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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第1章 異邦の地ネマイラ
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6話 水浴び

 この世界にも時間の概念があるらしい。昨日の夕食後、礼はその事実を知った。しかし、地球にあった機械仕掛けの時計はなく、実際に一般市民は日の出と共に起床して日が沈んでからは夕食を取ったらできるだけ早く寝るのだという。

 しかし、時計そのものが無いわけではない。魔力時計と言われる魔力で動くこの時計は、太陽の位置を検知してそれを時間に変換するのだが、礼にはさっぱり仕掛けがわからなかった。

 エメラの家にも一つあり、彼女も夜はこの時計で大体の時間を確認し、あまり夜更かしし過ぎないように気を付けていた。

 礼は次の日からこの時計の時間を元にして、指定した時間になると使用者の魔力を吸い上げて光を発生させる装置を借り受けた。その装置を使って、起こされる前にちゃんと起きようと考えてのことだ。

 元々寝起きは悪くない礼だったが、地球の音が出るタイプの目覚まし時計に慣れていた事もあり、見事にその日もエメラに起こされてしまったのだった。


「そんなに落ち込むことないのに」


 エメラに起こされてしまった事に申し訳なさと情けなさを同時に感じてしまっている礼だった。


「でも、こんなんじゃホントにただの寄生虫と変わらないです」


「実際そうなんだから仕方ないよね」


 笑顔であっけらかんと毒を吐く。そんなエメラに止めを刺された礼はさらに落ち込む。本人に毒を吐いているつもりはなく、完全に天然だったから余計に性質が悪い。


「あ…悪いって事じゃないのよ!?あなたの現状をそのまま言っただけなんだから」


 天然の毒吐きは止まらない。項垂れていた礼にフォローのつもりで声をかけたにもかかわらず、結果的に死に体に追い討ちをかける結果となる。


「こ、ここで話してばかりいても仕方ないから、お散歩行こ!」


 さらに項垂れてしまった礼の様子を見て、強引に話題を変えたエメラは外出の準備を整えていった。



 準備の整ったエメラの持つ荷物は散歩するにしてはやけに大きかった。


「散歩するには随分荷物大きいですけど、何が入っているんですか?」


「お弁当に、着替えにタオル、かな」


(お弁当はまだわかる。着替えにタオルって何するんだ…)


 そんな礼の疑問をよそに、エメラは楽しそうに森の中に先導していく。


 森を抜けると少し開けた場所になっており、その先には小さな湖があった。


「あなたがここで倒れてたのをあたしが見つけたの。見覚えない?」


 謎の空間でもがいていた次の記憶がエメラの家で目覚めた時なのだから、礼に見覚えがあるはずがなく、首を横に振る。

 「そう」と呟くエメラだったが落胆の色は見えない。目的は別にあるようだった。


「もうちょっと先にね、あんまり人の来ない良いスポットがあるの」


 人のいない場所を選ぶ必要性が理解できない礼だったが、エメラに着いていった先でその理由を知ることになる。


「さ、脱いで」


「は?なんでですか?」


 もちろん水場に来て服を脱げと言われたら、一つしかない。


「水浴びするからに決まってるでしょ」


 当然そんな事は礼とて予測ができていた。しかし、男と女で裸を見せ合わなければいけないという事に対して激しい抵抗感を感じているのだ。しかし礼の精神的には男と女だったとしても、エメラとしても客観的に見ても女同士なのだ。

 心の中でそんな葛藤をする礼をよそに、エメラはさっさと着ている服を脱いでいく。


「何してるの、早く脱がないと入れないよ」


「いや…でも……恥ずかしいし…」


「はぁ?女同士で何言ってんの。ほら早く」


 礼はできるだけ見ないように目を逸らしていたのだが、そう言って近づいてくるエメラの一糸纏わぬ姿を直視してしまった。

 胸やお尻の肉付きは薄かったが、くっきりと腰は括れ、手足は細く両太腿の内側には三角状に隙間が開いていた。現代日本の女性達が憧れる、そんなスタイルだった。

 そんなエメラの姿に見惚れている間に、エメラはさっさと礼の服を剥ぎ取っていった。礼自身も体が変化してからじっくりと自分の体を見るのは初めてだったが、それ以上に女になってしまった自分の体を他人に見られるという事に激しく羞恥心を刺激された。


「そんなに立派なもの持っててなに恥ずかしがってんの」


 礼のスタイルもエメラのそれとは別ベクトルで抜群だった。半分に切ったグレープフルーツが入っているのではないかと思うほど大きさな胸に、肉付きの良いお尻、そして全体的に細いが肉感的な手足。エメラのスタイルが女性憧れのものであるならば、礼のそれは男性が好みそうなものだった。

 エメラの目付きが少し険しくなる。それはモタモタしていた礼に対しての苛立ちもあっただろうが、それだけではない何か仇でも見るような、礼にはそんな目付きをしているように見えた。


「そんなにジロジロ見ないでください…」


 顔を真っ赤に染めて恥ずかしがる礼は少し涙目になっている。そんな姿は奇しくも女性が恥ずかしがっているようにしか見えず、エメラがこの場で礼の本心を知ることはなかった。


 まだ空気は春だけに水に入るには肌寒さが残るが、意外にも水温自体はわりと暖かく寒さを感じなかった。また、エメラが「良いスポット」と言うだけあって、周囲が岩で少し小高く囲われていて、遠目にここで水浴びしているのがわからなくなっていた。


