18話 謁見
「蒼の聖女殿、お目にかかれて光栄だ」
皇宮の謁見の間で、他より数段高い場所に立つ男性がそうアリエッタに声をかける。その男性は豪奢な服装に身を包み、腰には同じく実用的とは言い難いほどの装飾がされた剣を帯びていた。
威風堂々。そんな言葉がよく当てはまる、そんな雰囲気を醸し出していた。ギラギラと燃えるものを湛える目、有無を言わさぬ威圧感と威厳を併せ持ち、正に皇帝という絶対王者に相応しい風格の持ち主であった。長期政権になると度々現れる愚鈍な支配者ではない事だけは確かで、劣勢とは言え数百年に渡ってエルガラン王国と対等に渡り合ってきた強国、それを治める器量を持った君主であることは間違いなかった。
「あの……」
アリエッタは発言していいのか戸惑い、その場の空気に飲まれつつも精一杯の気力を振り絞って声を出す。しかし、後の言葉が続かずしどろもどろになる。
「どうされた。気にせず喋られるがよい」
「あ、はい。あの…僕は聖女なんかではないんです」
皇帝の紳士的な言葉に背中を押されてアリエッタはなんとか言葉を紡ぎだす。当然の事ながらアリエッタとしてみれば突然「聖女」だなどと呼ばれて困惑しているのだ。本当は「僕は男です」という言葉を言い放ちたかったが、この場でそれを言うのは不都合が多すぎる。喉元まで出掛かったその言葉はぐっと飲み込んだ。
「ほぉ?だが貴女の取った行いとその容貌はこの地方に伝わる言い伝えにぴたりと当てはまる。貴女がどう思おうが、我々にとって間違いなく貴女は『蒼の聖女』なのだよ」
アリエッタとしてはそう言われてしまえば反論の余地はない。相手がどう思うかなどこちらから訂正しきれるものではないからだ。特に今回の件に限れば昔からの伝承により、実際に国が救われたのだ。それを否定する事はアリエッタにはできなかった。
皇帝の言葉に黙り込んでしまったアリエッタに皇帝は再び続ける。
「それでは本題に移ろう。我が国は貴女を召し抱えたい。その力、我が国の為に振るってはくれまいか」
皇帝のその言葉と今回の行動は、停滞しているとはいえ戦時中の国家としては当然のものだ。今回の事件でアリエッタの見せた能力は、小国であれば国家すら滅ぼしかねない力だ。その力を取り込めれば大幅な戦力の増強が見込めるという点も大きいが、それ以上に敵対国家の戦力に取り込まれてしまうリスクを刈り取るといった側面も強かった。
それが故に、アリエッタの返答次第ではその場で拘束される事も十分考えられた。そんな空気を察してか波風を立てたくないエメラが口を開いた。
「横から失礼します。実はあたしたちは大陸をずっと旅しているんです。それは今後も変わりませんし、特定の国家に所属することもありません」
「ほぉ。そなたはそれをどのように証明するのだ?」
この世で口約束ほどあてにならない契約はない。当然口では好きな事を言っても行動が伴わないという事は往々にして発生するからだ。そこに契約を反故にできないような強制力がなければ契約そのものに信用性が生まれない。友人や知人同士のものであればそれでもいいかもしれないが、公式な契約、特に今回のように相手が国家であれば、口約束など無いに等しい。
エメラもその辺を理解しているせいか、その次の言葉を発せられなかった。
「ふふ、真に受けるな。伝承の聖女殿一行に対して強硬な手段など取れぬよ。世間体としても余個人としてもな。仕官の件も無理にとは言わぬ」
皇帝はそれだけ言うと、近くに控えていた文官らしき男に合図を送る。すると、その男はそそくさと退出していった。
「皇帝陛下、申し訳ありませんが、僕たちはこのまま旅を続けたいのでお話は辞退させてください」
「そうか、残念だ。それならば今夜一晩、今回の件最大の功労者として労わせていただきたい」
「それであれば是非!」
アリエッタの辞退の言葉を聞くと皇帝は心底落胆した表情を一瞬見せるが、すぐに取り繕いほとんどの者にそんな表情をした事すら気付かせなかった。
「そうと決まれば話は早い。準備が整い次第お呼びするが故しばし別室で待たれよ。アリシア!」
「は!こちらでございます」
アリエッタたちはアリシアに案内されて謁見の間を辞していく。そして案内された部屋は百平方メートルを超えようかという大きな部屋だった。壁際には鋼鉄の鎧兜や絵画、陶器など過度にならない程度に散りばめられおり、品の良さが伺える。そしてその部屋の中央に二十人は座れるのではないかと思えるような巨大なコの字型のソファーとテーブルが置かれていた。それでも床は必要以上に空いている、なんとも贅沢な空間の使い方をした部屋だった。
その部屋のソファーの横に一人の着飾った女性が立っていた。炎を思わせる真っ赤なドレスに綺麗に結上げた髪は高貴な者が持つ独特の雰囲気を放っていた。その顔は薄化粧をしつつもまだ少し幼さを残した顔つきで十代半ばくらいの少女だ。
少女はアリエッタたちの姿を確認すると満面の笑顔で軽く会釈をして挨拶をした。
「ごきげんよう、聖女様」
 




