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僕と彼女と英雄の裏物語  作者: ヴィンディア
第4章 神聖エルガラン王国の影
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7話 闘技会開幕

 その室内で多様な人が思い思いに過ごす中、アリエッタは緊張の面持ちで室内に設置された椅子に腰掛けていた。

 筋骨隆々の明らかなファイタータイプから、ローブに杖という魔術師タイプまで様々なタイプがいるが、誰一人として笑みを見せる者はない。真剣な面持ちで念入りに得物の整備をする者、魔法の練習なのかブツブツと呟いている者、体の動きを確認するものなど、時間の過ごし方は人それぞれだ。

 その場はこの後命のやり取りにもなりかねない一大事を前に、独特の緊張感に支配されていた。アリエッタは持っている戦闘能力こそずば抜けているが、その精神は一般的な日本人に毛が生えた程度でしかない。そうなればその雰囲気に飲まれてしまうのは自然の成り行きだった。


「なぁ、ねぇちゃん。あんた明らかに場違いだけど大丈夫か?」


 アリエッタにそう言って声をかけてきたのは、実直そうな一人の中年男性だ。

 体格もなく、武器も持たないアリエッタは、人間族から見れば戦う意思のない者に見えても不思議はない。魔力を物質に変換する事が出来るほどの魔力の持ち主など人間族にはそうそうおらず、ましてや魔法剣士などさらに希少な存在であり、まさかアリエッタがそうだとはその男性も思わなかったのだろう。


「あ…はい。大丈夫ですよ。こう見えても戦う術は持ってますので」


「そうか?ならいいんだけどな。でも気を付けろよ。あんた最初に狙われるぞ」


 それだけ言い残すと男性はその場を離れていった。


 闘技会の予選は最後まで残っていた者が勝者というサバイバル形式だ。気絶、死亡の場合、本人が降参を申し出た場合、それから四肢のうち三本以上を欠損した場合に敗者と見なされる。そういったルールであるため、予選とはいえ人数が多い分決着がつく頃には闘技場は凄惨な有様となる。誰もが余裕がない分死者も多く、そこら中に体を袈裟懸けに切断された者、心臓を一突きにされた者、首が無い者などなど戦場さながらの光景が広がっていた。

 アリエッタはグループ9に入っていて、ガリオルはグループ2だ。番号が若い順に予選が行われ、ガリオルは既に圧倒的な力の差を見せつけて本戦トーナメント進出を決めている。その他のグループは結託、裏切り、打算といった人が持つ黒い部分を垣間見せつつも、最終的には実力的に妥当な者が勝ち残る事が多かった。それでも多人数によるサバイバルバトルともなれば紛れが発生することはあり、中には強者が共倒れした中で漁夫の利を得た幸運な勝者もいた。


 熱気と狂気が渦巻く闘技場の中でいよいよアリエッタのいるグループによる予選が行われようとしていた。


「時間だ。全員入り口に集合しろ」


 係員らしき兵士がぶっきらぼうに部屋の中で待機していた出場予定者に声をかけると、ぞろぞろと移動を始めた。アリエッタもそれに倣って係員の兵士の後についていくと、やがて大きなアーチ状になった門のような闘技場の出場者入り口に辿り着いた。

 いよいよ始まるかと思うとアリエッタは極度の緊張で胃の中のものを戻してしまいそうだった。日本にいた時のような生温い緊張ではなく、場合によっては人同士による命のやり取りをしなければならないという極限状態のストレスだ。まだその程度で済んでいるだけましなのかもしれなかった。


『それでは本日の第九試合、グループ9による予選を行います。出場者入場!』


 風の魔法を操り、拡声器を使っているかのようによく通る声音が闘技場全体に響き渡る。アナウンスされることによって入場者が次々と試合場の中に入っていき、アリエッタもおどおどした態度ながらも他の出場者と同様にその中に入っていった。


『九人目の本戦出場者は誰になるのか!?』


 観客を煽るようなアナウンスに観客から大きな歓声が上がり、その歓声に乗せられるように開始の合図が告げられる。


『本戦目指して猛者共よ暴れ狂え!!バトルスタート!!』


 アナウンスと共に角笛のようなものが長めに吹き鳴らされて予選が始まった。

 まずアリエッタが取った行動は周囲の状況を窺うことだった。それはどの出場者にほとんど同じで誰もが状況を観察しているようだった。

 そんな中でも即座に行動に移っていた者たちがいた。アリエッタの周囲にいた数人がまとまってアリエッタに向けて猛然と襲い掛かってきたのだ。その思考はある意味で間違っていない。最初に取るべき行動は周囲と結託して強者を先に潰すか、自分が勝てそうな相手を先に片付けるかの二択となる。

 アリエッタは即座に氷の棒を生成した。刀にしなかったのはできる限り相手を殺さない為だ。ルール上、一番手っ取り早く、そして血生臭くない勝ち方は相手を気絶させるか屈服されるかのいずれかだ。今の状況で相手を無傷のまま屈服されるのは難しいため、現状では気絶させるしかない。

 アリエッタの左方向から来た両手剣を振りかぶっていた男に、接近すると鳩尾に左拳をめり込ませる。そのすぐ後に左側から近付いてきた素手の男の横をすり抜けると、右手に持った氷棒を後頭部に叩きつけた。最後に背後から魔法を放とうとした魔術師風の男の魔法を簡単に弾くと、最初の男にしたように左拳を一閃させた。アリエッタの狙い通り三人とも泡を吹いて倒れていた。


「とりあえず三人」


 アリエッタが小さく呟いて周囲を見渡すと、アリエッタを難敵と見做したのかアリエッタを置いて斬り合い、殴り合いが繰り広げられていた。アリエッタはその様子を見ながら、他の出場者に襲い掛かっている相手の背後から氷棒や拳で次々と行動不能にしていった。

 最後まで試合場に立っていたのはアリエッタと、控え室でアリエッタに声をかけてきた中年男性だった。


「ヤレヤレ、あんたとんでもない化け物だな。変に気を使った俺はとんだピエロだったわ」


「いえ、お気遣いは嬉しかったですよ」


「言ってろ。…おおい、審判、俺も降参する!」


 そう言うと中年男性は手に持った長剣を腰に提げた鞘に戻しながら出口に向かって歩いていった。

 恐らく、あの中年男性も人間族の中ではかなりの手練だったのだろう。その証拠に、彼の得物である長剣にはまったく赤いものが付着していなかった。それだけ彼も手加減をする余裕があったという事なのだろう。


『九人目の本戦出場者はなんとなんと可憐な少女だー!!皆さん、惜しみない拍手を!!』


 勝者を称えるアナウンスが響くと、観客からは再び歓声が上がり、万雷の拍手が鳴り響くのだった。

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