(でも逆に襲われたらアウトだよね)


 それが所謂"フラグ"だったのか、後方の草木の茂みがガサガサと音を立てる。


「水浴びの間を狙うなんて無粋なヤツ等ね」


 溜息と共にエメラは水から上がった。それを待っていたかのように馬程の体格の犬、いや風貌からして狼と言った方が正しいような獣が三匹姿を現す。

 その姿を見た礼は恐怖を感じた。あの大きさの狼に噛み付かれたら怪我どころでは済まない。おそらく噛み千切られて、場合によっては生きたまま自らの身を貪られながら絶命するかもしれない。そう思うと恐怖から体が震えてくる。

 エメラはと言えば、恐れる様子も見せずにゆっくりと狼に向かって歩いていく。狼も三方向に分かれて襲い掛かるタイミングを見計らいながら唸り声を上げる。

 しかし、それは一瞬の出来事だった。エメラの指先から光が伸びた次の瞬間「キャウンッ」と狼の声がして正面にいた個体の右耳が抉れていた。


「次は頭よ。逃げるなら今のうち」


 そんな言葉を理解してか、狼達は森の中に逃げていった。


「助かった…?」


 礼は恐怖から開放され、その場にへたり込んでしまった。


「ちょっと、大丈夫!?」


「すみません、腰が抜けちゃって…」


「そんな大した相手じゃないのに、どうしたの?」


 あれで大した事ないというエメラの言葉に礼は心の底から思った。


(とんでもないところに来ちゃった…)


「僕のいた世界にあんな大きな狼いませんでしたから…」


「ふ~ん?でもここではあんなの一番弱い部類だから慣れないとダメ。少し自分の身を守れるくらいに訓練はした方がいいわ」


 魔法が使えると言う点においてのみ礼がこの世界に来て良かったと思えた事だが、そこにうかれて自分の身を脅かす脅威という点においては完全に見落としていた。魔法という強力な力に頼らなければ自分の身一つ守れない、そんな世界だと言うことを。

 それと同時にこんな隔離された空間に女二人でいて平気な理由も理解できた気がした。

 恐らく、エメラはこの世界でも魔力が高い方なのだろう。そうだとすれば、そこらの男の一人や二人に襲われても撃退する自信があるのかもしれない。

 あくまで礼の根拠のない推測だったが、まったく的外れというわけでもない。その事をいずれ礼も思い知ることになる。


 狼もどきに襲われた事で礼も恥ずかしさが少し和らぎ、見られる事に対しては多少気にならなくなった。あくまで多少であって、依然恥ずかしいものは恥ずかしい礼だった。

 礼は少し気になった疑問をエメラにぶつけてみる。


「あの…この世界って名前あるんですか?」


「うん?タランタス大陸の事?」


「いえ、大陸ではなくて世界全体を指す言葉があるのかなって」


「あぁ、アリスフィアの事ね」


「この世界全部をアリスフィアって言うんですね。僕がいた世界は地球と言われてました」


 本来「地球」という名前は世界ではなく惑星の名前なのだが、そもそもこの世界も元の世界と同じ理論で成り立っているとは限らないし、同じだとしてそこまで学問が発達しているとも思えない。そういったことも踏まえて、あえて礼は「世界」という言葉を使ったのだ。


「それで、アリスフィアにはお風呂ってないんですか?」


「オフロって何?」


 礼はエメラのその一言で、そういった文化がない事を悟った。

 湖で身を清めるくらいだ。恐らくないだろうな、と礼は思っていたが案の定無さそうだ。


「石とか木とかで大きな箱を作って、そこにお湯をためて入るんです」


「お湯なんかに入ったら茹だっちゃうじゃない」


「もちろん、そこは人肌よりも少し暑いくらいに調整して入るんですよ」


「へぇ、面白い事するのね」


 地球でも湯船に浸かる習慣は日本固有の文化ではなく、世界的にもそういった文化はメジャーではないが散見されている。しかし、少なくとも魔族の間ではそういった習慣はなかった。日本人であった礼にとっては少し残念な話だった。


 体が少し冷えてきた頃、エメラが「そろそろ上がろうか」と礼に声をかけて、二人は湖から上がることにした。

 大き目のバスタオルで体を拭い水気を取る。しかし、礼は背中の半ばまで届きそうな長い髪に苦戦する。


(そういえば、姉さんこうやって乾かしてたっけ)


 礼の姉が昔やっていたのを思い出し、タオルで挟む様に拭き取っていく。

 その様子を見たエメラが礼の髪を手櫛で梳き始めた。エメラの手は僅かに温風を纏っていて、手櫛がブラシ付のドライヤーと同じ役割を果たしていた。


「便利ですね!僕にもできますか?」


「火と風の複合だからちょっと複雑だけど、慣れれば誰でもできるよ。今度教えてあげる」


 そんな風に甲斐甲斐しく世話を焼くエメラの姿に、礼はまだ日本にいるであろう姉の姿を重ねる。

 礼の姉の茜は昔から穏やかな性格で弟の面倒見がよかった。礼の反抗期には一時的に関係がギクシャクしたこともあったが、概ね姉弟として良好な関係を続けてきた。

 礼はそんな姉を思い出して、もう会えないかもしれない寂しさを押し殺し、あえて明るく答える。


「はい、是非教えてください!」

TS少女が他の女性の体を見てドキドキする。定番ですね、外せません!

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