

 どんな身分でどういった経緯で旅をしていたのかすら知らない女性ではあるが、アリエッタはその女性の境遇を慮って複雑な心境のままその地を後にするのだった。

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