8話 余波
予選を難なく勝ち上がったアリエッタとガリオルだったが、本戦は続けて行われず、一回戦は一日空けて予選の二日後だ。予選から一日明けて、この日は完全にフリーの日だった。たいした労力もかけずに勝利したこともあり、アリエッタにとっては一日空ける必要もなく、疲れが残るといったこともない。
そんなこともあり宿でゆっくり休んでいる必要もなく、朝食をとったあと情報収集も兼ねて女四人で街に繰り出していた。デューンも付いてきたがっていたが、アリエッタが鬱陶しがってきっぱり拒否ししていた。ある程度見方が変わったとはいえ、初対面の時のイメージが悪すぎたせいかアリエッタの心象はいまだに良いとはいえない。
ちなみに、ガリオルはいつも通り宿で寝ていて、こちらは疲労があろうがなかろうがやる事は変わっていなかったりする。
オーヴィレンはそこまで大きな街ではない。防衛の最前線の街という側面が強く出てはいるものの、さして商業が盛んなわけでもなければ交通の要衝でもでもないため、人の往来も決して多くない。そういった理由があってか街そのものの面積自体も街というより町に近いだけに、前回の散策で粗方目ぼしい場所は回りきってしまっていた。情報収集という名目ではあるものの、実際は朝の散歩と変わらない。
一度全体を見回っているので、そこまで新しい発見があるわけでもないのだが、アリエッタにはどこか前回と違ったものを感じていた。もちろん闘技会開催期間中で、その熱気がこもっているといった点は少なからず影響しているだろうが、それだけでは説明がつかない何かをアリエッタは感じていた。
「ねぇ、エメラ。なんか前来た時と雰囲気違わない?」
「あー…。まぁ、うん、そうだろうね」
エメラの何か理由を知ってそうな返答にアリエッタは意外に思いつつも、聞き返さずにはいられなかった。
「なんか理由わかるの?」
「アリィは観客席にいなかったからわからないかもしれないけど、あなたの予選の後すごかったんだよ」
アリエッタは街の様子の事聞いているにもかかわらず、エメラはどういったわけか前日の予選の話を持ち出した。何がなんだか理解できないアリエッタだったが、大人しくエメラの話を聞いていると状況が理解できるようになった。
元から地元住民の間では人気の高い闘技会だが、とりわけ勝者へは憧れや羨望の目が向けられる事が多い。それでも、予選の勝者くらいであればそこまで騒がれることは少ないのだが、アリエッタの場合はその可憐な容姿と、その姿からは想像できないような強さに魅了された観客が多かったのだ。つまりは、話題の人が目の前に現われてざわついている、というのが真相だ。
「ある程度は覚悟してたけど、やっぱり失敗だったかなぁ…」
本当に今更である。勝ち進めばそれなりに知名度が上がっていくのは仕方がないと自覚はしていたアリエッタだったが、自分自身の容姿が客観的には注目を集めやすいという事実はその思考から完全に抜け落ちていた。
「そもそもアリィは自分の見た目をもっと自覚すべきよ」
アリエッタ自身、客観的に今の自分の顔を見れば男性受けする容姿だという事は十二分に自覚をしている。それでも、主観的に見てしまうと客観的に見た時とまったく違うことを思ってしまうのだから不思議だ。あくまで自分は自分であって、そこまで男性に魅力的に映るわけがないという根拠のない思い込み、それがアリエッタ自身が自己評価を著しく落としている要因だ。
実際にアリエッタのそういった認識の甘さはそのままガードの甘さに繋がっている。どこか隙のある雰囲気は男からすれば懐に入りやすく、それでも男に媚びない態度は女からしても嫌悪の対象になりづらい。結果的にアリエッタに近付こうとする者は決して少なくない。
「そうは言われてもねぇ…」
それでも、アリエッタは客観的な評価で自分を評することができなかった。行き過ぎた評価はナルシズムにもなるし、周囲を見下すような態度になってしまう事が何より恐ろしかった。
「はぁ…そういう所が良い所でもあるんだけどね」
エメラは盛大に溜息をつくと、人に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で一人呟いた。
そうこうしている間に、周囲は様子見から一部声をかけてくるものが現われ始めた。
「こないだの予選突破した人ですよね!?予選見てましたよ!」
「あの暗闇のティルトを相手にしないなんて凄いです!」
「決勝にもいけるんじゃないですか!?」
「蒼焔のラティナ相手でもいい勝負できますよ!」
「アリエッタちゃん、付き合って!!」
最後のほうにバカが混じっていたが、そちらはアリエッタが殴り飛ばした。
予選に最後まで残っていた男が『暗闇のティルト』という渾名が付くほどの猛者だったというのがわかったり、前回王者が『蒼焔のラティナ』という名前という事がわかったりと一行だけで動く以上に情報が勝手に集まったのは嬉しい誤算だった。
必要以上に顔が売れてしまうというデメリットは決して小さくはなかったが、それ以上に情報を得るという観点で見るとデメリットを塗りつぶす程の効果があったといえる。そしてデメリットにしてもオーヴィレンを出てしまえば、そこまでのデメリットとはいえなくなる可能性も高い。目立ちすぎると王国各地に情報が拡散してしまうというリスクこそ残るが、地球にあったようなメディアや電脳の力で情報が拡散する事がない分その可能性は低い。
その後もなかなか人が切れる事はなく、次から次へと続くコミュニケーション地獄に痺れを切らしたエメラによって強制的に打ち切られると、一行はその場を逃げるように離れた。
アリエッタに殴り飛ばされたバカはその後、近くにいた女性たちに手厚く介護されたとか、どうとか。アリエッタにとっては知っても、知らなくてもどうでもいいことだったが、そんなアリエッタの気持ちをデューンが知ったらさぞ嘆いたことだろう。
 




